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木風
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#サレ妻
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赤井 里会
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ゆうき
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日曜の朝、悠人はゴルフバッグを玄関に出していた。
「柴田と行ってくる。夜は飲みになるから遅い」
「柴田くんによろしく」
悠人は靴を履きながら「ああ」と言う。ゴルフバッグのポケットに、去年の夏から入れっぱなしの日焼け止めが見えている。今朝は曇りだ。
扉が閉まったあと、私は玄関の結婚写真を見た。五年前の私は、今より三キロ太っていて、よく笑っている。隣の悠人は、申込書の写真と同じ角度で笑っていた。
◇
日曜のミモザガーデンは、式が一件。十一時挙式、十三時披露宴。
十時半に、新郎の父が着かなかった。
「電車が止まってるそうです。人身事故で。あと四十分は無理だって」
美咲が控え室から走ってきた。新郎の父は、十一時の挙式で新郎と一緒に入場し、十三時の披露宴の冒頭で挨拶をする。進行表の最初の二行が、両方とも崩れる。
「新郎のお母様は」
「いらしてます」
「入場はお母様と。挨拶は乾杯のあとに回す。乾杯は主賓にお願いしてあるから、順番を入れ替えるだけ」
「お父様の挨拶、原稿を持ってるのはお父様ですよ」
「原稿なしで話せる人は、原稿を持って遅れて来ても話せる。着いたら控え室で五分、水を飲んでもらって。司会には私から言う」
美咲が走って戻る。私は司会のところへ行き、進行表の二行に線を引いて、矢印で下に落とす。司会は「分かりました」とだけ言って、自分の台本に同じ矢印を書いた。
新郎の父が着いたのは十一時二十分で、母親と並んで入場する新郎の後ろ姿を廊下から見て、何も言わずに泣いていた。
披露宴の乾杯のあとに回した挨拶は、原稿なし。「遅れてすみません」から始まって、三分で終わる。会場が一番笑ったのは、その三分だった。
ロビーに戻ると、一ノ瀬がソファに座っていた。
「人身事故で四十分」
「はい」
「進行を二行動かして、笑いが一番取れた場所に父親を置いた」
「結果です。置いたのは、間に合う場所に」
一ノ瀬は立ち上がって、ラウンジへ戻っていった。何も言わなかった。言わないのが、この人の言い方なのだと、二日で分かった。
◇
ひなのの二回目は、十四時からだった。
今日も白だった。白いコートに白いブーツ。かれんは来ていなくて、ひなのは自分で自分を撮りながら打ち合わせ室に入った。
「見積もり、できました?」
「はい」
私は見積書を向きを変えて置いた。庭と会場の使用料、料理、映像の制作、司会、音響、照明、花。招待客三十名で、百五十万円。申込金が十万、中間金が八十万、残りは当日のあと。
ひなのは合計の行だけを見た。
「全然いいです。お金は彼が出すから」
「お相手の方が」
「そう。『好きなだけ使え』って。ボーナス出るし」
私は手帳に書いた。彼が出す。ボーナス。
夫のボーナスは、去年から減っている。「会社が渋い」と聞いていた。
「あと、ドローン入れたいんです。上から撮るやつ。庭の全部が映るように」
「ドローンは、この式場では飛ばせません。住宅街なので」
「えー」
「代わりに、庭の灯りを入れます。十二月はミモザの枝に黄色い灯りを巻きます。門から会場まで、三十歩が全部黄色くなります。上からより、歩いている人を撮るほうが、人は映えます」
「……映えますか」
「映えます」
ひなのはスマホで庭を撮りに行き、戻ってきて「灯りで」と言った。
「写真、送りました。共有のフォルダ。二百枚くらいあります」
「ありがとうございます。今夜、全部拝見します」
「彼の寝顔とかも入ってるけど、そういうのは外していいです。私がかわいく映ってるやつ優先で」
「かしこまりました」
私は手帳に、かわいく映ってるやつ優先、と書いた。
◇
十七時、ロビーにスタッフ全員が集められた。
一ノ瀬の横に、紙の手帳を持った女の人が立っていた。若林と名乗り、万年筆で何かを書き続けていた。
「支配人の坂上は今月末で退任。パートの契約は年内に見直す。プランナーの長は、暫定で佐倉」
一ノ瀬は、それだけを一息で言った。
ロビーがざわついた。
「それ、おかしくないですか」
美咲だった。
「佐倉さんが上なのは分かります。でも、パートの見直しって、切るってことですよね。半年前に入った人もいるのに」
「意見は数字で出せ」
一ノ瀬は美咲を見て言った。
「半年前に入った人が、半年で何を生んだか。数字で出せば読む。出せなければ読まない」
美咲は口を開きかけて、閉じた。若林が万年筆で何かを書き足した。
解散のあと、美咲が私のところへ来た。
「……チーフ」
「なに」
「呼び方、変えました。暫定でも、上は上なので」
「数字、出しましょう。パートの人たちの、半年分」
「出し方、分かんないです」
「教える。明日から」
美咲は「すみません」と言って、帰っていった。
◇
家には誰もいなかった。
私は食卓にノートパソコンを置き、ひなのの共有フォルダを開いた。
二百十三枚ある。
日付の順に並べ直す。三月十四日の、居酒屋の座敷。知らない店だ。悠人はその日、「合宿」で栃木にいることになっていた。
四月、五月。カフェ、映画館、水族館。
十月十日、温泉の露天風呂の入口。悠人はその日、「柴田とゴルフ」のはずだ。
私は手帳を開いて、夫が「残業」と言った日を一つずつ照らしていく。手帳には、五年分の夫の帰宅時間が書いてある。書き始めた理由は、もう覚えていない。
写真の日付と、「残業」の日が重なるたびに、印をつけた。
印は、四十一個になった。
最後の一枚は、十月十四日だった。
前日準備で、私が帰ったのが二十三時を過ぎた日。
写真には、見慣れたキッチンが写っている。私の家のキッチン。私が今朝、味噌汁を作った鍋が、コンロに置いてある。
その前に、ひなのが立っていた。
紺色のエプロンをつけて、歯を見せて笑っている。去年の正月に、悠人の母が「あんたに」と言って渡してくれたエプロンだった。
写真の下に、ひなのの一言が入っていた。
『彼のおうち♡』
コメント
1件
ちょ、ちょっと待って😭💦 最後の写真とか印が41個とか…「彼のおうち♡」のエプロンに全部の伏線回収された気分…!! 佐倉さんのプロとしての冷静さと家庭の崩壊が静かに重なってく構成、鳥肌立ちました…美咲ちゃんの呼び方変えたとこも好きだよ…! 続きが気になりすぎて寝れないんだけど!!😫📖✨