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#王子
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帝都の喧騒を遠く離れた、静謐な宮殿の夜。
私は長い廊下を歩きながら、カツカツと響く自分の足音の高さに戸惑っていた。
あてがわれた客室で
数人がかりのメイドさんに磨き上げられた身体は、自分のものではないように軽い。
着替えさせられたのは、到底「部屋着」の一言では片付けられないほど上質なシルクのドレスだった。
肌に吸い付くような柔らかな感触。
身じろぎするたびに、髪からは微かに白檀の香りが立ち上る。
鏡に映った自分は、まるで見知らぬお姫様のようで、かえって心細さが胸の奥で膨らんでいった。
(私みたいな出来損ないが、本当にこんな場所にいていいのか…未だに信じられない)
自問自答を繰り返すうちに、案内してくれたメイドさんが、一際大きく重厚な扉の前で足を止めた。
「陛下がお待ちです、ノエル様」
深々と頭を下げる彼女に見送られ、私は震える手でその扉を押し開けた。
部屋の中は、驚くほど静かだった。
窓から差し込む青白い月光が
広大な寝室を幻想的に照らし出し、高級な調度品の輪郭をぼんやりと浮き上がらせている。
部屋の中央に鎮座する、天蓋付きの巨大なベッド。
そこには、軍服を脱ぎ捨てて薄いシャツ一枚になったアイゼン様が、背もたれに身を預けて座っていた。
「……来たか」
その低い声が鼓膜を震わせ、私の心臓は跳ね上がる。
昼間の威風堂々とした皇帝の姿とは違う
どこか無防備で、そして隠しきれない疲労を纏ったひとりの男の姿。
「し、失礼いたします。えっと……お約束通り、参りました」
私は緊張のあまり、声が裏返りそうになるのを必死で抑えた。
アイゼン様は視線だけで、自分の隣にあるスペースを静かに促す。
私はおそるおそる、天上の雲のように柔らかなベッドの端へ、壊れ物を扱うように腰を下ろした。
「……そんなに遠くにいては、お前の力は届かないだろう。もっと近くへ来い」
「は、はい……!」
促されるまま、私は彼の方へと躙り寄った。
アイゼン様から漂う、雨上がりの森のような冷たくも清々しい香りが鼻をくすぐる。
近すぎる。
彼の発する熱量が伝わってきそうな距離に、私の顔は火が出るほど熱くなった。
「……ここ最近、ずっと眠れなくてな。脳の芯を熱い針で刺されているような、耐え難い苦痛なんだ。眠れるなら、何をしてくれても構わない」
自嘲気味に呟く彼の瞳は、月光の下で、今にも砕けそうなガラス細工のように危うく見えた。
その瞳の奥に潜む孤独と痛みの色に触れた瞬間
私の緊張は少しずつ「この人を放っておけない」という使命感に塗り替えられていった。
「……まずは、横になってください。私が、ずっとお傍にいますから」
私は精一杯の勇気を振り絞り、自分の中にある「癒やし」の魔力をゆっくりと引き出していった。