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莉久⚁⚄[低浮上]
33
#ご本人様には関係❌
最終話 魂は、抜けていなかった
翌朝、汀生が調律室の扉を開けると、将軍魂が廊下に立っていた。
職員から告げられるまで動かなかった頃とは違う。
男は、自分でここまで来ていた。
「調律を頼みたい」
汀生は頷き、男を室内へ通した。
いつもの調律弦を置く。
だが、汀生が触れるより先に、将軍魂が口を開いた。
「穏やかだったそうだ」
汀生の目元が、わずかに緩んだ。
「……そうですか。知りたかったことを、聞けたのですね」
「俺を赦していたかは分からん。覚えていたかも聞かなかった」
「そこまでは、尋ねなかったのですね」
「分からないままにするしかない」
汀生は、きっと赦していたとも、最後まで覚えていたとも言わず、その続きを待った。
「俺は、謝りたかった」
将軍魂は、自分の手を見つめた。
「命令したことを。戻ると約束できなかったことを。最後まで将軍としてしか話せなかったことを」
一度、言葉が途切れる。
「赦されなくてもいいと思っていた。だが、それだけではなかった」
汀生は待った。
「あいつが俺を恨んでいても、それなら俺は、あいつの中に残っている」
男は目を逸らさず、自分の願いを言葉にした。
「あいつに、俺を覚えていてほしかった」
「俺のことを、まだ何か思っていてほしかった」
「忘れられていることの方が、怖かったのかもしれん」
長い沈黙のあと、汀生が調律弦へ指を置いた。
「音を一つ、置いてもいいですか?」
「ああ」
低く澄んだ音が鳴った。
最初の調律で置かれたものと、同じ音だった。
音が消えると、将軍魂が言った。
「身勝手だな」
「そう思うのですか?」
「ああ。だが、なかったことにはしない」
男は静かに息を吐いた。
「知りたい気持ちは消えん。それでも、あいつが俺に見せなかったものは、あいつのものだ」
「穏やかだった理由も、知らないまま持っていく」
汀生は、調律弦から指を離した。
「知りたかったことまで、なかったことにしなくていいと思います」
汀生は、それ以上音を鳴らさなかった。
*
調律が終わると、将軍魂は自分から立ち上がった。
「あいつは、ちゃんと自分の道を選んだ」
汀生は黙って、その言葉を受け取った。
「やはり、立派な男だった」
それは、副官として命令に従っていた姿ではなく、自分の知らない場所で次の生を選び、歩き出した一人の人間を、誇りに思う響きだった。
将軍魂は、ゆっくりと胸の奥の澱を吐き出すように、息をついた。
「俺も、自分の道を選ぶ」
どの道を選ぶのか、汀生は尋ねなかった。
男は調律弦へ一度目を向け、それから汀生をまっすぐに見た。
「今まで世話になった。ありがとう」
汀生の目が、穏やかに緩んだ。
「行ってらっしゃい」
将軍魂は深く頷き、自らの手で扉を開けた。
その背中は、もう指示を待つだけだった虚ろな魂のものではなかった。
かつて大勢を率いた将軍らしく堂々と、そして一人の男として迷いなく、朝の光が満ちる廊下を歩み去っていった。
コメント
1件
えっ最終話…!? 将軍魂が自分から調律室に来て、自分の口で「謝りたかった」って言えたの、本当に感慨深かったです…。「忘れられていることの方が怖かった」って言葉にグッときました。最後の「行ってらっしゃい」と朝の光の中を歩いていく背中、めちゃくちゃエモかったです。お疲れ様でした、素敵な最終話をありがとうございます😭💕