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第一章 霧の向こうへ
11月の東京は、妙に空気が澄んでいた。
朝のベランダから見える霞が関のビル群は、まるで何事もないかのように静かに佇んでいた。
だが、私の心の中は、風もなく波立っていた。
> 「森谷さんのままじゃ、もうもたんよ。支持率は9%、誰ももうついていかん。」
そう言ったのは、昨夜の山中だった。拓さんは昔から、肝が据わっている。
だが私は――いや、私はいつも決断を先送りしてきた。
平地会を背負い、父の名を背負い、そしてこの国の未来を預かる覚悟は――本当に私にあるのか?
テレビをつける。NHKが淡々と国会日程を読み上げていた。
今日は、不信任案が出る。
いよいよだ。
私はネクタイを締める手を止め、机の引き出しから一枚の手紙を取り出した。
父の遺筆。
戦中、官僚として国を支え、そして戦後の混乱期に苦しんだ父が遺した言葉。
> 「政治は、国民のためにある。派閥のためではない。」
私は目を閉じ、ゆっくりと息を吸った。
議事堂に入ると、空気が明らかに違っていた。
誰もが口を開かず、ただ私の背中に視線を突き刺していた。
私が裏切るかもしれないと、皆が知っている。
だが、それでも私は立たねばならない。
この国の政治が、空洞の中で腐り落ちていくのを、もう見ていられなかった。
そして、名前が呼ばれた。
> 「加山紘一君。」