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高熱だ。

シャンの寝ている息遣いが少し苦しそうだ。

「シャン。ここで寝るな」

可哀想だけど、躊躇しながらも身体を揺すってみる。

しかし、目を覚ますような気配はない。


そして、シャンの左手の異常に気づく。

シャンの利き手でない左手の騎士服に血が酷く付着して、服が切れていることに。


まさか。

袖を捲ると、派手に切っていた。

どう見てもだいぶ深い。

よく顔にも出さずに耐えていたなと誉めたくなるぐらいの酷さだ。

しかもこれはさっきの戦場で怪我をしたというよりも、少し時間が経っている。


きっと、王派軍と沢で闘った昨夜だ。


「クソっ!」

気づいてやれなかった、守ってやれなかった自分への憤りが込み上げる。


恐らく、シャンは緊張で痛みがあまりなかったんだろう。それぐらい、眠るまでずっと緊張状態にあったんだろう。


「いまはお前が好きでない男が触れることを許せ。ちゃんとシャンが好きな男の元に連れて行ってやるから」

意識のないシャンに小声で謝り、横に抱き抱えて早歩きで急ぐ。


カツカツと急ぎ足で廊下を歩き、目的の客室の扉をノックする。

俺の名前を告げるとすぐに出てきてくれた。

クリス殿下だ。


「ラスティ、どうした…」

途中まで言いかけて、俺が抱えているシャンに気づく。


「シャンディ!」

俺は大きく頷く。


「クリス殿下、お疲れの時にすみません。シャンが高熱なんです。食堂の床で寝かせて置けなくて、ここに連れてきました。寝台を貸してやってもらえないですか?」

「もちろんだ。早く中へ」


クリス殿下が扉を大きく開けて招き入れてくれる。

砦の客室の寝台は簡素な造りでフカフカではない。

そこにそっとシャンを下ろす。

まだ寝ておられなかったのか、シーツは綺麗なままだった。


「クリス殿下、少しの間、シャンを見てもらっていて良いですか?怪我の手当ての道具と薬をもらってきます」

「シャンディは怪我をしているのか?」

「ええ、左手の腕を深く切っています」

クリス殿下がシャンの左の袖を捲ってそっと怪我を確認する。

その表情が曇る。


「これは酷いな。熱の原因はこれか。ラスティ、頼む」

「承知しました」


俺は足音を立てないようにそっと部屋を出た。



シャンディが酷い怪我をしている。

もう少し気づくのが遅かったら、命の心配もあった。

俺はなぜ、シャンディのそばにいてやらなかった。

何を優先した?

どうして、気づいてやれなかったんだ。


情けなくて、自分が嫌になる。


ラスティが高熱のシャンディを抱えてきた。

こんな時なのに俺はラスティに嫉妬をしてしまう。


シャンディに触れている。

シャンディの高熱に気づいた。

シャンディのそばにいるのが俺でなくラスティ。


今日の戦場でようやくシャンディと再会を果たした時も、二言目がラスティは?だった。

彼が無事だと聞いて、うれしそうにする姿を見て、思わず俺だけを見てほしいと言いそうだった。

シャンディは仲間を心配して聞いただけなのに。


まさか、シャンディはラスティに特別な感情があるのだろうか。

よく思い出せば、いつもシャンディのそばにいるのはラスティだ。

再会した時も、小麦畑でも、戦でも。


気付きたくないことに気づいてしまった。

両手の拳の手のひらに爪が食い込むぐらい、強くぎゅっと握る。


嫉妬で叫びそうだ。


俺はこれほどまでに心の狭い男だったのか。

今更ながらに己の器の小ささを実感する。


シャンディが顔を赤くして、額にうっすら汗をかいて苦しそうだ。

汗を拭ってやろうと、そっと額に触れた。

「…シャンディ」


シャンディの短くなった髪の毛をひと掬いする。

砦の戦場で再会を果たした時も、短くなった髪の毛があまりに痛々しくて、堪らずシャンディの髪の毛に触れた。

泣きそうな表情を浮かべるシャンディを抱きしめて、もう心配はなくなったと言ってやりたかった。

シャンディへの想いが次々と溢れ出てくる。

己の感情を制することができるうちに、シャンディにそっと布団を掛けて寝台から離れた。

辺境伯令嬢、殿下とお互いの婚約者の愛を掴もうと奮闘しましたが、どうやら拗らせたようです

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