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あいたぴ♡苺もち
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第289話 逆向きの橋
【現実世界・オルタリンクタワー/臨時分析室・翌朝】
ハレルたち三人が現実世界へ戻ってから、一晩が過ぎた。
サキにもリオにも大きな異常はなく、ハレル自身も簡単な検査を終えている。
胸元の主鍵も、帰還前と変わらず淡い反応を保っていた。
ただ一つ。
大きく変わったものがある。
鍵の配置だ。
ノノから送られてきた画面には、二つの世界が並んで表示されていた。
《現実世界》
《主鍵・雲賀ハレル》
そして、その向こう。
《異世界・王都イルダ》
《副鍵・アデル》
二つの光点を結ぶように、細い白線が伸びている。
ハレルは画面を見ながら聞いた。
「昨日から、ずっと反応してるの?」
異世界側の分析室にいるノノが答える。
『うん。帰還路そのものは閉じてるけど、主鍵とアデルの副鍵が互いの位置を拾ってる』
「離れてても?」
『世界が違っても』
隣にいたリオが右腕を上げた。
「俺の方は?」
『今は使ってないよ』
「全然?」
『全然』
リオは少し意外そうに自分の腕輪を見る。
ノノが続けた。
『前は主鍵も二つの副鍵も異世界側にあったから、現実側へ道を伸ばすために三つとも使ってた。でも今は違う』
主鍵。
現実世界。
正常な副鍵。
異世界。
二つの世界に、最初から固定点が一つずつある。
『だから現実側から異世界へ人を帰すなら、リオの副鍵を無理に使わなくてもいい』
リオの表情が少し緩んだ。
「それなら助かる」
ハレルも頷いた。
匠が戻らなければ、リオの副鍵は完全には直らない。
なら、直るまで使わない方法を作ればいい。
その時
部屋の扉が開いた。
城ヶ峰が入ってくる。
「話の途中すまない」
ハレルが振り向く。
「何かあった?」
「会いたいと言っている人がいる」
「誰?」
城ヶ峰が答えた。
「山岡隆司さんだ」
リオが顔を上げる。
現実世界で七年間。
山岡隆司として生きてきた男。
本当の名は
レグナ・フォルス。
◆ ◆ ◆
【現実世界・保護施設/面談室】
レグナは、窓際の椅子に座っていた。
机の上には、一枚の写真が置かれている。
異世界から送られてきたものだった。
王都イルダ南地区。
石造りの通り。
七年前とは建物の色も看板も少し変わっている。
だが、写真の中央。
古い木造の店だけは。
レグナが長い間見つめ続けていた。
「ここ?」
ハレルが聞く。
レグナは頷く。
「私の店でした」
家具職人。
レグナ・フォルス。
転移する前
ここで椅子や棚を作って暮らしていた。
現在、その工房は別の職人が使っている。
だが建物自体は残っていた。
そして、入口の柱には
レグナ自身が彫った小さな鳥の模様も残っている。
「昨日、アデルたちに確認してもらいました」
レグナが言った。
「私がいなくなったあと、工房はしばらく閉まっていたそうです。そのあと別の職人が引き継いだ」
「知ってる人は?」
「何人か残っているそうです」
声は落ち着いている。
以前のような迷いだけではない。
何かを決めた人間の声だった。
ハレルは向かいへ座る。
「帰ることにした?」
レグナは、すぐには答えなかった。
写真の横にはもう一枚。
こちらは現実世界。
保護施設の職員たちと撮った写真だった。
「七年前なら」
レグナが言う。
「何も考えずに帰ったと思います」
以前にも聞いた言葉だった。
「でも七年、ここにいた」
「うん」
「最初は言葉も分かりませんでした。
金もない。名前を聞かれても、うまく説明できない。私がイルダから来たと言っても、誰も信じなかった」
レグナは少し笑う。
「当たり前ですね」
ハレルは何も言わず聞いていた。
