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僕とリアムが抱き合っている所にラズールが来て、引き剥がされた。
「なにやってるんですか。準備ができましたので出発します」
「おまえ…俺を敬う気持ちはないのか」
「俺の主はフィル様だけです。フィル様、これを。春の日差しでも、長くあたると肌が赤くなってしまいますからね。あと、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫…ありがとう」
ラズールが僕にマントをかける。フードも被せて、前の紐もしっかりと結んでくれる。その時に小さく呪文を口にして、痛みを和らげる魔法をかけてくれた。
顔を上げたラズールが「では参りましょうか」と僕の手を引く。
「待て。おまえにも話しておきたいことがある」
すかさず止めるリアムを、ラズールがゆっくりと振り返った。
「先ほどの話なら聞こえていました。俺は…フィル様が幸せなら反対はしません。しかし、フィル様を泣かせるようなことをした時は、絶対に許しません」
「おまえに言われなくとも、フィーに辛い想いは絶対にさせない。…ありがとうな、ラズール」
「いえ…」
ラズールがふい…と顔を背けて歩き出す。
僕はリアムに笑って、ラズールに手を引かれるままに足を踏み出した。
途中の街で二泊して、湖に着いた。
家を出てからここに着くまで、ずっと晴れていた。だから長時間馬に乗って腰が痛くても楽しかった。二日目には宿に着くのが遅くなってしまったけど、無数の星が瞬く夜空を見れて感動した。
そして今、青い空を映す、風もなく凪いだ湖を見て、また感動している。
「きれい…」
「そうだな。天気が良く風もないから、いつもよりもきれいだ。それに隣にフィーがいるからな」
「ふふ、そうかも」
リアムと肩を並べて見る湖は、本当に美しかった。前に見たのは冬で、今は春だ。夏と秋の景色も見てみたい。リアムといると、次から次へと欲が出てきてしまう。イヴァルにいた頃の僕は、全てを諦めていたのに。愛する力ってすごい。
リアムが僕の髪に触れながら聞く。
「寒くはないか」
「うん、大丈夫」
「フィーの髪、出会った頃よりも少し伸びたな」
「そう?長すぎてわかんない…。もう姉上のフリをしなくていいから、切りたいんだけど」
「この美しい髪をか?」
「うん…切ったら変かな」
「いや、短い髪のフィーもかわいいと思う。というか、本当に切るのか?もし切るなら、切った髪は俺がもらってもいいか?」
「…え?なんでっ?」
「フィーのものは全て欲しいからに決まってるだろ」
「えー…」
リアムがそう言って、僕の髪にキスをする。
僕は嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちになって、愛おしそうに銀髪に唇を寄せるリアムを見つめた。
湖から城へ向かう途中にある小さな街に、食事をとるために立ち寄った。
休憩もできる宿みたいな店の個室で食べ、食後にリアムとゼノが部屋を出た。その間に、再度ラズールに痛みを緩和する魔法をかけてもらう。治癒魔法が終わった後にシャツのすき間から背中を覗いてもらうと、赤い痣が背中全体にも広がっている言う。
僕は俯きながらポツリと呟いた。
「…そう。二日前には少し薄くなってたんだ。だからもしかして消えてるかなと思ったんだけど。でも痛みは続いてるから、消えるはずはないよね…」
「フィル様」
僕の髪がかき寄せられて、首の後ろに柔らかいものがあたる。
ラズールの唇が触れたのだとわかったけど、僕は止めなかった。
「痛みの間隔はどのような感じですか?」
ラズールが僕の首から顔を上げ、銀髪を撫でながら聞く。
僕はシャツを直して、後ろを振り返った。
「二日前から変わらないんだ。だからもう少し大丈夫そう。リアムと結婚式…できるかも」
「それはようございました」
優しく微笑むラズールに、僕は小さく首を傾けてみせる。
「ラズール…喜んでくれるの?本当は嫌なんだと思ってた」
「それは心外です」
ラズールが、僕の頬に優しく触れ、優しい目で見つめる。
僕はなぜか、胸が詰まって泣きそうになった。
「本音を言うならば、俺がフィル様を幸せにしたい。しかしフィル様は第二王子を選ばれた。あなたが幸せになることが、俺の幸せですから。あなたの喜ぶ顔を見れるのなら、満足ですよ。どうか、とびきりの笑顔を見せてください」
「…ラズール、ありがとう」
ぐっとこらえたけどダメだった。泣いてしまった。
泣いてる所へリアムが戻ってきて、慌てて僕の傍に来る。
「どうした?ラズールになにか意地の悪いことを言われたのか?」
「失礼なことを言わないでいただきたい。俺がフィル様にそのようなこと、言うわけがないでしょう」
「おまえはフィーが生まれた時から傍にいる。誰よりもフィーに近い存在だ。時には遠慮なく意見を言うこともあるだろうが」
「なんだと?」
「リアム…」
僕は袖で涙を拭くと、リアムの胸に顔を寄せた。
「大丈夫か?」
「うん…大丈夫。ラズールはね、嬉しいことを言ってくれたんだよ」
「こい…ラズールが?」
「僕とリアムの結婚式が楽しみだって。とびきりの笑顔を見せてほしいって」
「そうか」
「そこまで言ってません」と僕とリアムの横で、ラズールが呆れたように息を吐く。
「そう?」と僕はラズールに笑う。
「フィー」
「なあに?」
リアムに名前を呼ばれて顔を戻す。
「伯父上には、以前にフィーのことを話してある。フィーの素性も知ってるし、歓迎してくれている。結婚式の準備も喜んでしてくれるだろう」
「それは…ありがたいことです」
「だからゼノを先に城に行かせた。今日から準備を始めれば、明後日には式を挙げられる。急な話だが、いいだろうか?」
「…はい」
本当に?僕がリアムと結婚するの?
現実味が帯びてきて、僕の中にジワジワと喜びが湧き上がってくる。
僕はまた溢れ出してきた涙を隠すように、リアムに強くしがみついた。