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妖刀鬼神丸〜蛇骨長屋戦闘記

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妖刀鬼神丸〜蛇骨長屋戦闘記

41 - 第41話女に化けた猫

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2025年10月16日

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女に化けた猫

女に化けた猫


「酷い振りだわ・・・」

宿の窓から外を見て志麻が呟いた。

「とても止みそうにないねぇ」

「これじゃ街道は泥濘ぬかるみよ」

「どうする、もう一日様子を見ようか?」

あれから三日三晩降り続いた雨は、街道を川のような有様に変え旅人の足を止めた。

志麻達も今日で四日の長逗留だ。自然に宿の内情も見えてくる。

お紺に見られた事で、主人夫婦も表立って登勢を苛める事はしなくなった。

しかし、タマはあの夜から姿を見せていない。

登勢の落胆は見ていて可哀想なほどである。

「それにしても、いつになったら止むんだろう、この雨・・・」

志麻とお紺が諦め顔で空を眺めていると、忠吉がやって来て揉み手をした。

「ええ、この雨で皆様大変困っておられます・・・」

二人の機嫌を取るように腰を折る。

「あんたは儲かってホクホクなんじゃないの?」

お紺が皮肉混じりに返した。

「滅相も無い、うちも人手が足りなくて困ってるんですよ」

「ほら、人手が足りないって事は儲かってる証拠じゃない」

「またまた、そうイジメちゃいけませんよ」

「それで、何か用事かい?」

「それそれ、それなんですが実はお二人に折いってお願いがありまして・・・」

「なんだよ、早く言いなよ」

「ご存知の通りこの雨で上りのお客さんが停滞してしまって、どこの宿も満室状態でして・・・」

「焦ったいなぁ、だから早く言いなって!」

お紺が焦れて先を促した。

「それでは申し上げますが、一人相部屋をお願いしたいんです」

「相部屋?」

「若い女のお客様でどこぞの武家のお嬢様とか。この雨でお供の中間と逸はぐれなさったとかで一晩の宿をご所望なんですが、生憎とどの部屋も男のお客様ばっかりで。幸いこちら様は女のお客様なので、なんとかお願いできないかと思いまして」