「山岡隆司という名前をもらって、仕事を教えてもらって、ここで暮らせるようになった。
世話になった人もいます」
「だから迷ってた?」
「はい」
レグナは二枚の写真を見る。
一方。
王都イルダ。
もう一方。
日本。
「どちらか一つが偽物なら簡単だったんです」
ハレルが顔を上げる。
「でも、どっちも本物だった」
レグナは頷いた。
「そうです」
レグナ・フォルスとして生きた時間。
山岡隆司として生きた七年間。
どちらかを消さなければ帰れないわけではない。
「それで」
ハレルが聞く。
「どうします?」
レグナはゆっくり息を吐いた。
「王都へ帰ります」
はっきりした答えだった。
「でも、一つお願いがあります」
「何?」
「山岡隆司だった七年間を、消さないでください」
ハレルは一瞬だけ黙った。
そして
「消しません」
レグナが見る。
「帰ったからって、この七年がなかったことにはならない」
ハレルは机の二枚の写真を見る。
「どっちも、あなたでいいと思う」
レグナの目が、少しだけ揺れた。
「……ありがとうございます」
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/臨時帰還受入室・午後】
帰還記録には、これまでと少し違う項目が追加された。
《本人名・レグナ・フォルス》
《現実世界使用名・山岡隆司》
《本人自己認識・双方を保持》
《現在位置・現実世界》
《出身・異世界/王都イルダ》
《本人意思・帰還》
《希望帰還先・王都イルダ》
ノノが画面を見ながら言う。
『これでいいと思う』
ハレルも頷く。
「うん」
名前を一つに戻す必要はない。
生きてきた時間まで削る必要もない。
レグナ自身が、二つとも自分だと言っている。
それなら、そのまま帰せばいい。
現実側の帰還陣中央へレグナが立つ。
その近くにハレル。
少し離れてリオとサキ。
リオの右腕には副鍵があるが、今回は使わない。
『リオの出力、ゼロのままでいくよ』
「分かってる」
『ハレル、主鍵お願い』
「うん」
ハレルが胸元へ手を添える。
以前とは立場が逆だった。
今度は自分が現実側から。
向こうへ道を伸ばす。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/帰還受入室】
異世界側では
アデルが帰還陣の中央近くへ立っていた。
左腕の副鍵。
正常。
ダミエが外周結界を調整し、イデールと治療班も待機している。
ヴェルニは壁際で腕を組んでいた。
「レグナ・フォルスって、南地区の家具屋だった奴だろ?」
アデルが見る。
「知っているのか?」
「名前だけ。七年前、突然消えたって話は聞いたことがある」
「本人だ」
「七年も向こうに?」
「ああ」
ヴェルニは少しだけ眉を寄せた。
「また面倒な話だな」
「この世界そのものが、もう十分面倒だ」
「それはそうだ」
ダミエが二人を見る。
「静かに」
「悪い」
ヴェルニが壁へ下がる。
ノノの声が両世界へ届いた。
『両側、最終確認するよ』
ハレルが答える。
「現実側、準備できてる」
アデルも返す。
「異世界側も問題ない」
『ダミエ?』
「固定済み」
その時、案内層の奥からセラの声が届いた。
『こちらも確認します』
セラは外側ではなく、二つの世界を結ぶ案内層の内部にいる。
高瀬たちの帰還から続けてきた役割。
途中層。
古い実験経路。
カシウス側からの割り込み。
それらがないかを、内側から確かめる。
サキのスマートフォンではreが白く光った。
細い線。
現実から王都へ。
『案内層、異常なし』
セラの声。
『現実側から王都まで、一本で繋がっています』
エリウスの案内層にも。
《安全》
と浮かんだ。
◆ ◆ ◆
ノノがレグナへ確認する。
『最後にもう一回だけ聞くね』
「はい」
『名前は?』
少しだけレグナが笑う。
