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金曜、九時。会議室C。
今日は、佐伯さんの隣の席に、名前の札が置いてあった。『総務部 水瀬』。記録係の席は、別の人が座っている。
常務、専務、営業企画部の部長、経理の部長。課長は、私の後ろの壁際の椅子に座った。無言で。
座るとき、佐伯さんは私を見なかった。資料を揃えて、揃えたものをもう一度揃えていた。私は鞄を膝の上に置いた。内ポケットに、手帳。
佐伯さんの報告は、三十分だった。
修正版の資料の、数字のページ。「作成:総務部 水瀬ひより」の一行は、そのまま残っている。佐伯さんは、その一行を飛ばして読んだ。一括調達の進み具合。削減額の見込み。年間二千万円。
手伝ったと言え。言わなければ、契約の話を社長にする。
三日、考えた。
手伝った、と言えば、嘘になる。手伝っていない。渡したのだ。四月に作って、六月に、形にしてやるよ、と言われて。
私のものだ、と言えば、本当だ。でも、言えば佐伯さんは社長に行く。証拠はない。ないけれど、十二月十二日の前に、社長に「契約」という言葉を聞かせることになる。
嘘はつけない。言い切ることも、できない。
残ったのは、事実だけだった。
「以上です」
佐伯さんが、資料を閉じた。
「補足を」
常務が言った。私を見て。
私は、立った。
「この集計は、四月に私が作り、六月に佐伯主任に渡しました」
誰も、音を立てなかった。
「それだけです」
座った。
佐伯さんの手が、資料の上で、広げかけたまま止まっていた。
「協力してもらったんです」
佐伯さんが、言った。早かった。
「水瀬さんのメモを、僕が形にした。だから、作成者として名前を入れています。協力、という形で」
「で?」
常務が言った。
「で、何だ。渡した、形にした。それで何が変わる。数字は数字だ」
「……はい」
「終わりだ、次」
会は、続いた。
専務は、何も言わなかった。
一度も。私が立ったときも、座ったときも、佐伯さんが「協力」と言ったときも。資料を見たまま、青いペンを一度も動かさなかった。
私は、それを見ていた。見ていて、何も思わないことにした。人前では庇わない。それは、最初から知っている。
会議が終わって、全員が立った。
「兄さん、少し」
専務が、常務に言った。常務が「何だ」と言って、二人は会議室に残った。
私は廊下に出された。扉が閉まって、中の声は聞こえなかった。
課長が、私の隣に立った。何も言わずに。
五分ほどで、扉が開いた。常務が先に出てきて、私の前を通りすぎた。何も言わなかった。専務が、あとから出てきた。私を見なかった。
「水瀬さん」
課長が、言った。
「よく言ったね」
「……それだけ、ですけど」
「それだけで、十分だと思うよ」
課長は、ぬるいお茶を取りに戻った。
午後、二階の廊下で、営業の人が二人、話していた。
「渡したって、どういう意味だろう」
「協力でしょ。佐伯さんが言ってた」
「でも、四月に作って六月に渡したって、それ、元は水瀬さんのってことじゃない?」
「言い切ってないしなあ」
私が通ると、二人は話をやめて、お疲れさまです、と言った。
小森さんが、席で待っていた。
「聞いちゃったんですけど。チャットのほうで、半分くらいの人は、横取りだと思ってます」
「半分」
「あとの半分は、協力だって。佐伯さんの言い方のほうが、分かりやすいから」
分かりやすい。手伝った、は分かりやすい。渡した、は分かりにくい。それは、私も分かっていた。
でも、渡した、が本当だった。本当のことは、分かりやすくなくても、本当のままで置いておくしかない。
「ひよりさんは、どっちなんですか」
小森さんが、小さく聞いた。
「……渡した」
「それだけ、ですか」
「それだけ」
小森さんは、それ以上聞かなかった。
専務は、先に帰っていた。台所の段ボール箱の前に立って、箱の中身を分けていた。私が入っていくと、手を止めずに言った。
「言ったな」
「はい」
「渡した、と」
「はい」
「それだけ、と」
「……はい」
専務は、箱の蓋を閉めた。
「人前では、何も言われませんでした」
私は、言った。言うつもりはなかった。でも、言ってしまった。
専務は、こちらを向いた。
「人前では言わない。それは、変えない」
「はい」
「兄さんには、言った」
「何を」
「言わない」
短かった。それから、専務は椅子に座って、少しのあいだ、何も言わなかった。
「……悪いとは、思っている」
聞いたことのない言い方だった。私は、湯を沸かした。沸くまで、二人とも何も言わなかった。
茶を置くと、専務は飲んだ。一口で。
月曜の朝、七階に補充に行った帰りに、廊下で佐伯さんと会った。
人のいない所だった。佐伯さんは、立ち止まった。
「お前」
二人のときの声だった。
「手伝ったって、言わなかったな」
「嘘になるので」
「渡した、で済ませて。親父さんには、言わなかっただろうなと思ってるだろ」
「……」
「言わないよ。今は」
佐伯さんは、笑った。
「証拠がないからな。でも」
一歩、近づいた。
「お前、まだ手帳つけてるよな。全部書くんだろ、何でも」
コメント
1件
うわ、これすごく重かったですね……。佐伯さんの「協力してもらった」って言い分、一見穏便に見えて実は「お前の手柄じゃない」って無効化してるのが透けて見える。それに対してひよりさんが「渡した」とだけ言い切った場面、すごく好きです。「分かりやすくなくても本当のままで置いておくしかない」って一文が本当に沁みました。最後の佐伯さんの「手帳」――あれは明らかに脅しですよね。会議の静けさと、廊下の会話の温度差がまた生々しくて、胸がぎゅっと締め付けられました。続きが気になります。
#年の差
当麻月菜
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星キラリ

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#略奪
秘翠ミツキ
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美並ナナ
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