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「婚約」
「聞えなかったか?もう一回いってやろうか」
「な、なんで食い気味!?」
いつもより、整えられた鮮やかな紅蓮のポニーテール。黒いマフラーに返り血なんてついているはずもなく、いつにも増して正装で。
自分に向けられている花束は、よくある百本の薔薇じゃないけれど、彼の家門でもあるピンク色のチューリップで。
(あ……耳が赤い)
彼が照れているときは、いつも大体、耳が赤くなる。それで分かる。恥ずかしいのだろう。だから、これが本気であることを私は悟ってしまった。でも、なんで。
「婚約……」
「ああ、俺、アルベド・レイ公爵子息は、ステラ・フィーバス卿辺境伯令嬢に婚約を申し込みたいんだよ!」
「ぶっきらぼう」
「ああ!?」
何故、こちらが逆ギレされなければならないのかちっとも分からない。でも、彼の顔がだんだん真っ赤に、林檎みたいになっていくからおかしいのに、こっちも恥ずかしくて顔が合わせられない。愛って、恋愛感情のこと? いや、それだけじゃないと、ベルはいっていたけれど。こんなにもいきなり、婚約されて、驚かない方がおかしかった。さっきの事もあったから尚更意味が分からない。
私が状況を理解できずに、アルベドを上目遣いで見れば、アルベドはさらに顔を赤くして、目を見開いた。そのタイミングで、彼の頭の上で鈍い音が鳴った。
「~~~~っ」
「アルベド・レイ。貴様今何と言った」
「ああ!?ふぃ、フィーバス卿いきなり手を挙げていいんですか?一応、俺は、公爵家のご子息なんですけど?」
「ああ、ここでは、俺がルールだ。で、俺の娘に……何だって?」
「聞いてただろうが、クソ老害……いててててぇ!髪、禿げるだろ、クソが!」
思いっきり、紅蓮のポニーテールを掴んで上に引っ張るフィーバス卿。ブチブチと音が鳴り出したところで不味いな、と私は止めに入ることにする。
「お父様、そこまでにして下さい。私もさすがに、ハゲベドは見たくないかも……です」
「ステラ!テメエフォローになってないからな!?」
キャンキャンと吠える姿は、まるで犬のようだった。年相応というか、素のアルベドだ、と久しぶりのアルベドに少し興奮している自分がいる。全く今の今まで何処に行っていたのか。
(――って、私婚約を申し込まれたのよね!?)
感心している場合などではなく、私は今し方、アルベドに婚約を申し込まれたのだ。いい雰囲気で、わあ久しぶりのアルベドだー何ていっている場合じゃない。真剣な告白を聞いたのに、それすら忘れて、私は呑気だと、自分で自分がとんでもない阿呆だと思った。
ポニーテールから、フィーバス卿は手を離したものの、依然アルベドを睨み付けているし、どういうつもりなんだと、脅迫でもするかのように、アルベドの方を睨んでいる。アルベドは、そんな圧に負けることなく私の方を見た。まだ、その瞳には真剣さが伺えた。
でも、いきなりどうしてだろうか。
何か裏がある。そんな気がしてならないのだ。いや、普通に素直に受け止めればいいのに、アルベドだからと言うフィルターがかかってしまう。だって、彼は私がリースを好きなことを知っている筈なのだ。私がそのために、身体と皆の記憶を取り戻そうとしていると言うことも、彼は知っている。だから、これはあり得ない事なのだと。
けれどどうだろう、彼は私に本気で婚約を申し込んできて、その答えを舞っているようにも見えてしまった。私は、どう反応すれば良いか分からず、見つめ返すことしかできなかった。その時、私の腕の中に居たルーチャットが飛び出し、アルベドの足に噛みついた。
「うわっ、何だよ。この毛玉!いてえッ!」
「る、ルーチャットダメだって」
慌てて、ルーチャットを引き剥がし、私はめっ、と怒る。さすがに、アルベドの高そうな服を噛みちぎったとかなったら大変だと思ったから。今日はいつにも増して、貴族らしい服装でいるものだから。
