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「うん。うん、ありがとう。亮介もなんかあったら言って──」

 

その途中で、眠たくなって寝てしまった。抱きしめられている感覚は、ちゃんとあって、ふわふわ浮いているようなそんな不思議な気持ちだった。「未央、起きて!? きょう朝からでしょ? 遅刻するよ」

 

亮介の透明な声で目が覚めた。トーストのいいにおいがする。

 

「ごはん、もうできてるよ」

 

慌てて身支度をして、朝ごはんを食べる。きのうのことが嘘みたいでまだふわふわしていた。

 

「未央、うちの両親にあいさつ行く話なんだけど、今月はちょっと難しそう。来月のはじめ頃なら都合つけられるみたいなんだけど、それでもいい?」

 

「うん、もちろん。よろしくお願いします。あ、うちのお墓参りは来週でよかった?」

 

「大丈夫だよ」

 

「日帰りだから、バタバタだけど」

 

「楽しみ」

 

 

亮介と休みを合わせて、未央の故郷、静岡市へ墓参りにやってきた。静岡駅に新幹線で降り立つと、なにやらとてもにぎやかだ。

 

「未央、きょうお祭りでもあるの?」

 

「大道芸ワールドカップがあるみたい」

 

「なにそれ?」

 

大道芸ワールドカップとは、毎年秋に静岡市で行われるイベントで、街のあちこちのブースで、さまざな大道芸が見られるイベント。公式ガイドブックを買って、タイムテーブルを見ながら、目当ての大道芸人をめぐる計画を立てるひとも多い。

 

「時間あったらちょっと見ていく? いろんなのがあって面白いよ。よくおばあちゃんとも見にきた」

 

「うん、時間あったら。あと、おでん食べたい! しぞぉーかおでんだっけ?」

 

「よく知ってるね。じゃあ青葉横丁に寄って帰ろう。おでん屋さんが何軒もあるから、ハシゴができるよ」

 

「やった。でも、まずはごあいさつ。いきますか」

 

 

14帰郷とおでんと、砂浜と

 

 

 

静岡駅から北へバスで40分。ふたりは未央が過ごした中学校前のバス停で降りた。

 

にぎやかな静岡駅前とは違い、ずいぶん自然豊かなところ。こじんまりした中学校を横目に、手をつないで歩いていく。

 

「お墓はここから歩いて5分くらいだよ」

 

「未央が育った家って、まだあるの?」

 

「それが、ちょうど高速道路が通ることになって、私が高校生になるときに取り壊したの」

 

「そうだったんだ」

 

「こればっかりはね。それからはもう少し静岡駅寄りのところにアパート借りてふたりで住んでたんだ」

 

「高台に家があったの?」

 

「うん。ほんとにあの借家の感じとそっくりでね。辛いことあると、高台からよく空見てた。おばあちゃんに、お父さんとお母さんは空から私を見守ってるって言われてたから」

 

物心のついた頃には、未央は祖母とふたりきりだった。祖母は、畑仕事をしたり、パートに出ながら未央を育ててくれた。

 

「ここだよ、この石段を登ったところにお墓があるんだ」

 

未央は石段をぴょんぴょんと登っていく。田舎ならではの雰囲気。都会の墓地とはまるで違い、山を切り拓いたところに墓地があった。お墓のそうじをふたりでして、手を合わせる。お父さん、お母さん、おばあちゃん。最近あんまり来られなくてごめんね。郡司亮介さんといまお付き合いしてます。仕事も順調だよ。見守っててね──

 

そう心の中で言い終わって目を開けると、亮介はまだ目をつぶって、手を合わせていた。

亮介はなにを話したのかな。

 

お墓参りを済ませると、未央の通った小学校を見ながらさっきのバス停まで戻ってきた。年季の入ったベンチにふたりで腰掛ける。バスがくるまであと20分くらいあった。

 

色づいた紅葉が、バス停の周りを彩っている。ふたりを見守るのは昼間の白い月だけ。

 

「亮介、一緒にきてくれてありがとう。おばあちゃんも両親も、喜んでると思う」

 

「僕も、ここに来られてよかったです」

 

「田舎でびっくりしたでしょ」

 

「そんなに。うちも山は近いから」

 

「鎌倉のご実家か。楽しみだな」

 

虫の鳴く声が切なく響いてくる。ややあって亮介が口を開いた。

すき、ぜんぶ好き。

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