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時に人の心は麻痺する。
慣れすぎて、それが当たり前になって、感じられなくなってしまうこともある。それは、もう大分昔に私も体験したことだから、よく分かった。
「……前言撤回」
「何が」
「エトワールは優しい。矢っ張り、エトワールは優しいよ」
と、ラヴァインは何かが吹っ切れたように笑った。無邪気に笑うものだから、私もフッと知らぬ間に頬が緩む。何だか大きな弟が出来たみたいで(実際は年齢的にあってはいるんだけど)少し嬉しくも思った。まあ、この距離感だから許せるのであって、本当に血が繋がっていたら毎日喧嘩どころの騒ぎじゃないだろうけど。武力でも魔法を使い慣れているという点ではラヴァインに勝てないかもだけど。
「ああ、それで、合流するんだっけ?」
「あ……あー、そうだよね。そこ、うん。でも、いいかなって思って。先にいった方が、早い気がするの」
「俺が最後消息を絶った場所に?」
「うん……」
ラヴァインが、というよりは、私の中ではどちらかと言えば、アルベドが、何だけど。私はそこまで言わずに頷いた。ラヴァインは何か引っかかりつつも、じゃあ、そうしよっか、と頷いて歩き出す。歩いたら距離があるので、私は魔法を使おうと提案した。
「ん」
「何?」
私は思わず、両手を広げてしまう。何故か分からなかった。無意識的に手を広げてしまった。本当に無意識だった怖いぐらいに。
ラヴァインもいきなり私が手を広げたので困惑したように私を見つめている。いつもだったら、というか、いつもこんなことしないし、しなくてもアルベドが私を勝手に持ち上げて風魔法で連れて行ってくれるので、彼もそうしてくれる物だと思っていたのだ。ラヴァインとアルベドを重ねてしまっていた。ラヴァインをアルベドの代わりにしようとしてしまっていた。それが恥ずかしくて、申し訳なくて、私は手を下ろそうとしたら、ひょいと身体が浮く。
「え、え、あ」
「こうして欲しかったんでしょ?もう、エトワールって可愛いなあ」
「可愛くなんか……」
「口閉じておいてね~舌噛むの嫌でしょ?」
そう笑ったかと思えば、彼は風魔法を展開させ空高く舞い上がった。そこまで、高く飛ぶ必要は無いのに、と思いつつ、上空から見る景色は最高で、目を見開く。どこぞの動く城のお二人さんみたいだ、とか感想を抱いて、でも、あれとは違うよな、あれ別にお姫様抱っこじゃないよな、とも思った。
そんな感想はさておいて、本当にやること全てが兄に似ていて胸の奥がチクリと痛んだ。
違うって分かっていても、その面影が重なってまともに顔を合わせられない。
「俺の腕の中いや?落とそっか?」
「は!?やめてよ。別に嫌とか言ってないし。落とされたら困るんですけど!?」
「えーでも、エトワールだって魔法使えるわけだし、無傷で降りることも出来るよ?落としても問題なくない?」
と、片腕の力を抜くので、身体が傾き、私はゾッと肝が冷える。
(本気でやる奴があるか!?)
落とさないだろうなと思っていても、限り無く落とすぞって言うフリをするからたちが悪い。それだけでも、私は落ちないようにと、ラヴァインの首にしがみついてしまう。多分、これを狙っていたんだろうなって言うのに、抱き付いてから気がついた。
「アハハ、面白い」
「面白くない!本当にこっちは真剣に!」
「でも、俺とアルベド・レイを重ねないでね。俺は俺、アルベド・レイはアルベド・レイ」
「…………分かってるわよ」
ラヴァインは初めから、私にそれを分からせるためにやったんだと、私は彼の腕の中で目を閉じた。私も分かっている。ラヴァインとアルベドが違うって事ぐらい。兄弟だって、ただそれだけで、別人だし。でも重ねてしまうのは仕方ないと、私は思いたい。
本当に、あの紅蓮に会いたいんだって気持ちが強くて、誰かを代わりにしようとしているのは事実で。
「エトワール、そろそろ目的地だけど」
「え、もう?てか、何で知ってるの?何となく身体が……んーエトワールの視線を追っていたら、だいたいここら辺かなあって」
まさか、記憶を取り戻したんじゃ、と一瞬思ったが、そうではないようで、ラヴァインは、降りる? と聞いてきた。私は、頷いて、ゆっくりと降下する。
地上に降りればそこは確かに森の中だった。私が、最後ラヴァインとアルベドを見たところ。彼らが何処で決着を付けて、どうなったのかとか全く知らないし、知っている片割れは記憶喪失な訳で、お手上げだった。
「どう、何か思い出せた?」
「まだ来たばっかり何だけど……ううん、何も。ただ暗い森だなあって」
「あの時はもっと暗かったのよ。薄気味悪いって言うか。雨もふっていたし」
ふーんと、興味なさげに言うラヴァインを見ていると、本気で記憶を取り戻す気があるのかと思ってしまう。でも、ラヴァインは辺りを見渡して、彼なりに思い出そうとしているようだった。
