テラーノベル
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「うん。うん、ありがとう。亮介もなんかあったら言って──」
その途中で、眠たくなって寝てしまった。抱きしめられている感覚は、ちゃんとあって、ふわふわ浮いているようなそんな不思議な気持ちだった。「未央、起きて!? きょう朝からでしょ? 遅刻するよ」
亮介の透明な声で目が覚めた。トーストのいいにおいがする。
「ごはん、もうできてるよ」
慌てて身支度をして、朝ごはんを食べる。きのうのことが嘘みたいでまだふわふわしていた。
「未央、うちの両親にあいさつ行く話なんだけど、今月はちょっと難しそう。来月のはじめ頃なら都合つけられるみたいなんだけど、それでもいい?」
「うん、もちろん。よろしくお願いします。あ、うちのお墓参りは来週でよかった?」
「大丈夫だよ」
「日帰りだから、バタバタだけど」
「楽しみ」
*
亮介と休みを合わせて、未央の故郷、静岡市へ墓参りにやってきた。静岡駅に新幹線で降り立つと、なにやらとてもにぎやかだ。
「未央、きょうお祭りでもあるの?」
「大道芸ワールドカップがあるみたい」
「なにそれ?」
大道芸ワールドカップとは、毎年秋に静岡市で行われるイベントで、街のあちこちのブースで、さまざな大道芸が見られるイベント。公式ガイドブックを買って、タイムテーブルを見ながら、目当ての大道芸人をめぐる計画を立てるひとも多い。
「時間あったらちょっと見ていく? いろんなのがあって面白いよ。よくおばあちゃんとも見にきた」
「うん、時間あったら。あと、おでん食べたい! しぞぉーかおでんだっけ?」
「よく知ってるね。じゃあ青葉横丁に寄って帰ろう。おでん屋さんが何軒もあるから、ハシゴができるよ」
「やった。でも、まずはごあいさつ。いきますか」
14帰郷とおでんと、砂浜と
静岡駅から北へバスで40分。ふたりは未央が過ごした中学校前のバス停で降りた。
にぎやかな静岡駅前とは違い、ずいぶん自然豊かなところ。こじんまりした中学校を横目に、手をつないで歩いていく。
「お墓はここから歩いて5分くらいだよ」
「未央が育った家って、まだあるの?」
「それが、ちょうど高速道路が通ることになって、私が高校生になるときに取り壊したの」
「そうだったんだ」
「こればっかりはね。それからはもう少し静岡駅寄りのところにアパート借りてふたりで住んでたんだ」
「高台に家があったの?」
「うん。ほんとにあの借家の感じとそっくりでね。辛いことあると、高台からよく空見てた。おばあちゃんに、お父さんとお母さんは空から私を見守ってるって言われてたから」
物心のついた頃には、未央は祖母とふたりきりだった。祖母は、畑仕事をしたり、パートに出ながら未央を育ててくれた。
「ここだよ、この石段を登ったところにお墓があるんだ」
未央は石段をぴょんぴょんと登っていく。田舎ならではの雰囲気。都会の墓地とはまるで違い、山を切り拓いたところに墓地があった。お墓のそうじをふたりでして、手を合わせる。お父さん、お母さん、おばあちゃん。最近あんまり来られなくてごめんね。郡司亮介さんといまお付き合いしてます。仕事も順調だよ。見守っててね──
そう心の中で言い終わって目を開けると、亮介はまだ目をつぶって、手を合わせていた。
亮介はなにを話したのかな。
お墓参りを済ませると、未央の通った小学校を見ながらさっきのバス停まで戻ってきた。年季の入ったベンチにふたりで腰掛ける。バスがくるまであと20分くらいあった。
色づいた紅葉が、バス停の周りを彩っている。ふたりを見守るのは昼間の白い月だけ。
「亮介、一緒にきてくれてありがとう。おばあちゃんも両親も、喜んでると思う」
「僕も、ここに来られてよかったです」
「田舎でびっくりしたでしょ」
「そんなに。うちも山は近いから」
「鎌倉のご実家か。楽しみだな」
虫の鳴く声が切なく響いてくる。ややあって亮介が口を開いた。