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彼に出会えて良かった――。
私は彼の温もりを感じながらしみじみ思う。その気持ちが伝わるようにと、彼の体をぎゅうっと抱き締める。
彼に抱き締め返されて、裸の胸が重なり合った。そこから伝わってくる互いの鼓動を感じ合いながら、私たちは口づけを交わした。
迅のキスと吐息は次第に熱をはらみ、私を抱く腕にはますます力がこもっていった。
その力強さに苦しくなって、私は小さくうめいた。
それに気づいて、迅は慌てて腕の力を緩めた。私の肩に顎を乗せて、深々とため息を吐き出す。
「どうしよう。また美祈を抱きたくなってきた」
「えっ、うそでしょ。今日はもう無理よ」
昨夜からいったいどれだけ迅に愛されたことか。濃密な時間を過ごしたせいで、全身のあちこちに違和感がある。
私の返答に迅は残念そうに吐息して、渋々と腕を解いた。
「仕方ない。我慢する。美祈に嫌われたくはないもんね。悪いけど、先にシャワー使うね」
「ど、どうぞ。ごゆっくり」
「シャワー」の言葉で現実に引き戻された。迅の前で裸でいるのが急に恥ずかしくなってきて、私はくるりと背を向けた。
「また今度ね」
彼は確信犯的な甘い囁き声で言い、寝室から出て行った。
「もう……」
耳に残る彼の声にどきどきしながら、床に落としたままになっていた下着や服を拾い始めた。それらを身に着けながら、彼のベッドにふと目をやる。乱れたシーツに彼に愛された時間が思い出されて、全身が熱くなる。数か月前には失恋で悲しんでいたのが嘘のようだと、この幸せを噛みしめる。しばらくして、ドアの向こうで迅の声がした。
「シャワー、空いたよ」
「ありがとう」
返事をしてすぐに部屋を出た後、そそくさと浴室に向かった。シャワーを借りて身支度を整え、リビングに戻る。テーブルにはすでに昼食が並んでいた。
「パスタ、わざわざ作ってくれたの?用意させちゃってごめんね」
「やっぱり外に行くよりも早いかと思ってさ。美祈の口に合えばいいんだけど」
「合うよ、絶対。だってすでに見た目が美味しそうだし、匂いだってそうだもの」
「あはは。そう言ってもらえて一安心かな。座って」
迅に促されて私はソファに腰を下ろした。隣には当然のように迅が座る。初めの頃はこの距離感に躊躇したものだったが、今はまったく何の違和感もない。
昼食を取り、テーブルの上を片づけた後は、一杯のコーヒーで寛いだ。
最後の一滴までを飲み干して、私は自分のマグカップを手に立ち上がる。
「これ、洗ったら帰るね」
言った途端に迅が寂しそうに顔を歪めた。
「待って、もう少し」
彼は私の体に腕を回して引き留める。
「せめて俺が全部飲むまで」
私は彼のマグカップを覗き込み、苦笑する。
「もう空っぽみたいだけど?」
「あはは」
彼はごまかすように笑ってから、表情を改めて私を見上げる。
「やっぱりさ、夕飯も一緒に食べて、そのままうちに泊まっていかない?」
「え……」
彼の言葉に心が揺れなかったと言えば嘘になる。しかし私は頷かなかった。
「夕食はいいとしても、泊まるのはちょっと……。明日は会社だし」
迅は恨めしそうな顔を見せはしたが、最終的には仕方がないと諦めたようだ。しかし何を思いついたのか、すぐに明るい表情となる。
「それなら、明日の夜は一緒にいて?美祈が実家に帰るのは、その次の日だったよね?こっちに戻って来てからもいつだって会えることは分かっているんだけど、少しでもたくさん一緒にいたい。会社が終わったら、美祈の部屋に行く。いいよね?」
強引なことを言われているのに、彼の甘えたな声に抵抗できなかった。むしろ嬉しくて、私はこくりと頷く。
「約束だよ」
念を押すように言って、迅はようやく私を解放した。
「車で送っていくよ」
「歩いて行けるわ。まだ明るいし」
「でも、外は寒いから。それに体、あんまり大丈夫じゃないんじゃない?無理をさせたこと、反省しているんだ。ごめん」
迅は気遣わしげに私を見ていた。
彼が何について心配しているのか、それに気づいて私の顔は熱くなる。
「だ、大丈夫。でも、お願いしようかな」
こうして、私は迅の車でマンションまで送り届けてもらった。
私がシートベルトを外しているうちに、彼はすでに運転席を離れていた。窓の外に気配を感じた時にはもう、助手席側のドアに手をかけていた。
彼が開けてくれたドアから外に出ようと、地面に足を着く。立ち上がりながら、彼に礼を言おうと顔を仰向けた。つかの間、唇に熱を感じてはっとする。
「じ、迅君、人が……」
慌てる私に、彼は平然とした顔を見せた。
「人?周りにはいないけど?」
確かに今は辺りに人の姿はない。それでも私は落ち着かず、きょろきょろと周囲を探った。
私の様子を見て迅はくすくすと笑う。
「また明日ね」
「え、えぇ、また明日」
迅から荷物を受け取り、私は車からやや離れた場所に移動した。彼を見送ろうと思いその場に立っていたが、迅は笑いながら私を促す。
「もう行って。美祈がマンションに入ったのを見届けたら、俺もすぐに帰るから」
「分かった。じゃあ、行くね」
私は素直に頷き、迅の前から離れた。途中で足を止めて彼を振り返り、小さく手を振る。別れたばかりなのに、今すぐ彼の傍に戻りたくなった。しかしそれ以上その気持ちが大きくなってしまう前にと、私はあえて足を速めてエントランスに向かった。
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