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ゆうき あきや
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友ゴリラ
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第207話:前代未聞の募集要項〜アイドル志望はお断り、求む野生児〜
北海道、帯広市。
築三十年のボロアパート、四畳半。
生配信を数時間後に控えた室内で、俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、PCモニターに映るテキストデータを血走った目で睨みつけていた。
画面に表示されているのは、我が社の冷徹秘書・結愛(ゆあ)が作成した、新VTuberチーム『やまむすめ』のオーディション募集要項のドラフト版である。
「……結愛。なんだこれは」
俺は、塩昆布の塩分でカサカサになった唇から、地を這うような声を絞り出した。
『なんだとは、失礼ですね。大手事務所の過去のオーディション要項のデータをジェミニ先生に分析させ、最もスタンダードで応募率が高くなるように最適化した文章ですが』
ディスコードの向こうで、結愛が不満げに答える。
俺は、その「最適化された文章」を忌々しげに読み上げた。
「『歌やゲームが得意な方』『明るく元気で、アイドルとして輝きたい方』『ファンとのコミュニケーションを大切にできる方』……バカかお前は!!」
俺の怒声が、夕暮れの四畳半に響き渡った。
「こんなお花畑みたいな条件で、俺たちが求める【即戦力】が来るわけないだろうが!!」
『……はぁ。では、ヒモ社長の言う即戦力とは何ですか?』
「いいか! 俺たちが作るのは、部屋の中でチヤホヤされるためのお遊戯会じゃない! 北海道の大自然という修羅場に放り込んで、泥まみれになりながら生き残るサバイバル企画だぞ!」
俺はキーボードを叩き、結愛の作ったドラフトをバックスペースキーで全消去した。
「今から俺が言う条件をそのまま打ち込め! 1文字でも間違えるなよ!」
『はいはい。どうぞ、限界社長様』
結愛の冷ややかなタイピング音が響く中、俺は立ち上がり、かつて自衛隊の需品科で泥水をすすった演習の記憶を呼び起こした。
「募集条件その一! 【虫が平気なこと】! いや、平気なだけじゃない。『手のひらサイズのクモやゲジゲジが顔に落ちてきても、悲鳴を上げずに素手で払い落とせる』レベルだ!」
『……ルシフェル様、初手からVTuberの募集要項として異常ですが』
「山を舐めるな! 夏の北海道の山奥なんて、アブや蚊、見たこともない謎のデカい虫の楽園だぞ! 配信中に虫が出たくらいで『キャー怖いー!』なんて泣き喚くような軟弱な奴は、山に入った瞬間にメンタルが崩壊する!」
俺は唾を飛ばしながら熱弁を振るう。
「条件その二! 【圧倒的な体力オバケであること】! 最低でも、十キロの荷物を背負って急勾配の山道を三時間歩き続けられる脚力が必要だ!」
『……社長ぉ、それ、もはやVTuberじゃなくてただのアスリートっすよぉ……』
通話を聞いていた海外スタッフのヨモが、ドン引きしたように気だるげな声を上げる。
「何がアスリートだ! 現場のカメラマン兼、ロケバス運転手兼、荷物持ちは、社長の俺が一人でやるんだぞ!? 俺が機材の重さと疲労で倒れた時に、俺を引きずって下山できるくらいの体力がないと、二人まとめて遭難して死ぬんだよ!!」
『……なるほど。社長の遭難リスクをヘッジするための、物理的な生存条件というわけですか。極めて論理的ですね』
ジェミニ先生の合成音声が、おかしな方向で納得してしまう。
「条件その三! 【汚れに対する圧倒的耐性】! 泥水に足を踏み入れても、服が破れても、三日間風呂に入れなくても、ケラケラ笑っていられる図太さだ!」
