テラーノベル
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第5話 どんな顔をしていた
将軍魂は、灯台の不許可判断に再照会を求めなかった。
別の任務へ同行するための抜け道も探さなかった。
天灯院へ戻ったその夜から、香律が再び乱れ始めた。
外へ強く漏れ出すわけではない。
閉じようとして内側へ絡まり、わずかにほどけては、また別の方向へ引かれる。
魂体に異常はなかった。だが、呼吸と香の流れが噛み合わず、静養室に戻っても落ち着かない状態が続いた。
*
汀生は、再び男の調律を始めた。
無理に香律を整えようとはしなかった。
数日が過ぎた。
その日、汀生が置いた音は、男の吐息が終わる直前で静かにほどけた。
余韻が、次の吸気にも鼓動にも触れず、その間を通り抜けていく。
いくつもの方向へ引かれていた香が、細い音へ沿うように流れ始めた。
汀生は次の音を重ねず、香と余韻が同じ方向へ沈んでいくのを待った。
やがて、男が顔を上げた。
「確かめたいことがある」
声に迷いは残っていた。
「また、あの調整員と話せるか」
汀生は理由を尋ねなかった。
「分かりました。面談を頼んでみますね」
*
数日後、同じ灯台調整員との面談が開かれた。
「先に申し上げます。降下についての判断は変わりません」
「分かっている。その話ではない」
将軍魂は、膝の上で手を組んだ。
「確かめたいのは、あいつの魂路記録だ」
「本人の発言や、進路を選んだ理由は開示できません」
「記録を見せろとは言わない。何を話したかも、なぜ転生を選んだかも聞かない」
最後の言葉を選ぶように、一度息を置く。
「一つだけ、教えてほしい」
「何でしょう」
「あいつが人界再誕を選んだ時、どんな顔をしていた」
調整員はすぐには答えなかった。
「表情も、本人の記録に含まれます」
「承知している」
「なぜ、それを知りたいのですか」
将軍魂は、組んでいた手を見た。
「俺が最後に知っているあいつの顔は、副官として命令を受けた時のものだ」
背筋を正し、ただ一言。
承知した、将軍。
そう答えた顔だけが、最後に残っている。
「そのあと、どんな顔で死んだのかも、天界で何を思ったのかも知らない」
男は顔を上げた。
「教えられるものかどうかだけ、確認してほしい」
「この場では回答できません。開示できるとしても、進路決定時の状態について、最小限の回答だけになります」
「それでいい」
*
回答には二日かかった。
「開示可能範囲を確認しました」
再び面談室へ呼ばれた将軍魂へ、灯台調整員が告げる。
「発言や選択理由、特定の魂への感情はお伝えできません。ただし、薄明橋へ進む時点で、強い恐怖や混乱の中にあったか、安定していたか。その状態だけはお伝えできます」
「聞かせてくれ」
わずかな沈黙のあと、答えが返った。
「……穏やかでした」
将軍魂は目を閉じた。
その一言が自分の中へ沈むまで、長く黙っていた。
「……そうか」
「俺のことを――」
言葉が止まる。
覚えていたか。
恨んでいたか。
待っていたのか。
組んでいた指に力がこもり、そのまま動かなくなった。
男は息を吸いかけ、止めた。
「……いや。今のは忘れてくれ」
「承知しました」
「それだけでいい」
将軍魂は、その一片だけを持って面談室を出た。
莉久⚁⚄[低浮上]
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#ご本人様には関係❌
コメント
1件
「穏やかでした」の一言に全部持ってかれた…😭💦 将軍魂が「覚えていたか」「恨んでいたか」って言いかけて止めたところ、めっちゃ刺さった。聞きたいけど聞いたらもう戻れない、って感じがにじみ出てて…。たった一片の情報だけでここまで胸が締め付けられるの、すごいです。次が気になるけど、今はこの余韻に浸っていたい…!