「レグナ・フォルス」
一拍置いて。
「そして、この世界では山岡隆司と呼ばれていました」
『うん』
ノノも否定しない。
『今いる場所は?』
「現実世界」
『帰りたい場所は?』
「王都イルダ」
『自分で決めた?』
「はい」
『現実世界で過ごしたことを忘れたいから?』
レグナは首を振った。
「いいえ」
答えはすぐに出た。
「忘れないために、帰ります」
ハレルがレグナを見る。
レグナは続けた。
「こちらで生きた七年も持っていきます」
《最終意思確認・完了》
表示が確定した。
ノノが言う。
『じゃあ、始めるよ』
◆ ◆ ◆
ハレルの主鍵が光った。
淡い青白い光が床へ流れ、帰還陣の線を一つずつ満たしていく。
それまでと違うのは、向こう側からもほぼ同時に反応が返ってきたことだった。
アデルの副鍵。
異世界側。
二つの光が
世界の両端から
互いへ向かって伸びる。
『主鍵固定……副鍵固定……』
ノノの声。
『両側座標、同期開始』
ハレルの前で。
空間が揺らぐ。
向こう側。
王国警備局の白い石壁。
アデル。
ダミエ。
その姿が少しずつ重なっていく。
サキが小さく言った。
「前より早い」
リオも気づいていた。
「揺れも少ない」
『うん』
ノノが答える。
『両方の世界に最初から鍵があるから』
今まで片側から向こうへ橋を伸ばしていた。
だが今回は違う。
現実側から主鍵。
異世界側から副鍵。
二つの固定点が途中で出会う。
橋を片方だけで作る必要がない。
『同期、五十一……六十八……八十二……』
セラの声が重なる。
『中央接続、確認』
二つの光が境界の中心で繋がった。
その瞬間。
白い道が一気に安定した。
ノノが息を呑む。
『……これ』
ハレルが聞く。
「何?」
『今までで一番安定してる』
◆ ◆ ◆
境界の向こうにアデルの姿がはっきり見えた。
ハレルが声をかける。
「アデル、聞こえる?」
『聞こえる』
「そっちは?」
『問題ない。こちらも出口が完全に見えている』
レグナがその声を聞きながら王都側を見た。
七年前。
突然失った世界。
「……本当に」
声が掠れる。
「帰れるんですね」
ハレルは答えた。
「はい」
レグナは自分の手を見る。
現実世界で使っていた服。
腕時計。
財布。
この世界で生きた証拠。
すべて持ったまま。
「行ってきます」
誰に向けた言葉なのかハレルには分かった。
日本にいる七年間で出会った人たちへ。
「いってらっしゃい」
サキが言った。
レグナは振り返る。
サキが少し笑っていた。
「向こうに帰るんだから、“いってらっしゃい”でいいよね」
レグナも笑った。
「はい」
そして。
白い道へ足を踏み出した。
◆ ◆ ◆
『座標移行開始』
レグナの身体が光に包まれる。
現実側で輪郭が薄れ。
同時に
異世界側へ
人影が現れ始める。
四十。
五十五。
七十一。
いつもの帰還なら、この辺りから出口が揺れ始める。
だが今回はほとんど動かない。
ダミエが結界を見ながら言う。
「安定してる」
アデルも左腕を見る。
「副鍵の負荷も低い」
ノノが数値を追う。
『主鍵側も正常。リオの副鍵は使用なし』
リオが小さく笑う。
「やっと休ませられるな」
ハレルは主鍵へ意識を集中したまま答える。
「父さんが戻るまではね」
『八十六……九十三……』
レグナの足が異世界側の床へ触れる。
身体がさらに向こうへ移る。
セラが案内層を追う。
『残留なし。中央も正常です』
reの白線も最後まで一本のまま。
『九十八……九十九……』
レグナが境界の途中で一度だけ現実側を振り返った。
ハレルたちが見える。
レグナは小さく頭を下げた。
そして。
向こうへ進んだ。
『――百』
光が閉じる。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/帰還受入室】
レグナの身体が完全に現れた。
