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「アルベド、起きて。アルベド!」
扉の向こうは最初にはいったときと同じように、水で溢れていて、私達は皇宮の廊下に打ち上げられた。
だが、一緒に打ち上げられたはずのアルベドは一向に目を覚まさず、私は彼の身体を揺すり声をかける。しかし、彼は死んだように動かなかった。
(ど、どうしよう……)
慌てて、呼吸と心臓の音を確認し、かすかにだが動いていることに私は安堵した。だが、このまま目を覚まさなかったらどうしようとも思った。
魔力が枯渇したら動けなくなるということは知っていたし、何より先ほどから彼に無理ばかりさせていたからだ。私があまりにも頼りないばかりに。
「死なないよね……」
不謹慎だし、そんなこと考えちゃイケないって思っているけれど、不安になってしまった。
これが、クエストで攻略キャラ一人を連れて行けるものだったから選んだけれど、選んだ攻略キャラが死んでしまったら……とも考えてしまった。多分、そんなことあり得ないと分かっていても、思ってしまうわけで。
私はその場にしゃがみ込んで彼の頬に手を当てた。
冷たい彼の頬を触って、もっと自分に力があればと思った。
彼にばかり無理をさせて、私はアルベドの「魔力を温存しろ」っていう言葉に甘えて。私は聖女で、他の人よりも魔力があるからよっぽどでなければ魔力が枯渇することがないのに。
彼は今後のことを考えて、私が魔力が残っていた方が良いと思ったのだろう。
(でも、だからって無理しすぎ……)
彼はちょっと頑固で、性格だって良いとは言えないけれど、凄く頼りになるし、その頼りになるって言う彼に私は甘えていたのかも知れない。
もし、彼を連れ回して公爵家の長男を死なせてしまったら?
もしも。なんて仮定の話ばかりが頭を支配してどうにかなりそうだった。もしもの話なんてするだけ無駄だって言うのに。
「アルベド、死なないで」
そう、祈ることしかできなかった。
死なないと思っている。でも、こんなに冷たくなって、動かなくて、どうしようって焦ってしまうのだ。
だが、ずっとこのままここにいることはできない。何のためにここに来たのか当初の目的を忘れてしまいそうになっている。でも、アルベドを置いてこの先をすすめる勇気も力も何もない。だったら、彼が起きるまで待っておくべきか。
いいや、二人ともここで倒れてしまったらリースを助けることが出来ないのでは無いかと。
「……ごめんなさい」
と、私が彼への謝罪を口にしたとき、突然腕を掴まれた。
バランスを崩し、私はアルベドの胸に顔をぶつける。そして、ぎゅっと抱きしめられた。
私は一瞬何が起こったか分からなかったが、彼が私を引き寄せたのだと気付く。
すると、彼は私の耳元で小さく呟いた。
それは、とても小さな声で、私の耳に届くか届かないかというぐらいの声量で。
「好きだ」
「へ?」
彼は確かに言った。そうして、ギュッと強く抱きしめられて、私はどうすれば良いかとじたばたとしていると、今度はドスのきいた声で「重てえ」と言われてしまった。
「あ、あああ、あ、アルベド!」
「ッチ……うるせえ。起きてんだよ」
と、先ほどまで虫の息だったくせに機嫌悪そうに彼は言い放つ。
私は彼の胸から離れて、顔を真っ赤にしながら彼を見つめると、彼は私を見下ろしながらニヤリと笑った。
「何だ、俺が死んだと思ったのか?」
「い、いやあ……」
「その方が都合が良かったか?」
「な、なわけ、なわけないでしょ! ていうか、そんな自分でそんなこと言って……私は、私は……心配したのに」
そう私が言えば、フッと彼は笑って私の頭を撫でた。
彼が起きたことにさらに安堵感を覚え、私はふっと涙が溢れてきそうになった。だって、もしおきなかったらって心配になりすぎて。
「意識はあったぞ?」
「だから何…………」
「お前は、心配しすぎなんだよ」
「はあ!?」
私はアルベドの言葉にムカッとして声を上げると、彼は私の肩を掴みグイッと自分の方へと寄せた。私はそのまま彼の腕の中に収まり、抱き締められる。
彼の体温を感じて、私は一気に恥ずかしくなり彼の身体を押し返そうとするが、彼は私を離そうとはしなかった。
それどころかさらに強い力で私を抱き寄せる。彼の心臓の音が聞こえてきて、私はそれに酷く安心してしまった。
(私、今、凄く安心してる……)
もっと、彼にあれこれ言ってやりたかったけれどそんな気は全て失せてしまった。
今は、彼が起きたことを喜ぶだけにしておこう。
「って、ていうか、アンタさっき好きって言わなかった!?」
「はあ? 俺が、いつ?」
「わ、わわ、私を抱きしめたとき」
と、先ほど彼の口から発せられた言葉を思い出し、思わず私は叫んでしまった。
私がそう言うと、彼は少し考える素振りを見せてから、いついった? とでも言うような顔を私に向けてきた。
(ね、寝言だったとか?)
