(暗殺者……何で?)
突然現われた黒いローブの男……多分、背的に男だと思う輩は、深くローブを被っているせいで顔が見えない。けれど、気配なんて一切しなかった。何処かから転移してきたのだろうか、とも思ったが、魔法を使えば何かしら感知できるはずだし、その可能性はなかった。と言うことは、気配を殺して近付いてきた物だと思う。
でも、それにしても何で。それも一人で。
そんな突然現われた男に対して、私の思考はぐるぐると回っていた。欲しい答えなんて出なかったし、パニックを起こしている。こんなことは、暫く無かったので、完全に油断していた。災厄の時期だったら、もっと気を引き締めていたのに、平和ボケしてしまっていたのだ。
(でも、相手は一人……けど)
あの毒は、危険だと直感的に分かる。誰が見てもそうだと思うけどかなり強い物だと分かった。木を一瞬にして腐食できるぐらいのもの。相手は毒使いかとか思えるほどの。でも、あんなに危ない物を滴らせているかという話にもなる。
兎に角ここは協力して……
「私も戦う」
「何で、逃げなよ。今なら逃げれるって」
「何で逃がそうとしてるのよ」
私は、何故か私を逃がそうとしているラヴァインに疑問を抱く。だって、ラヴァインは、そんなの怪我を負っても自己責任とか言うタイプだと思っていたから。だからこそ、何故、ラヴァインが私を逃がそうとしているのか理解できなかった。
私が足手まといになるから逃げろとでも言っているのだろうか。
「何、私が頼りないの?」
「そういうことを言いたいんじゃない、はあ……エトワールってほんと強情。こういう時、そういうの言われると頭痛くなる」
「冗談言ってる場合じゃ……」
「冗談じゃないって。逃げて欲しいって、危ないから、危険だから逃げろって言ってるの。どうにかなるアいてじゃないッぽいからね」
「なら、なおのこと……」
今の言葉で理解は出来た。
ラヴァインも、あの男が危険だと言うことは分かったらしい。それも、私の中で強いと思っているラヴァインが言うのだから其れは本当だろう。ラヴァインを上回る人なんているのだろうか。少なくとも、攻略キャラじゃなければ、対等にラヴァインと争えないはずだと。それこそ、ラスボスとか。
(ううん、でも、女性って言っていたし)
リースから聞いた情報、元々エトワールはラスボスになる予定のキャラだったし、ラジエルダ王国で見たっていう銀髪の女性かも、と思ったけれど、そうじゃない。目の前にいるのは男性だ。それも背の高くて屈強な。
(顔を覆う理由はあるの?別に見られても……って言うわけにはいかないか)
普通は、顔を隠すか、と自分の考えを否定しつつ、私はゆっくりと手のひらに魔力を集めいてた。いつでも反応できるように。
それを感じたのか、ラヴァインは「逃げないの?」と再度問いかける。
「何で逃げないといけないのよ。足手まといになったりしないわ」
「はあ……せっかく守ってあげようと思ったのに。ここから先は自己責任になるけど?」
「とかいって、守ってくれるんじゃないの?」
「いーや、俺も、俺が大切なんで」
と、先ほどとは真逆のことを言い出すので、本気で逃がす気があったんだろうかと疑いたくなるぐらいだった。でも、目の前の男と戦うと言うことは、それほど余裕がなくなると言うことらしい。
(久しぶりだから、凄い震えているけど……)
自分の命がかかっている。そんな状況になるのは久しぶりだった。魔法の練習は欠かさなかったけれど、命の危険が……とは考えなかった。だからこそ、何週間ぶりの危険な戦いである。そう分かると、単純な物で身体は震えだした。
どれだけ修羅場を乗り越えても、心はオタクだったわけだし、こういうのになれていない世界から転生した訳なので、当然、命の危険が、とかは無縁である。でも、此の世界で生きている人達はそういう可能性もある中で生きていた。アルベドなんてもっともそう。いつ殺されるか分からない中で生きてきた。リースだって、戦場に出て命を危険にさらして。
此の世界にきて、戦場をくぐり抜けても、心はずっと天馬巡ままだったのだ。エトワールという身体は、無限に魔力が湧いてくるけど、それでも怖い物は怖い。本当は今だって逃げ出したかった。でも、ラヴァインを置いて逃げるという選択肢は私にはなかった。
(本当に彼女たちを連れてこなくて正解だった)
もし、ここにアルバやルクス、ルフレがいたら。彼女たちを巻き込むことになったら、それで怪我……命に関わる重症を負ってしまったら、私は耐えられなかっただろう。もしもとか、こういう可能性も、とか考えたくないけれど、否定しきれない。
本当に連れてこなくてよかったと、言う重いだけが私の中に残っている。
魔力は十分に集まって今すぐにでも戦える状態だった。臨戦態勢。
「足引っ張らないでよ」
「アンタこそ」
私とラヴァインは二手に分れて走り出した。挟み込んで魔法を撃てば勝てると思ったからだ。簡単じゃないだろうとは予想がつくが、二対一だからこちらの方が有利だと思っている。だって、私は聖女で、ラヴァインも攻略キャラで。これまでであってきた敵は、少なくとも攻略キャラには勝てなかったわけだし、どうにかなると本気で思っている。
ラヴァインの魔力についてはよく知っているし、彼も同じく闇魔法の風魔法の使い手だ。アルベドと似ているし、彼と相棒として戦ってきたからこそ、大体合わせることだって出来た。まあ、全く一緒というわけではないし、随時彼の動きを見て合わせなきゃいけないんだけど。
(この位置なら外さない!)
