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第169話:鉄面皮の先制攻撃〜公式『ルームツアー』配信〜
毒親父が突きつけてきた運命のタイムリミットまで、あと残り三十分。
帯広の四畳半アパートで、俺——秋谷雪(あきやゆき)は胃を痛めながら冷や汗を流していた。
「結愛……本当に大丈夫なのか……? こんなことしたら、それこそ大炎上して一発で終わりになるんじゃ……」
俺の目の前には、普段の配信では使わないWebカメラと、スマートフォンが三脚にセットされていた。
画面の向こうでは、結愛が淡々と配信環境の最終チェックを行っている。
『雪様、ご安心ください。ゲーム理論における「情報の不完全性」を利用した、完璧かつ不可逆な防衛戦術です』
「ゲーム理論とか難しいことはいいから! 具体的に何をする気なんだよ!?」
『相手の脅迫が成立する唯一の条件。それは「あなたがその情報を隠したがっている」という点にあります。暴露系配信者が価値を持つのは、隠された裏の顔を暴くからこそです』
結愛の声には、一切の迷いがなかった。
『ならば、脅迫される前に、我々の公式チャンネルからすべてを白日の下に晒してしまえば良いのです。公式が自ら公開した情報には、もはや「暴露」としての価値はゼロ。第三者が後から何を騒ごうと、ただの「既出情報の焼き増し」に成り下がります』
「いや、理論は分かる! 分かるけど……俺のこの惨めな四畳半と、玄米生活と、40歳のおっさんだっていうリアルを全世界に公開するんだぞ!?」
『何か問題でも? 隠すから弱みになるのです。堂々と胸を張って開示すれば、それは「個性」であり「ブランディング」に昇華します』
結愛はキーボードを叩き、配信ソフトウェアの「配信開始」ボタンにカーソルを合わせた。
『言ったはずです。脅迫者に対する最高の防衛策は、鉄面皮の先制攻撃であると。腹をくくってください、雪様』
「待っ——」
俺が制止する間もなく、ピコンと心地よい通知音が部屋に響き渡った。
配信が開始されたチャンネルは、俺の会社のアカウント……ではなく、愛猫ヨモの日常を投稿している『ヨモチャンネル』だった。
【緊急ゲリラ配信】『【公式ルームツアー】年商億超えVTuber事務所社長のリアルな部屋、全部見せます【玄米食】』
配信通知が飛んだ瞬間、同時接続数万人の視聴者が一気に雪崩れ込んできた。
チャット欄は開始数秒で怒涛の勢いで流れていく。
『え!? ヨモチャンネルで緊急配信!?』
『タイトルマ!? 社長の部屋公開!?』
『ついに社長のタワマン大公開か!?』
『海外のスパチャ還元ルームツアーきたああああ!』
高まるリスナーたちの期待。タワマン、高級家具、洗練されたオフィス……そんな妄想を抱いて画面を見つめる世界中の視聴者たち。
だが、カメラが捉えたのは——。
画面中央にドカンと映し出された、木目の剥げかけたどんぶりと、そこに盛られたツヤのない褐色のごま塩玄米。
増改築もされていない、薄暗い和室のジュラク壁。
そして、その奥に座る、くたびれたスウェット姿の40歳のおっさん——俺、秋谷雪の姿だった。
チャット欄がピタッと止まった。
『……え?』
『誰このおっさん???』
『部屋狭くね????』
『背景が畳なんだが???』
静まり返るチャット欄に対し、結愛のクリアなアナウンス音声が粛々と流れる。
『皆様、こんにちは。本日は当事務所代表取締役社長・秋谷雪の、リアルな執務環境および生活風景をお届けする【公式ルームツアー】へようこそ』
結愛はカメラの広角レンズを切り替え、四畳半の全貌を容赦なく映し出した。
『まずこちらが、社長のベッド兼寝具である万年床です。湿気対策のため、毎朝畳んで壁に立てかけております。続いてこちらが、メインの執務机。中古で三千円で購入したゲーミングチェアは、右に三十度傾く仕様となっております』
「結愛! 傾く仕様とか余計な補足すんな!」
俺の悲痛なツッコミがマイクに拾われ、部屋の中に響く。
『そして、本日の社長の昼食はこちら。食物繊維豊富な玄米ご飯(ごま塩かけ)と、特製麦茶でございます。社長はミニマリストであり、過度な贅沢を排したストイックな経営を行っております』
カメラがすっと足元へ移動すると、そこにはキャットタワーの代わりに段ボール箱でくつろぐヨモが映し出された。
『なお、こちらの愛猫ヨモ様の餌代および医療費は、全経費の中で最優先で確保されておりますのでご安心ください』
あまりにもリアルで、あまりにも生々しい、帯広のボロアパートの四畳半。
数秒の呆然とした沈黙の後、配信のチャット欄は見たこともないような怒涛の勢いで流れ始めた。
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레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
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コメント
1件
うわあ、面白かった……! 「隠すから弱みになる」って結愛の理論、めちゃくちゃ納得しちゃいました。脅迫される前に自ら晒してしまう逆転の発想、痛快でしたね。それにしても、タワマン妄想してたリスナーたちが目にしたのは剥げたどんぶりの玄米と万年床……そのギャップにニヤニヤしちゃいました。結愛の冷静なナレーションと雪さんのパニックの対比が絶妙で、笑いながらも「これ、現実でも通用する戦略だな」って感心しちゃった回でした。