すぐには誰も近づかない。
ノノ。
ダミエ。
セラ。
それぞれが固定を確認する。
『身体反応、正常』
『意識反応、正常』
セラも続ける。
『現実側残留、途中層残留ともにありません』
ダミエが結界を解く。
「大丈夫」
レグナはゆっくり顔を上げた。
白い石壁。
魔術灯。
王都軍の制服。
窓から入ってくる乾いた風。
七年前には当たり前だったもの。
何も言えずその場に立ち尽くす。
アデルが声をかけた。
「レグナ・フォルス」
レグナがアデルを見る。
「王都へ帰還した。おかえり」
その一言で、レグナの目から涙が落ちた。
「……はい」
手で拭おうとする。
だが、止まらない。
「ただいま……帰りました」
窓の向こう。
遠くで。
王都の鐘が鳴っていた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/臨時分析室】
帰還記録が更新される。
《レグナ・フォルス》
《山岡隆司》
《現実世界→異世界》
《帰還完了》
ノノが新しい構成を保存する。
《双方向帰還・第二構成》
《現実側・主鍵》
《異世界側・副鍵》
《損傷副鍵・不使用》
《両側固定型》
ハレルは表示を見ながら言った。
「これなら、これから現実側で異世界の人が見つかっても帰せる」
『うん』
ノノが答える。
『本人が帰りたいならね』
「もちろん」
捜索はまだ続く。
これで世界中の転移者を全員見つけたわけではない。
今後、別の転移者が見つかる可能性もある。
その時にはもう帰る方法がないとは言わなくていい。
帰りたい場所を確かめ
本人が望むなら
二つの世界のどちら側からでも橋を架けられる。
ハレルが主鍵から手を離した。
その時、画面の端に
もう一つの記録が残っていることに気づく。
《雲賀匠》
《身体側固定点・維持》
《意識位置・補助層》
《本人選択・帰還》
《接続安定度・低》
ハレルの表情が変わった。
サキも画面を見る。
「お父さん……」
リオが黙って二人を見る。
ノノの声も少しだけ静かになる。
『今まで、匠さんを先に戻せなかった一番大きな理由』
ハレルが聞く。
「補助層?」
『うん。匠さんが戻ったら、あの補助経路が弱くなる可能性があった』
これまではそこへ頼っている人がいた。
帰還を待つ人。
境界に残る意識。
主鍵も
異世界側にあった。
だから匠を先に動かすことはできなかった。
しかし、今は違う。
高瀬。
悠真。
三浦。
長谷川。
全員が帰った。
リーネも。
レグナも。
自分の選んだ場所へ戻った。
判断を保留した者は安全な場所で保護されている。
そして主鍵は、現実世界にある。
ノノが言った。
『今なら』
ハレルが画面を見る。
『匠さんの補助経路が帰還後に弱くなっても、ほかの帰還者を巻き込まない』
サキがハレルの袖を掴んだ。
「お兄ちゃん」
「うん」
ハレルは胸元の主鍵へ手を置いた。
長かった。
本当に。
長かった。
父親を探し始めた時には
どこにいるのかさえ分からなかった。
今は
身体の場所がある。
意識の位置も分かっている。
本人も帰りたいと言っている。
そして帰すための橋もある。
残っているのは。
最後の一人。
ハレルは画面の名前を見つめた。
「今度は」
小さく息を吸う。
「父さんだ」
コメント
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うわああああレグナさん帰還おめでとうございます😭✨✨ 「どっちもあなたでいい」ってハレルが言ったところ、私も泣いちゃったよ…! 現実で七年間積み重ねた“山岡隆司”を消さないまま、二つの世界を背負って帰る選択、めっちゃエモい…💕 しかも今回の帰還方法、両側から鍵を使って橋を架けるから安定してて、匠さんへの道も開けてきた感じがすごく熱い! 次はいよいよお父さんだね…!心臓バクバクするよ😭🔥