俺の脳裏には、数日間の野営訓練で泥まみれになった同期たちの顔が浮かんでいた。
「アウトドア配信で一番大事なのは、トラブルを楽しめる狂気だ! 綺麗なスタジオでマイクに向かって歌いたいだけのプリンセスなんて、うちには1ミリも必要ない!」
『……ルシフェル様。だんだん、募集しているのが女の子なのか特殊部隊の隊員なのか分からなくなってきました』
結愛のタイピング音が、少しだけ躊躇いを帯びる。
「最後だ! これが一番重要だぞ! 条件その四!!」
俺はモニターに顔を近づけ、最高にドス黒い声で言い放った。
「【ヒグマに遭遇しても、絶対に背中を見せて逃げないメンタル】だ!!」
『…………は?』
通話ルームが、完璧な静寂に包まれた。
「北海道の山だぞ? いつヒグマとコンニチハしてもおかしくない環境だ。もしクマが出た時に、パニックになって背中を見せて逃げ出せば、本能で追われて確実に食われる!」
俺は真剣そのものだった。
「いいか? クマが出たら、まずは冷静に後ずさりする。そして、カメラマンである俺の盾になりながら、クマスプレーを構えて威嚇する! その一連の動作を、一切の悲鳴を上げずに遂行できる、鋼の心臓を持った狂戦士(バーサーカー)が必要なんだよ!!」
『ルシフェルさん。それはタレントではなく、狩人(ハンター)の募集要項です』
ジェミニ先生が冷徹にツッコミを入れる。
『私のデータベースにある過去数万件のVTuberオーディション要項と照合しましたが、一致率は0.0001パーセント未満。完全な異常値です』
「異常で結構! レッドオーシャンを勝ち抜くには、これくらい尖りまくった狂気が必要なんだよ!」
俺は息を切りながら、完成した前代未聞の募集要項を眺めた。
【やまむすめ 第一期生オーディション 募集要項】
・虫を素手で掴んで投げ捨てられる方。
・10キロの荷物を背負って山を駆け上がれる体力オバケ。
・三日風呂に入らなくても泥まみれで笑える方。
・ヒグマに遭遇しても泣かずにクマスプレーを構えられる方。
※歌唱力、ゲームスキル、アイドル性は一切不問。
『……ふふっ。あははははっ!』
沈黙を破ったのは、結愛の腹を抱えるような笑い声だった。
『最高です。控えめに言って、頭がおかしい。こんなもの、自衛隊のレンジャー部隊のポスターにだって書いてありませんよ』
「笑いたければ笑え! だが、俺は本気だ。この条件をクリアできる野生の原石を見つけ出せば、絶対に『う○む○め』と肩を並べる最強のコンテンツが作れる!」
月給10万円から、毎月エウリアンの版画ローンをむしり取られる極貧生活。
塩昆布と玄米だけで生き延びる、屈辱のヒモ社長。
このどん底から這い上がるためには、普通の手段では駄目なのだ。
『わかりました。この狂気度100パーセントの募集要項で、特設サイトを公開します。今夜の生配信、リスナーがどんな反応をするか……秘書として、特等席で見物させてもらいますよ』
結愛の声には、明確な期待と面白がる響きが含まれていた。
「ああ、見てろ。俺の人生を賭けた大勝負、絶対にバズらせてやる!」
俺は三万円のゲーミングチェアに深く寄りかかり、暗い四畳半の天井を見上げた。
資本力ゼロ、社長の無給労働を前提とした、無謀すぎるアウトドア企画。
こんな狂った条件に、果たして応募してくる物好きはいるのだろうか。
不安と期待が入り混じる中、運命のオーディション発表配信が、いよいよ数時間後に迫っていた。
コメント
1件
うわぁ…第207話、めちゃくちゃ面白かったです😂 「ヒグマに遭遇しても背中を見せて逃げないメンタル」とか、もはやVTuberオーディションの域を完全に超えてる(笑)。でも雪さんの窮地を思うと、こんな尖った条件も納得しちゃうのがすごいところ。 結愛が「特殊部隊の隊員かと」ってツッコんだところ、めっちゃ分かる…。 泥まみれで笑える狂気と野生児募集、逆にどんな子が応募してくるか気になりすぎます🥀続き、楽しみにしてますね🤍