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糸のような月が夜空に頼りなく揺れている。
マンションの非常灯や街灯が煌々と光を主張するなか、この空に星は見えやしない。
いや、ふと視線を転じれば小さな小さな輝きが五つ、地上に落ちていた。
それはフラフラと激しく揺れながら住宅街を動いている。小さな公園を抜け、細い道を横切り、一歩立ち止まって呻き声をあげると、またぞろユラリと動き出す。
煌めきの正体──それは直径一センチに満たない小さな「星」であった。
正確に表現すれば、五芒星の形にみえる硝子粒。
街灯かりを受けてきらきらと光を放つ、歪なかたちの星が五つ。
女の手首の周りで連なってキラキラと揺れている。
それは頼りなく、細い腕。
だが、その指先は勇ましく拳をつくり、その足はアスファルトをしっかと踏みしめている。
肩までの黒髪を風に遊ばせた小柄な女性だ。レースをあしらった水色のワンピースは、着慣れていないのか何となく違和感を覚える。
大人の社会では「女の子」と呼ばれるような年代であると分かった。
「丸」をイメージさせるのは、輪郭だけでなく、クルクルと忙しなく動く瞳から受ける印象だろうか。
感情が迸るようにツンと尖らせた唇。
ぷくーっと膨らませた頬は速足の影響か、上気していた。
複雑な街路を迷うそぶりもなく通りすぎると、彼女は大きな通りから離れたところで足を止めた。
車の騒音や人の声も、ここまでは届かない。
三階建ての、こじんまりしたアパート。見上げた窓に、いつものように明かりが灯っているのを認めて、彼女は踵で地面を蹴った。
階段を一気に駆け上がり、目指す玄関のチャイムを連打。
「開けろ、義弟(おとうと)よ。私はおまえのお姉さまだぞ!」
薄い扉の向こうで、低い声が何事かぼやきながら近付いてくるのが察せられた。
「オイ、義弟よ。いいかげん開け……あうっ!」
「あっ、ごめん……」
勢いよく開いた扉が顔面を打ち、女はその場によろよろとうずくまった。両手で自らの鼻を押さえている。
「痛い。もうイヤだ。もう死ぬしかない……」
「やめなよ、星歌。こんな夜中に、人ん家の前で死なないでよ」
「そんな言い方はヒドイ……」
じっとり……。
恨みがましい視線が扉から出てきた男を見上げた。
部屋着にしたって地味なスウェットの上下。
しかしそれは彼の醸し出す華やかさを、むしろ引き立てる衣装となっていた。
細身の身体にまとった薄い筋肉は布越しにも分かる。
襟足の整えられた柔らかな髪。澄んだ双眸は、今は僅かに細められてこちらを見下ろしている。
飲み物を口にしていたのだろうか。男にしては厚い唇は艶やかに濡れていた。
整った容姿に一瞬、見とれる女の前で、その唇がゆっくりと開かれる。
「姉ちゃん、今日はかなりやらかし……ハッスルしたって聞いたけど?」
「……ハッスルとか言うな」
この男はいつも意地悪だ。
いや、彼なりに言葉を選んでくれたことは分かるが、それが余計に傷を抉る。