イメージを膨らまし、光の弓矢を作り、敵を捕らえる。ローブの男は微動だにしなかった。こちらの動きを伺っているのか、反応しきれていないのか、もしくは。
「当たるでしょう、この位置なら!」
私はそう言いながら、弓矢を放つ。一直線に飛んでいくそれは、風の抵抗を一切受けない閃光の矢だった。このスピードと魔力じゃ避けられないだろう、と私は思っていたが、男はそれを弾いたのだ。
「う、そ……」
「エトワール、次、攻撃来るから、避けて!」
「ッ……」
ラヴァインの声がかかって、間一髪のところで、男が投げたナイフを避けることが出来た。ジュッと音を立てて、私の髪の間を通り抜けていくナイフ。あれに当たっていたら、まず無事では済まないと思った。
男は、懐からさらにナイフを出し私に向かって投げてくる。背中ががら空きかと思われたが、ラヴァインの攻撃も呼んでいたようで、舞うように華麗に避けていた。魔法が全然当たらない。身のこなしが凄かった。こちらの攻撃が全て読まれているのだ。
(どうして、何で!?)
さっきのは、魔法を斬った、と言うよりかは完全に弾いたというふうだった。それも、光魔法と闇魔法の反発を利用した物で、あのナイフに魔力を込めていたのだとあとから分かった。だからといって、相応する魔力量じゃなければそんな芸当出来ないのだ。確かに、思いっきり魔力を込めたわけじゃないし、当たればいいという思いで魔力は少なかった。でも、それにしても聖女の魔力と互角なんてあり得ない。ラヴァインの言ったとおり、一筋縄ではいかないし、此の男と戦うことを決めたのは間違っていたかも知れない。
久しぶりに感じる死の恐怖という物は、身体には毒で、上手く魔法のイメージがかたまらなくなってきた。いつでも冷静でなければ、魔法は撃てない。形にならないのだ。それは、此の世界の魔法の基礎的な、初歩的な物である。
(大丈夫、まだ戦えるから、イメージして。途切れさせないで)
私はそう自分に言い聞かせて、もう一度魔力を集める。男に隙を与えれば、死ぬ。それだけを頭に置いて、ラヴァインの動きを見つつ、私は正面から男とぶつかった。
私は近距離型じゃないし、遠距離から援護をと言う形なのだが、その弱点を知っているように、男は距離を詰めてきたのだ。これじゃあ、光の弓矢が撃てない。私は、戦い方を変えて、光の剣を生成する。
カキン! と金属音が響き、私の剣と男のナイフが交わる。力じゃ絶対に勝てなかった。推されているのは、自分でもわかり、地面を踏ん張っている足が抉る。
(おし、きられる……!)
目の前に迫る恐怖に、だんだんと力が入ってこなくなった。先ほどのナイフと違って、毒は塗られていないようだったが、その鋭い刃で切り裂かれればいたい、死ぬ可能性だってあると。
「エトワール、頭下げて!」
「……ッ!」
ヒュッと何かが空を切る音がした。私は、ラヴァインの声通り、頭を避けて、後ろに倒れる。すると、目の前の男はラヴァインの気配に気がついたのか、間一髪の所で避け、私達から距離をとった。
少し気がかりなことがあったが、そんなこと気にしている余裕もなくて、私は顔を上げる。
「ラヴィ」
「もう、ほんと危ないなあ。でも、彼奴が、一瞬躊躇ったから、隙が出来た」
ラヴァインはそう言いながら、私を守るように前に立つ。と言うか、何処から手に持っているナイフを手に入れたのか気になるところだった。
まあ、それは良いとしてラヴァインも気づいていたのだ。男が力をもっと込めれば、そもそも、力量で私が勝てるはず無かったし、押し切ることも可能だった。でも、ナイフを振り下ろす前に、私に刺す彼は躊躇った。理由は分からない。でも、何か似気づいたようにハッとして、手を止めたようにも思えた。その隙を突いてラヴァインは攻撃したわけだが、それは見事に交わされてしまった。
(凄く……嫌な、予感がする……)
知っている。そんな感覚だった。
懐かしい感覚に、私は少し距離をとって立ち上がる男を見る。ふらりと身体を傾けながら、立ち上がった男のローブがズレた。そして、そのローブの中に隠されていた長い紅蓮の髪が露わになる。
「……は、俺、彼奴知ってる」
嬉しそうに、それでいて震えた声でラヴァインはそう呟く。
私はそれに負けないぐらい目を見開いて、震える唇を必死に動かして、その人物の名前を口にする。
何でここにいるの。何で、私達を襲ってきたの。何で、何で、何で。
「……ある、……べど?」
私達を襲撃したローブの男、それは私がずっと探していたパートナー、アルベド・レイだった。
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