というのもどうでもよくて、ルーチャットはなれない相手には噛みつく習性でもあるのだろうか。その癖は、治させないとなあなんて思ってしまう。まあ、それもどうでもよくて。
「アルベド、いきなりどうしたの。頭打ったの?」
「酷えなお前。本気で言ってんだよ」
「……アルベドは知ってるのに、本気だって……いや、分かるけど、分かんなくて」
「アルベド・レイ。ステラを困らせて何がしたい」
「お呼びじゃねえよ、フィーバス卿。俺は、ステラに聞いているんだ」
「俺は、ステラの父親だが?」
「父親面するなよ。それに、これはステラと俺の問題だろ?いくら、父親でも、相手がそれを受け入れれば、それを否定する権利は無いと思うが?」
と、アルベドは食い気味に言う。それには納得したのか、フィーバス卿は言い返す事もなく、口を閉ざした。私が、この手の話題が嫌いだということを知っての配慮だろう。
しかし、私とアルベドの問題と言っても、私がどうにも、自分事に思えなくて、どう答えるのが正解か分からなかった。時間が欲しい。考える時間が。
「それで、どうなんだよ。答えは」
「なんで、上から言うのよ。アンタは私の答えを待つしか無いのに、急かさないで」
「……」
「本気で言ってるの?婚約って。私と……」
アルベドは無言のまま私を見つめる。何か言ってくれないと分からなかった。アルベドの心を読めるわけでもないのだから、言ってくれなきゃ分からない。でも、アルベドは、何かを警戒して、話すこと拒んでいるようだった。それが、フィーバス卿なのか、アウローラなのか。はたまた、ルーチャットなのか。ここでは言えない理由があるように見えた。
(意味分かんない……)
本当なら、心躍るシチュエーションだろう。乙女ゲームだったら、ここまできたら好感度100%、攻略クリア! って喜ぶんだろうが、これは現実で、喜ぶどころか、困惑しかなかった。いや、実際に、告白されたら喜びやら不安やらで色んな感情がぐちゃぐちゃになるだろう。だって、滅多にないことだから。
真剣に、服装を整えて、花束を持って、いつもはしない真剣な表情で、声でそんなこと言われたら、思考がフリーズするに決まっているのだ。だから、私はどうしたら良いか分からなかった。
「ああ、本気だ」
「絶対に、裏がある。お父様たちがいたら言えない理由?」
「そーだな。まあ、言っちまっても良いが、フィーバス卿に怒られそうだしな」
と、こそりとアルベドは耳打ちする。警戒しているその様子から、婚約する理由として成立しないものなのではないかと予想が出来る。
アルベドと会えたと思ったら、その本人が大きな問題を叩き付けだしたのだから、もうどうしようもない。
私は、フィーバス卿の方をちらりと見た。フィーバス卿は、ジッと凍るような瞳で私を見てきている。断れと、圧をかけられている気がして、私は目を背けた。アルベドだったらフィーバス卿は許すと思ったんだけど、そうでもないようだった。難しい。
ここで私がアルベドを受け入れたらどんな反応をするのか気になるところだけど、そんな反応を気にしている余裕なんて私にはなかった。
「お父様、少しアルベドと話をさせて下さい」
「ああ……分かった。ステラ」
「何ですか?」
「お前がいいといった相手であれば、俺は何も言わない。それが、闇魔法の貴族であってもな」
「……っ」
わざと強調した『闇魔法の貴族』という単語。それが、何を意味するか私には分からなかったが、あまりいい意味には聞えなかった。差別をあまりしないフィーバス卿が釘を刺すようにいったその言葉が、どんな意味で言われたのか私には理解できなかった。
「アルベド」
「……お前の部屋でも何処でもいい。防御魔法をかけてやるから、つれてけ」
「……う、うん」
冷たく突き放すように言われ、私はアルベドから貰ったピンク色のチューリップの花束を抱え、自室へと案内することにした。