虚ろな瞳で、天井を見る渡辺。ガラス玉のようなその目は、もはや自ら光を発することはなく、ただ鏡のように白い天井を映しだす。陶器のような透き通る肌に、阿部の手がそっと置かれると、鋭敏になっている触覚が、渡辺の腰を揺らした。
💙「阿部……ちゃん…?」
眼球の、黒目の部分は固定されたように動かない。
渡辺の目は光を失っていた。
ただ耳に届く、懐かしく、聴き馴染みのある声だけが唯一の頼り。いや、肌に感じる温かい手の感触もその主が阿部であることを渡辺に伝えていた。微かに香る香水もまた同じ。
💚「うん……俺だよ……」
💙「うれ………しい……」
渡辺は暗闇の中で嬉し涙を零した。
孤独な闇の中で、阿部に愛されることだけが今の彼の生きている証。存在証明。
もはや世間的には用無しになってしまった自分の、唯一の奉仕の手段。阿部は優しく渡辺を抱くが、その繊細な愛し方が物足りなく感じるほどに、渡辺は生の実感を欲しがった。
💙「ねぇ、俺を独りに……しないで……?」
阿部は涙を流している。
突然の事故だった。不幸な事故。同乗していた車が正面追突された時、不運にも渡辺は視力を失った。阿部も大怪我をしたが、五体は満足なままだ。あの時、助手席にいた筈の渡辺の、咄嗟にハンドルを切った自己犠牲にも似た行動を、阿部はただ隣りで見ていることしかできなかった。
💚「俺はずっと此処にいるよ。翔太のそばに」
阿部は毎夜同じ言葉を繰り返す。
一生を誓った仲だ。渡辺に何があろうと、離れることはない。アイシテイル、なんて、つまらない言葉では表し切れない深い愛情が其処には変わることなく横たわっている。
💚「いい?」
阿部の声が渡辺の耳元で囁かれた。
渡辺は頬を赤く染め、こくり、と頷いた。
💙「いっぱい、頂戴?」
語尾を少し上げる時は、本当に欲しい時。渡辺の甘え方は、阿部の脳天を痺れさせた。
本当に、反則級に、愛おしい。
こんなに可愛い生き物を、阿部は他に知らない。寝転がったままの無防備な唇を舐め取ると、阿部は渡辺の服を脱がしていく。
とは言っても、身につけているのは、腰丈ほどある大きめのシャツだけだから、渡辺の白く触り心地の良い肌はすぐに露わになった。
敏感な胸の先端が、ぷっくりと主張し、阿部の愛撫を待ち望んでいる。阿部は、その感触を楽しむように舌を転がした。
💙「あん……」
渡辺の甘い吐息が漏れる。阿部のねっとりとした舌の感触に、否応なしに下半身も反応し始めた。期待から、徐々にそこは鎌首をもたげていく。下着の上からも、形が見えるように、渡辺の性器が主張を始めた…。
💚「勃ってきた」
💙「ん……きもち…いい」
💚「俺のも…触る?」
💙「はぁ……ん……大きくなってる……」
💚「翔太の中に…入りたがってる……」
💙「ふふ……」
阿部の卑猥な言葉に、思わず、渡辺は笑みを漏らした。阿部から見て、渡辺は以前と何も変わらない。目が見えなくなってもなお、渡辺はよく笑う。自分の不幸に涙する時期は驚くほど短かった。阿部はその健気な渡辺の生きる強さに、感動すら覚えていた。無理しているんじゃないか、そう思うことがしばしばあったが、渡辺は首を振る。
阿部がいてくれたから、俺は自分を失わずにいられた。だから自分の強さは、阿部の存在の確かさから来ているんだと。
💙「阿部ちゃん……来て……」
渡辺の薄く、潤いを含んだ唇が、阿部を呼んだ。
阿部は渡辺の後孔を指で解していく。
1本、2本……指先が前立腺に触れるたびに、渡辺の腰が持ち上がる。前からは、先走りが流れ始めた。
💙「ねぇ……早く…挿れてほしい……」
💚「いくよ………」
渡辺は自分の指をしゃぶっている。唾液が、指先から漏れている。阿部は怒張を其処へあてがい、ゆっくりと渡辺の中へと侵入してきた。
💚「きつ………」
初めはいつも、阿部を拒むように、固く締まっている。何度も擦りつけるうちに、ゆっくりと開いていく中の感触。うねるように、阿部を求め始めた。
💚「はぁ……はいっ…た…」
💙「ああ…っ……ふっ……」
阿部は律動を始める。渡辺の声に導かれ、渡辺が気持ちよくなるように、自身も蕩けていくように。2人は繋がり、貪るように腰を動かしていく。
💙「いい……ああ……」
💚「翔太、翔太、翔太」
乾いた皮膚のぶつかる音が、室内に響き渡る。2人は今、1つになっている。その感動が、渡辺を包み込む。独りじゃない。阿部がいる。だから……。
💙「好き……」
阿部は悦びに打ち震えながら、やがて絶頂を迎えた。渡辺はというと、ひと足先に、ぐったりとしている。飛び散った、精が、阿部の腹を濡らしていた。
裸のまま抱き合う。
温かい感触。失われた視覚分、渡辺は阿部をより濃く感じる。
熱くなった身体が、心地良い。2人は地上でまるで2人きりであるかのような錯覚に陥る。独りじゃなければ、其処にはもう何も要らなかった。
💙「また、会える?」
💚「もちろん。此処が、俺の居場所だよ」
最後は離れがたくなるほどの濃厚な口付けと、固い抱擁を交わし、阿部は朝を迎えるとともに仕事へと向かった。昼夜関係のない渡辺は暗闇に取り残される。
その刹那だけ、渡辺は泣く。
しかしすぐにまた気を取り直して、阿部を待つ間は渡辺はその時間を阿部の顔を思い出すことにあてた。
怖いのは、徐々に薄れていく記憶。それでも阿部は必ず渡辺の元へと帰って来る。いつかその姿を思い出せなくなっても、熱が、感触が、匂いが、供にある。だから、寂しくない。
渡辺はゆっくりと目を閉じた。
おわり。
コメント
7件
不憫な推し…と言いかけたけどこれはこれでひとつの幸せの形なんだろうか。うん。
切ないーーー😭😭