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ノアが戻ってくると、用事を思い出したからと慌ただしく席を立った。
「用事なんて後回しでもいいんじゃないの」とノアがふてくされている。
僕は笑ってノアを抱きしめた。
「ごめん、またすぐ来るから」
「ほんとに?約束だよ!」
「……」
ノアの顔が泣きそうに見えて、僕は何か勘づかれたのかとドキリとする。
僕はウソが下手で、すぐに見破られてしまう。そもそもノアにウソはつきたくない。かといって真実も話せない。だから僕は、ひどく曖昧に頷くと、ノアから離れてリアムの後ろに隠れた。
僕とリアムは、まだ名残惜しそうなノアを置いて家を出る。
慌てて追いかけて来ようとするノアの前に、ラズールとゼノが立ち塞がった。
僕がチラチラと後ろを気にする様子に、リアムが僕の肩を抱く手に力を込めて言う。
「二人に任せておけ。今戻ると、おまえは泣くだろう?」
「…うん」
「遅かったか。もう泣いてるな」
「うん…ごめん、リアム」
「いいよ。おいで」
顔を上げると、リアムが僕を抱き上げた。そして僕を抱いたまま歩き出す。
僕はリアムに抱きつき、そっとノアを見た。
ラズールが、今にも走り出しそうなノアの肩を掴み、ゼノがノアに何かを話している。
その光景がにじんで見えなくなり、僕はリアムの肩に顔を埋めて涙を隠した。
しばらくして二人の足音が聞こえて顔を上げる。
ラズールとゼノが、すぐ後ろをついて来ていた。
僕は小さな声で聞く。
「…ノアは?」
「納得して家に入りましたよ」
「そう…。ノアに本当のこと、話せなかった…。また会えるかな」
「会えます。すぐに、絶対に」
「ラズール…」
「泣くと体力を消耗しますよ」
「そうだね…」
「リアム様」
「なんだ?」
ラズールが僕に手を伸ばしながらリアムを呼ぶ。
「フィル様をこちらへ。俺がお連れします」
「このままでいい」
「いえ、どうかこちらへ。フィル様」
「リアム。ラズールと話したいから少しだけ…いい?」
「…少しだけだぞ」
「うん」
リアムが渋々、僕を地面に下ろした。
ラズールの隣を歩こうとしたけど、ラズールに軽く抱き上げられてしまう。
僕は大して抵抗もせずに、ラズールの肩に手を置いてラズールと目を合わせた。
「自分で歩くのに」
「体力を温存してください。ところで話とは」
「ノアと食べるために作ってくれた軽食、外で食べれなくてごめんね」
「食べれますよ。家に戻ったらすぐに、リアム様とご一緒した湖まで行かれるのでしょう?その途中のどこかで休憩して食べればいいんです。遠出するのですから、作っておいて正解でしたね」
「そうだね」
「それよりも」
ラズールが僕の頭を引き寄せ耳元で囁く。
「今、痛みを和らげる治癒魔法をかけてます。どうですか?」
「うん…少し楽になった」
「よかった。もう少し、かけ続けますよ」
「お願い…ありがとう」
「俺にできることは、なんでもします」
ラズールには、感謝しかない。
リアムには赤い痣が出た話はしたけど、痛みがあることまでは話していない。
僕が我慢していることをわかって、ラズールは助けてくれたのだ。
家に戻るなりすぐに馬に乗って出かけると思っていた僕は、湖まで馬でも二日はかかると聞いて焦った。
まだバイロン国の地理がよくわかってなくて、簡単に行ける場所にあると思い込んでいた。
そうか…二日もかかるのか。それまで僕の身体は持つのだろうか。
ラズールとゼノが、素早く荷物をまとめているのを待ちながら、黙って俯く僕の顔を、リアムが心配そうに覗き込む。
「どうした?元気がないぞ?」
「…大丈夫。ここから湖まで結構離れてたんだなぁって驚いてるだけ…」
「そんなに早く行きたかったのか?」
「うん、今日中に行けると勝手に思い込んでたから。泊まりになるとは思ってなくて…無理なお願いをしちゃったかな…って」
「無理なものか。俺はおまえに頼られると嬉しい。だが…」
「うん?」
リアムが玄関に荷物を運ぶ二人を見て険しい顔をする。
「フィーと二人きりで行きたかった。なぜアイツらまでついて来るんだ?」
「ふふっ、ラズールが僕を心配するように、ゼノもリアムを心配してるからじゃない?」
「いや…ゼノも俺ではなくフィーのことを心配してるな。フィーの周りに過保護が増えた」
「そう?みんな僕のことを心配してくれて嬉しいよ。でも一番の過保護はリアムでしょ」
「当たり前だ。フィーは俺の伴侶だからな」
「伴侶…」
「フィー」
「はい」
リアムが僕の肩を抱き寄せ、見上げた僕の額にキスをする。そして優しい声で言った。
「湖を見た後に、俺の伯父上に会ってほしい」
「会わせて…くれるの?」
「ああ。俺が信頼する伯父上に、俺の大切な人を紹介したい」
「ありがとう…」
「それと伯父上の城の中に、とても美しい礼拝堂がある。フィー」
「はい」
リアムが僕の正面にまわり、とても真剣な顔をする。
僕は緊張して顔がこわばった。
「その礼拝堂で、結婚式を挙げよう。永遠に共にいることを誓おう。…と、勝手に思ってるのだが…ダメか?」
僕は驚きすぎて、一瞬声が出なかった。大きく開いた目から、涙が溢れ出る。何度も頷きながら声を絞り出す。
「うんっ…うんっ!結婚式…したい、誓いたいっ…。ありがとう…リアム」
「ははっ、本当に泣き虫。こんな所をラズールに見られたら怒られるな」
「ううっ…」
リアムが僕を抱きしめた。
僕もリアムの背中に手を回して、顔を胸に埋める。
嬉しい嬉しい。こんなに幸せなことがある?リアムと結婚式を挙げたい。愛を誓いたい。呪われた身体でここまで生き延びたんだから、もう少し頑張ってよ、僕の身体。愛の力で呪いを弾き飛ばせたりできないのかな。
そんな都合のいいことを思いながら、僕はリアムに必死にしがみついていた。