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年明けて、帰省していた実家から戻った翌日の午後、迅と約束していた初詣に出かけた。
中心街の一角にあるその神社は、まだ三が日ということもあってそこそこの賑わいを見せていた。人が行き交う境内でおみくじを引いたり、そこで振舞われていた甘酒を飲んだりと、正月らしさをひと通り味わってから、ぶらぶらと歩いて迅の部屋へと向かった。
リビングに入るとすぐに、コートを着たままの迅が甲斐甲斐しく動き回る。
「すぐ暖房入れるからね」
「うん、ありがとう」
勝手知ったる彼の部屋で、私もまたコートを着たままソファに腰を下ろした。
部屋が温まったところで、二人してコートを脱ぐ。
ちょうどポットのお湯が沸き、迅はマグカップを食器棚から取り出してカウンターに並べる。
「コーヒーがいい?それとも紅茶にする?なんならワインもあるよ」
「じゃあ、紅茶にしようかな」
「正月だし、ちょっとくらい飲んだって構わないよ」
からかうように言われて私は苦笑で返す。
「迅君が飲むなら少し頂くけど?」
「俺もいらないかな。何しろ今日はこの後に、大事な用があるんだ」
「大事な用?私、ここに来ちゃって大丈夫だったの?」
「全然大丈夫だよ。ところで、えぇと、紅茶だったよね。今淹れるね」
「私がやるよ」
「じゃあさ。これをそっちに持って行ってくれる?」
私は迅の傍へ近づいて行った。
彼はカウンターの上に手を伸ばして、そこに置いてあった四角い缶を私に渡してよこした。
「これは、クッキー?」
迅は頷く。
「俺も昨日まで実家に行っていただろ?帰りにこれを持たされた。彼女と食べなさいって」
「え?」
迅とは秘密の関係でもなんでもないが、そわそわと落ち着かなくなった。
「祖父と母親とで喋っていたら、話の流れで美祈のことになってね」
迅の家族に自分がどう思われたのかが気になって、私は次の言葉を待った。
彼はややためらいがちに続ける。
「……その話の始まりは、俺に来ていたっていう見合い話なんだ。まさか自分にもそんな話が来るなんて思ってなかったよ。まぁ、とにかく、俺には美祈がいるだろ?断ってくれって言ったら、どうしてなんだ、せっかくのいい話なのに、とか、うるさくてさ。だから、俺には結婚したい人がいるんだって言ったわけ」
「う、うん」
「そうしたら今度は、それはどんな人なんだ、早く連れてこい、紹介しろ、次の転勤前までになんとかしろって、これまたうるさく言い出してね」
迅は私の反応をうかがいながら続ける。
「そういうわけで、そのうち俺の家族に会ってくれないかな。そしてできればその前に、俺を美祈のご両親に紹介してほしいんだけど、どうだろう?」
彼の家族に会うことも、自分の家族に彼を紹介することも、もちろん嫌ではない。急な展開に戸惑いがないわけではないが、むしろ、彼から切り出してくれたことにほっとし、嬉しく思う。
頷く私に迅は安心したように頬を緩め、しかしすぐに真顔になる。
「さて、と、そろそろ今日の最大のミッションに移るとするかな」
「ミッション?」
私は首を傾げた。そう言えば、何か大事な用があると言っていたのではなかったか。
「私、帰ろうか?」
「いや、大丈夫。美祈は座ってお茶でも飲んでて。クッキーも開けていいから」
「え?でも……」
「いいからいいから」
迅にソファに促され、私は怪訝に思いながらも素直に腰を下ろした。
いったんカウンターに戻った迅は、湯気の立つマグカップを手に戻ってきた。それを私の前に置くと、そそくさと落ち着かなげな様子で部屋を出て行った。
怪しくも見える迅の行動に首をひねりながら、私はマグカップを手に取った。ちびちびと口をつけながら、彼が戻ってくるのを待つ。
それからしばらくして迅が戻ってきた。後ろ手に何かを隠し持っている。
鼻が甘い匂いを拾い、「もしかして」と胸がどきどきし始めた。
迅は私の視線に気がついて、苦笑を浮かべる。
「もう気づかれてしまったみたいだけど……」
言いながら迅は、背後に隠していた物を胸の前に持ち替えた。
私は感動の声をもらす。
「わぁ……」
それは抱えるほどの大きなバラの花束だった。数えるほどしかもらったことのない花束の中で初めて見る豪華さだ。
迅は私の隣に腰を下ろし、軽く咳ばらいをしてから真剣な目で私を見つめる。
「美祈、今日もう一度、改めて言います。俺と結婚してください。この先の時間をずっと、俺は君と一緒に過ごしていきたい。何度でも言う。俺は君を一生大事にする」
わずかに震えて聞こえる彼の言葉に、私への深い想いが確かに感じられて、目頭が熱くなった。鼻の奥に小さなつんとした痛みを感じながら、私は首を縦に振る。
「はい。よろしくお願いします。私も迅君のこと、一生大事にします」
緊張が解けたのか、それまで固かった迅の表情が和らいだ。
「ありがとう。これ、受け取って」
迅から渡されたその大きな花束を、胸の前でそっと抱き抱えた。バラの甘い香りと共に、今日のこの幸せな記憶を、頭に、心に、しっかりと刻み込む。
「婚約指輪は美祈に選んでほしくて、用意していないんだ。明日一緒に見に行こう」
「そんな……。指輪なんてなくたって、私、構わないよ。この前ダイヤのピアスをもらったし……」
「ピアスはクリスマスプレゼントであって、指輪とはまた意味が違うよ。指輪は、婚約者がいるってことを周りに知らしめるためのマーキングアイテムだからね」
「マーキングって……」
私はくすくす笑いながら花束をテーブルの上に置き、迅の体に腕を回す。
「迅君、ありがとう」
「お礼は言葉だけじゃなくて、キスもほしいな」
甘えた声でねだられて、私は迅の綺麗な形の唇にそっと口づけた。
迅の手が背中に回る。
抱き締められて、彼の匂いに包まれながら、私はしみじみとした思いで幸せを噛みしめる。遠くない過去、その幸せを共有するのは征也だと思っていた時期もあった。あぁそう言えばと思い出す。その彼も、結婚が決まったと兄から聞いた。
「何を考えてるの?」
迅に問われてはっとした。顔を上げたそこに、眉をややひそめた迅の顔がある。
私は口元に笑みを刻みながら首を横に振り、彼の首に腕を回す。
「迅君とのこれからを想像していたの」
「ほんとかな」
気づいているのかいないのか、迅は苦笑いを浮かべている。
「まぁ、いいや。ところで、今日はもちろん泊まって行くよね」
「いいの?」
「いいに決まってる。会えなかった分、美祈と愛し合いたい。だけど無理はさせないよ。明日は指輪を見に行くからね。だから安心していいよ」
迅は艶めいた声で甘く囁いた。
そんな彼に抵抗などできっこない。私はこくりと首を縦に振った。
中学時代は、長めの前髪と眼鏡で顔を隠すようにしていた、大人しかったはずの彼。それが今やこんなにも、心身ともに私を蕩かす甘いひとになっている。
「美祈、愛しているよ。これからは俺のことだけを見ていて」
さっき私が何を思ったのか、やはり気づいていたようだ。
「迅君しか見ていないし、見えていないよ」
「それならいいんだけど」
迅はふっと笑い、私の顔を両手で挟み込んで、キスの雨を次々と降らせ始める。
閉じた私の瞼の裏には、これから待っているはずの迅との幸せな未来が広がっていた。
(了)