「どうする志麻ちゃん?」

お紺が志麻に訊いてきた。

「この雨でお供と逸れたんじゃ困っておいででしょう。私は構わないわ」

「そうだね、一晩くらい良いか」

「本当ですか!いやぁ助かった、恩に着ます!では、すぐにお連れしますのでよろしくお願いいたしますよ」

忠助はさっと立ち上がって、廊下を早足で戻って行った。

「まったく、調子が良いんだから」

「困っているときはお互い様よ」

「ま、いっか」


*******


「山寺環やまでらたまきと申します。本日は無理なお願いを致しました」

ここまで雨の中を旅して来たとは思えぬ、立派な身なりの女が二人に頭を下げた。

顔を上げた女を見てお紺は納得がいった。この身なりと美貌に忠吉はやられたんだな。

「改まった挨拶は抜きですよ、お互い困っているときは助け合わなきゃ」

粋な辰巳芸者を自称するお紺は堅苦しいのが嫌いだ。ここで和んでおかなきゃ後が気詰まりだと察しをつけて、砕けた口調で言った。

「あっちはお紺、江戸で芸者をやってるの。こっちは志麻ちゃん、津藩の御家中の娘で剣の腕は折り紙つきよ」

「お紺さん・・・」志麻は横目でお紺を睨んだ、剣の技量は余計な話だ。

「黒霧志麻です。道中難儀なされた事でしょう、私たちに遠慮は要りませんからどうぞ気楽に寛いでくださいね」

「ありがとう、そう言っていただくと助かります」

環はフッと肩の力を抜いた。

「そうだ、濡れた着物を脱いで浴衣に着替えて来なよ。そろそろ湯も沸いた頃だ」

「はい、ではお言葉に甘えてそうさせて頂きます」

「まだ硬いねぇ、そんな時は『ひとっ風呂浴びてくらぁ!』てんだよ」

「お紺さん、武家のお嬢様には無理だよ」

志麻が呆れて言うと、環が悪戯っぽく笑った。

「ほほ・・・それじゃあ、ひとっ風呂、浴びてくらぁ!」

「よっ、いいねぇその調子だ!」

お紺の声を背に環は障子を閉めて風呂場に向かった。

「あれっ?」

「どうしたの志麻ちゃん?」

「ちゃんと掛けておいたのに?」

お紺が床の間を見ると、刀掛けから鬼神丸の鐺こじりが落ちている。

「変ねぇ、あっちらが知らない間に地震でもあったのかしら?」

「地震なんてなかったと思うけど・・・」

「気にしない気にしない、環さんが戻って来たらあっちらも風呂に行くわよ」

「そうね・・・」

志麻は鬼神丸を一度手に取ると、再びきちんと掛け直した。


*******


「う〜ん、風呂上がりの一杯は乙なもんだねぇ!」

盃を勢いよく煽ってお紺が唸った。

「お紺さん、一気に呑むと酔いが回るわよ」

「何言ってんだい、このくらいの酒で酔ってちゃ芸者は務まらないよ」

環が口に手を当てて上品に笑う。

「ほほほ、お紺さんて面白い方ね。私、今日相部屋できて良かったわ」

「だろ、ほらタマちゃんも呑みな」

「え、タマちゃん・・・?」

「た・ま・き・・・だからタマちゃんさ」

「お紺さん失礼だよ!」志麻がお紺を窘たしなめた。

「いいの志麻さん、全然失礼なんかじゃないわ。私嬉しいのよ、だって私今までこんな冗談言い合える友達なんていなかったもの」

「そ、そうなんですか?」

「ええ・・・私、なんだかとっても楽しくなってきた、よ〜し踊っちゃおっか!」

「そうこなくっちゃ・・・志麻ちゃん帳場に行ってもっとお酒頼んで来て、それから帰りに三味線も借りてきてくれる」

「だ、だめ!」

環が慌てて止めた。

「わ、私、三味線の音が苦手なの!」

「じゃあ、どうやって踊ってたんだい?」

「そ、そうね、鼓や太鼓なら・・・」

「なんだか変わってるねぇ?・・・ま、いっか、志麻ちゃん太鼓か鼓があったら借りてきておくれ、わっちも一応お稽古はしたからさ」

「もう、飲みすぎないでよ、明日雨が止んだら出発だからね」

お紺が障子を開けて外を見た。

「見てごらんよ、この調子じゃ明日も無理みたいだよ、だったら今夜は思い切り呑んで憂さ晴らしと行こうや」

「もう、知らない!」

志麻は口を尖らせたが、お紺の勢いには勝てず渋々超場に降りて行った。


*******


「よっ、タマちゃん日本一!」

お紺が太鼓を叩きながら囃し立てる。環は最初に見せた上品さはどこへやら、手拭いで頬被ほっかむりをしてまるで花街の太鼓持ちのように踊った。志麻も一応は武家の娘の嗜みとして舞踊の手解きを受けたことはある。そのような踊りを想像していた志麻は目を瞠って驚いた。

「タマちゃん、それなんて踊りだい!」

「猫踊りって言うんだよ!」

「いいねぇ、あっちも江戸に帰ったらお座敷でやってみようかねぇ!」

「はっ、きっと大受け間違い無しさ!」

「あはははははは!」

二人は意気投合してすっかり盛り上がっている。志麻は苦虫を噛み潰したような顔で一人手酌を重ねていた。

やがて三人は踊り疲れ呑み疲れて、乱雑に敷いた布団の上に転がって眠ってしまった。

外は雨が倦む事なく降り続いている。

その雨音に紛れて環がむくりと起き上がった。

「ぐっすり寝入っているようだね・・・」

志麻とお紺を確かめるようにして行燈に近付いた。

「安い鰯油を使っているね・・・まぁ私には好都合だけど・・・」

ひとり言ちると、長い舌を伸ばして油を舐め始めた。

行燈の明かりが障子に映し出す影は、巨大な猫の形をしていた。




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