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33
翌朝。
阿部と目黒は、みんなを呼んだ。
場所は。
もう営業していないカフェ。
宮舘が店をやめても。
ここは変わらず、九人が集まる場所になっていた。
阿部と目黒が着いた時。
すでに何人か来ていた。
佐久間はソファに座り。
康二はカメラを触っている。
ラウールは、宮舘が出してくれたものを食べていた。
「館さん」
阿部がテーブルを見る。
「カフェやめたんじゃなかったの?」
「やめたよ」
「じゃあこれ何?」
「朝ごはん」
「作ってるじゃん」
「店はやめても料理はするから」
隣にいる渡辺が頷く。
「俺の分もある」
「翔太と二人で過ごすためにやめたんじゃないの?」
「二人では過ごしてるよ」
「昨日ずっと一緒だった」
渡辺が普通に答える。
少し遅れて。
岩本と深澤も席に着いた。
九人。
全員揃う。
「で?」
佐久間が阿部を見る。
「あべちゃんが朝から全員集合って珍しくない?」
「うん」
阿部は。
隣に座った目黒を見る。
目黒は何も言わない。
昨夜。
二人で話したことは。
まだ二人だけのものだった。
阿部は一度、息を吸った。
「昨日さ」
「うん」
「天使が来た」
一瞬。
静かになった。
佐久間が嫌そうな顔をする。
「あいつ?」
「そう。あいつ」
「また?」
「また」
深澤が眉を寄せる。
「今度は何やらされたの?」
「何もやらされてない」
「珍しい」
「そこ基準なの?」
渡辺が聞く。
「で、何て?」
阿部は。
昨日の話を順番に話した。
#❤️💙
みら

19,807
207
現実の時間は。
ほとんど進んでいないらしいこと。
「三分くらいだって」
「三分?」
岩本が聞き返す。
「多分」
「多分なの?」
ラウールが笑う。
「天使が『三分くらいじゃない?』って」
「適当やなあ」
康二が笑う。
「途中で四分になって、最終的に五分くらいになった」
「増えとるやん」
「俺も突っ込んだ」
少しだけ。
みんなが笑った。
けれど。
阿部はすぐに表情を戻した。
「あと」
「うん」
「俺たちの身体は大丈夫だって」
その言葉に。
空気が少し変わる。
「みんなも寝てるだけらしい」
佐久間が小さく息を吐いた。
「そっか」
「現実で何週間も経ってるわけじゃないんだね」
ラウールも安心したように呟く。
「うん」
阿部は。
そこで一度言葉を止めた。
本当に話したいことは。
ここからだった。
「それで」
みんなを見る。
「天使に言われたんだ」
「何を?」
岩本が聞く。
「心に傷を負ったのは、俺だけじゃないって」
誰も。
何も言わなかった。
目を逸らした人もいた。
康二はカメラから手を離す。
ラウールも。
食べるのをやめた。
渡辺が小さく呟く。
「余計なこと言うなよ、あいつ」
「やっぱり」
「何が」
「否定しないんだと思って」
「……うるさい」
佐久間も。
少しだけ困ったように笑った。
阿部は。
昨夜の目黒を思い出す。
まだ帰りたくない。
そう言った。
自分だけじゃなかった。
帰るのが怖いのは。
「天使がさ」
阿部は言う。
「過去のことを全員で笑い話にできるくらいまでは、ここにいたらって」
「無茶言うね」
深澤が苦笑する。
「俺もそう言った」
「それ何年かかるの?」
佐久間が聞く。
「知らない」
「現実三分なら、こっちで百年いても平気なんちゃう?」
康二が言う。
「俺も似たようなこと考えた」
阿部は少し笑った。
それから。
みんなを見る。
「だから俺」
一度。
息を吸う。
「今すぐ帰るの、やめる」
その瞬間。
目黒以外の表情が変わった。
「え?」
佐久間が真っ先に声を出す。
「あべちゃん」
「待って」
阿部はすぐに続けた。
「ここにずっと残るって意味じゃない」
「帰りたくないって決めたわけでもない」
ラウールがじっと阿部を見る。
阿部は。
一人ずつ。
顔を見る。
「昨日」
目黒にも聞いた。
帰りたいのか。
本当はどうしたいのか。
目黒は。
まだ帰りたくないと言った。
怖いと。
言った。
それを。
目黒の許可なく全部ここで話すつもりはなかった。
でも。
阿部の考えは。
そこから変わった。
「俺だけが」
「帰れるくらい元気になったら、それで終わりだと思ってた」
「でも違った」
「俺が帰りたいって思えても」
「みんながまだ怖いなら」
少し言葉を探す。
「そのまま帰るの、嫌だなって思った」
誰も口を挟まない。
「だから」
阿部は笑った。
「九人で帰れるようになるまで、もう少しここにいようと思う」
目黒が隣で静かに阿部を見る。
「もちろん」
阿部は続ける。
「俺が勝手に決めることじゃないけど」