(思い出したら……思い出したら、アルベドの……)
アルベドの事を一番に聞こう、とそう思った。その思いだけが先走っていた。本来であれば、記憶を取り戻した瞬間に彼が敵になる可能性を頭に入れておくべきだったのだが、そんなのは考えなかった。考えに入れていなかった。記憶を取り戻しても、ここ最近彼と暮らした記憶があった。だから、少しくらい彼に良心が残っているのでは無いかと。
私も、何か手がかりがないかと探す。と言っても、既に一週間以上立っているし、その間に雨も降っていたから、血痕とかも流されているんじゃないかと、血眼になって探しても何一つ手がかりがなかった。髪の毛が落ちていたとかあっても、肉眼ですぐに見つけられないし。
「てか、よかったの?」
「何のこと?」
「自分の護衛置いてきちゃってさあ。俺が、記憶取り戻したら、敵になるってエトワール思ってたんじゃなかった?」
「ああ……そう。でも、今はそこまで不安じゃないかも」
「どうして」
質問が多いなあ、何て思いつつ、私は当たり障りのない返答をと考えた。でも、考えるだけ無駄で、率直な答えを言う。
「アンタのこと、信用出来るようになってきたから」
「エトワール」
「何よ。嬉しいとか、そういうの無いわけ?」
「い、いやあ、言われると思っていなくて。そっか……俺、信用出来る人間になったんだ」
「……」
ラヴァインは自分に言い聞かせるように、何度か呟いていた。嬉しそうに頬を赤らめるので、本当に訳の分からない奴だと思いながら、私は捜索に当たる。
アルバ達を置いてきてしまったことは悪かったと思っている。でも、彼女たちがいたら、またラヴァインは煽るだろうし、ルフレも嫉妬するだろう。そう考えると、二人で動くのがマストだと思った。まあ、私も聖女な訳だし、一応は、ラヴァインに抵抗できるぐらいの力がある。彼女たちを巻き込む……信用していないわけではないが、ルフレやルクス、ヒカリがいると考えると、動きづらくなるのは確かだった。巻き込みたくないというのが本音。
「さっきも言ったけど、アンタのこと分かるようになってきたから。まあ、私も壁を作っていたから、アンタも裂け始めたんだろうけど。でも、もう大丈夫」
「本当に?」
「アンタが、気を遣って避けてたことぐらい分かるって。案外分かりやすいもん」
「エトワールに言われたくないよ」
と、ラヴァインは軽く笑って肩をすくめる。
でも、どちらかと言えばラヴァインは分かりやすいと言うより、分かって欲しくてわざとか、それとも無意識にやっているかという感じだった。だから、気づくことが出来たと言う方が正しいだろう。私も、彼に興味を持ったというか、寄り添おうと壁を壊したというか。
(初めはそう、エトワールストーリーが攻略キャラの心の闇と向き合う物だって聞いたから、ラヴァインの闇も救ってあげようと思ったんだけど、それを一回忘れて、そして、また戻ってきた感じ……かな)
当初の目的はそうだった。でも、人と向き合うのってそんなに簡単じゃないし、意識すればするほど、嫌なところが見えてくるものだった。だから、変に彼の気に触れて、とかもよくあったわけで。
「何、俺の事見てるの?もしかして惚れちゃった?」
「惚れないわよ。私には恋人がいるし」
「でも、まだ籍入れてないんでしょ?」
「そういう問題じゃないのよ」
ラヴァインはクスクスと笑っているけど、本当にそればかりは、そういう問題じゃないのだ。彼の長年の片思いと、私達のすれ違いの末、つかみ取った形なのだから、私はリースを裏切らないって決めたし、勿論彼も初めからそのつもりだったんだろうけど。だから、横からやいやい言われるのは嫌だった。勿論、ラヴァイン以外に言われても嫌だ。
「ええー、でも惚れてるのは本当だからね」
「はいはい」
「絶対分かってないじゃん。エトワール、ちょっとは俺の――――ッ」
何? という隙もなく、私はラヴァインに押し倒された。いや、その別に変な意味じゃなくて、切羽詰まったような顔で、何かから守るようにラヴァインに庇われる形で押し倒されたのだ。心臓が煩いほど鳴っていた。いきなりのことだったから。でも、ラヴァインの視線の先を追えば、木にナイフが刺さっていたのだ。毒を塗られているのか、気味悪く紫色に輝いている。その液体がポタリと垂れて、刺さった所から腐食していった。
(毒?というか、ナイフ、何処から)
「エトワール、転移魔法使えるから逃げて」
「ちょっと、待って分からない。状況が理解できない」
「相手は一人だけど、これはヤバいねえ」
そう言ったラヴァインの頬に冷や汗が流れていた。そして、状況が理解できず顔を上げれば、黒いローブを被った暗殺者らしき人間がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。先ほど投げたナイフと似たようなナイフを持って。そのナイフの先は紫色の液体がてかてかと塗られていた。