そう私は結論づけようとしたが、それにしてもはっきり聞えすぎた「好き」という言葉に動揺を隠せないでいる。誰に対して好きと言ったのか。私ではないことは確かである。
だったら、トワイライトだろうか? だが、アルベドとはあまり仲がよくなかった気がする。まあ、それはトワイライトの話だが、ああいう子がアルベドの好みなのかも知れないとも思った。私とはよく喧嘩というか、私のこと子供だって扱ってくるし。
そんな風にちらりとアルベドを見たが、アルベドはその言葉を本当に覚えていないらしく、首を傾げている。
「いったもん」
「俺が、誰に?」
「私に」
「ありえねえな」
「………………だと思う」
「言われたいのか?」
と、アルベドがニヤニヤしながら言うので、私は首を横に全力で振った。
言われたいとか、それは言わせたになるのではないかと思ったからだ。というか、アルベドに言われてもちっとも嬉しくない。
「……でも、じゃあさっきのは何だったのよ」
「ああ? お前、まだ分かってないのかよ」
「なにが」
「俺は、お前のことが好きじゃない」
「知ってますけど」
そう私が返せば、何故か彼は口をとがらかしてしまった。
(自分で好きじゃないっていったくせに、私が分かってるっていってその態度ってどういうことよ)
少し腹が立ちつつも、彼は言ったことを認めたくないようでこのまま言い合っていても仕方ないと、私が大人になることにした。
「まあ、いいや。別に関係無いし」
「関係無いってお前なあ……」
「だって、アルベドは言ってないんでしょ?」
「お、おう……」
アルベドは私の返しに戸惑っている様子で返事をする。どうしたのだろうと思いつつ私は彼に微笑んだ。
すると、彼は私を見てから、目を逸らす。
そして、何かを考えているようだった。
一体何を考えているのだろうと不思議に思えば、彼は口を開いた。
「いや、俺はさっき――――」
『エトワール様、レイ卿聞えますか?』
と、アルベドの言葉を遮るように、ブライトの声がどこからともなく聞えてきた。私は、周りを見渡したが、勿論彼の姿はなく、彼に渡されたイヤリングから聞えてきたのだと私は気付く。
私が慌てて耳飾りに触れると、すぐに彼の声がした。
彼は私に話しかけてくる。
私は、その言葉にホッとしつつ、彼の言葉を聞くために耳に手を添えた。
「うん、聞えてるよ。ブライト」
『それは良かったです。先ほどから、何回か呼びかけていたのですが……通信が悪いようで』
そうブライトはいって、私達に今の状況は如何なのかと聞いてきた。
私は、事細かく説明し、今また皇宮の廊下に戻ってきたことを説明する。ブライトも薄々分かっていたようで、皇宮の地形が混沌の力によってねじ曲げられているのだと。だから、扉を使って何処か分からないが皇宮の部屋、若しくは庭園などの場所の何処かに飛ばされるのだとか。
「でも、リースに……殿下に着実に近付いているような気がして……もう少しだと思う」
『そうですか。レイ卿は大丈夫ですか?』
「ハッ……お前に心配されるほど落ちぶれてねえよ」
「ちょっと、アルベド」
起き上がった途端これだ。と私は呆れつつ、ブライトの話しに耳を傾けていた。
彼から何か情報が得られるかも知れないと思ったからだ。
『エトワール様の言ったとおり、僕の予想では扉をくぐるごとに殿下に近付いていると思われます。ですが、それは言い方を変えれば、おびき寄せられているといいますか……わざと奥へ奥へと進まされているような気さえします』
「た、確かに……でも、リースに会わなきゃいけないのは事実だし」
『それはそうです。ですが、退路というのも確保しておくべきだと思います』
「退路って」
もうここまで来てしまって、と言うかそもそもに後戻りできない位置まで来ていると思ったのだ。後ろに行けばまた何かに襲われかねないし、前に進むしかない。後ろも前も闇ばかりだが。
ブライトだって分かっているけれど、それでも脱出できるようにって心配してくれているんだと思う。自分はこの場にいられないけれど、何か手助けできることがあればと彼なりに思っているのだろう。
私はそう思いブライトに感謝の言葉を述べた。
「大丈夫。必ず戻ってくるから」
『はい……エトワール様。それで、その体調は大丈夫ですか?』