「帰りたい人がいるなら、それはちゃんと聞きたい」
「でも」
少しだけ。
声に力を込める。
「俺は、九人で帰りたい」
岩本が。
静かに頷いた。
「俺も」
短い言葉だった。
それだけで。
阿部は少し安心した。
佐久間も。
「俺も九人がいい」
と答える。
宮舘も頷く。
渡辺は何も言わなかったけれど。
否定もしなかった。
深澤も。
小さく笑った。
「まあ、現実三分ならね」
「そこ信用する?」
阿部が笑う。
少しずつ。
空気が緩む。
「じゃあ」
ラウールが口を開いた。
阿部が見る。
「俺、話していい?」
「何を?」
「傷のこと」
阿部の表情が変わる。
「ラウ」
「聞きたいんでしょ?」
「……うん」
「でも」
阿部は少し迷う。
「無理しなくていいよ」
ラウールは首を横に振った。
「無理じゃない」
それから。
少し考えるように視線を落とした。
「俺ね」
「あべちゃんに、ずっと頼りすぎてたんじゃないかって思ってた」
阿部は思わず首を傾げる。
「頼る?」
「うん」
ラウールは指を組む。
「分かんないことあったら聞いて」
「仕事でも」
「勉強でも」
「何か悩んだ時も」
「俺、あべちゃんなら分かるって思ってた」
「……」
「あべちゃんなら大丈夫って」
阿部の胸が。
少しだけ苦しくなる。
ラウールは続ける。
「みんなもそうだったと思う」
少し笑う。
でも。
その笑顔は苦かった。
「全然大丈夫じゃなかったのに」
阿部は何も言えなかった。
「食べられなくなって」
「寝れてないのも分かって」
「顔色もずっと悪くて」
「それでもあべちゃん、大丈夫って言ってた」
ラウールの声が。
少しずつ小さくなる。
「俺」
「うん」
「あの時初めて」
一度息を吸う。
「もしかして、俺たちがあべちゃんに頼りすぎたから」
「あべちゃん、大丈夫って言わなきゃいけなくなったんじゃないかって思った」
「ラウ」
「分かってるよ」
ラウールはすぐに言った。
「今考えたら、それだけじゃないって」
「女優のことが一番大きかったのも分かってる」
「でも」
消えなかった。
「夢に来て」
ラウールは阿部を見る。
「何も覚えてないあべちゃん見た時」
「正直、ほっとした」
阿部の目が揺れる。
「ほっとした?」
「うん」
ラウールは。
どこか申し訳なさそうに頷く。
「もう、俺たちのために阿部亮平でいなくていいんだって思った」
「……」
「アイドルじゃなくて」
「頭良くなくてもよくて」
「俺たちの面倒見なくてもよくて」
「何にも覚えてなくても」
ラウールの目が。
少し赤くなる。
「笑ってるなら、それでいいって」
阿部は何度か見ていた。
佐久間が。
自分の記憶に触れようとした時。
ラウールが止めるように見ていたこと。
あれは。
自分を守ろうとしていたのだ。
「だから」
ラウールが言う。
「思い出してほしくなかった」
「……そっか」
「ごめんね」
「なんで謝るの?」
「だって、今は全部思い出したかったって思ってるかもしれないし」
阿部は少し考える。
「でも」
「うん」
「記憶なかった俺も」
ラウールを見る。
「数学教えるの好きだったよ」
「……」
「あのノートにも書いてた」
『ラウールに数学を教えた。人に教えるのは好きみたい。』
「覚えてなくても」
阿部は少し笑う。
「俺、自分からラウに教えてた」
ラウールが黙る。
「頼られるのが嫌だったわけじゃないんだと思う」
「……うん」
「ただ」
阿部は苦笑する。
「大丈夫じゃない時まで、大丈夫って言ったのは俺の悪い癖だった」
「それは本当にやめて」
ラウールがすぐに言う。
「うん」
「絶対」
「努力する」
「努力じゃ困る」
「厳しいな」
少しだけ。
ラウールが笑った。
阿部も笑う。
「じゃあ約束する」
「何?」
「大丈夫じゃない時は、大丈夫じゃないって言う」
ラウールは。
しばらく阿部を見ていた。
そして。
「うん」
と頷いた。
「じゃあ俺も」
「何?」
「頼りたい時は頼るけど」
少し笑う。
「無理してないか聞く」
「それくらいがいいかも」
「じゃあそれで」
ラウールの顔が少しだけ軽くなった。
コメント
1件
うわあ……この話、めっちゃ良かった……。 阿部ちゃんが「九人で帰りたい」って言った瞬間、なんかグッときたわ。一人で元気になって終わりじゃなくて、みんなの傷も抱えて進もうとしてるところがもうね。ラウールの告白も重かった。「覚えてない阿部ちゃんを見てほっとした」って、それってめっちゃ切ないけど、ちゃんと本音を言えてるのが尊い。数学教えてた話が救いだったなあ…。 ラウと阿部ちゃんが「無理してないか聞く」「大丈夫じゃないって言う」って約束するところ、良かった。やっぱりこの九人、最高だよ。