「私? うん、怖いって思うだけだけど……あ、でもアルベドが……」
と、言いかけた時アルベドが私の口を塞いだ。
「ふぐふぐ!(何すんのよ)」
「俺も大丈夫だ。ブリリアント卿。だが、このままこの空間に居続ければどっちもダメになるだろうな」
『……やはりそうですか。可能であれば、リース殿下を救出してすぐに戻ってきて下さい。勿論、生きて帰ってきて下さいね』
「お前に言われなくったって」
そう言って、アルベドはイヤリングを捨てた。それと同時に、私の口から手を離し私のイヤリングも奪ってしまった。
「ぷっはぁ……死ぬかと思った」
「悪かったな」
「本当よ。ていうか、返してよそれ」
「もう、いらねえだろ」
「連絡とるのに必要なのよ」
「どうせ情報は得られない」
そう言って彼は私に背を向ける。彼の言っていることは正しかった。
先ほどのブライトとの会話で、私達はリースに近付いているということが分かった。しかし、それ以上は何も分かっていない。だが、イヤリングを捨てるのはどうかと思う。
私はかえしてといったが、彼は返す気はないらしく、黄金の目を細めて私を見た。
「アンタ……体調大丈夫じゃないでしょ」
「俺は、平気だ」
「だって、さっき……」
「あれは……ッチ、大丈夫だ」
「舌打ちして、絶対大丈夫なんかじゃない」
と、私が言えば彼はため息をつく。そして、頭をガシガシと掻きながら、私に近付いてきた。
彼は、私に目線を合わせるように腰を折る。私はそんな彼の行動に驚いていると、彼は口を開いた。
「俺は、大丈夫だ。お前の望通り、死なねえよ」
「………」
「信じてるんだろ? 俺の事」
「そ、だけど」
「なら、大丈夫だ」
そうアルベドは片付けて、背を向ける。
大丈夫じゃないくせに強がって、と私は言いたかったが、グッと言葉を飲み込んだ。彼のプライドを刺激するわけにもいかないし、彼が私を心配してくれているって分かっているからこそ言えなかった。私達はそうやって、言葉を交すことなく廊下を進んでいく。
そうして、少し歩くと、あの会場に繋がる扉が見えてきた。
「……ここ、じゃない?」
「だろうな」
と、言う事はこの先に……と私が考えていると、後ろから何かの呻き声が聞えた。
「な、何!?」
「エトワール、先にいけ」
「へ、へえ!?」
アルベドがナイフを抜いて腰を低くして構えると、私の耳に入ってくるうめき越えは大きくなっていった。憎悪に満ちたような引く声が聞える。
後ろの闇に何かいると言うことは分かったが、まだ暗くてその実体は見えなかった。
「ぐずぐずすんな、先にいけ!」
「先にって、アルベドは……」
「どうせ、その扉一人しか通れないだろ」
「な、なんで……そんなのわかんないじゃん」
「勘だ!」
何て、訳の分からないことを言うアルベド。
でも、確かに扉に触れた時自分が招かれているような気がした。だから、きっとこれは間違いではない。
でも、こんなところで一人で置いていくなんて……
アルベドだって、危険かもしれないのに。
私はそう思って彼を見つめるが、彼は気にせず私に行けと急かす。あの後ろにいる怪物は何なのか。本当にアルベド一人で大丈夫なのか。彼の体力は、魔力は既に……と、アルベドを見るが、彼は私を見ようとはしなかった。
「ある……」
「もし、お前が帰ってきたら。星流祭での約束ちゃんと果たさせてもらうからな」
「え、え……」
「この夜が明けたら、俺はお前にキスをする」
と、彼は言った。
その瞬間、私は全身が熱くなるのを感じた。あの時のこと、まだいっているんだと思うと同時に、私の胸はギュッと締め付けられた。
突然の事で頭が回らないが、この男は今とんでもない事を言っているのだ。
だが、この状況、どう考えても死亡フラグでしかない。まさかとは思うが、死んだりしないだろうか……
「何それ、すっっごい死亡フラグ」
「だから、先にいけ」
「……う」
私はそう言われても、中々足を動かすことが出来なかった。ここで、彼に全てを任せてしまうのか。
それとも――――
(いいや、いくしかない)
「絶対に死なないでよね!」
「ああ」
私は、アルベドに再度、死なないで。といって扉を勢いよくあけ、目を閉じその扉の奥へと駆けだした。