折西は目を覚ます。
四方コンクリートに囲まれた部屋を見て
夢では無いことを再確認した。
時計を見る限り朝の7時らしい。
「なんだか、時間感覚が
分からなくなりますね…」
窓から差し込む赤い光は時間なんて
到底教えてくれ無さそうだ。
ベッドから出てグッと背伸びをした。
少し眠気が冷めた折西はふと大事なことに
気がついた。
「もしかして…皆さんのデータ
貰い忘れてる…!?」
貰いに行かなきゃ、
けれどまた昴とご対面だけはしたくない。
「…職員さんに直接会って情報を
引き出すしか無さそうですね。」
折西は水場へ向かい、顔を洗う。
するとふと横目にインスタントの
味噌汁が目に入る。
特にメモがある訳でもなく誰が持ってきて
くれたのかは不明である。
「そういえばご飯食べないとですね…!」
ありがたく頂こうとインスタントの
蓋を取ろうとしたその時、勢いよく扉が開く。
「よぉ折西!!!!!!」
威勢のいい声の主、紅釈(ぐしゃ)が
にっこにこでドア前に立っていた。
紅釈はずけずけと洗い場まで上がり込み
折西の肩をバシバシと叩く。
「キャァ!?!?!?なんですか!?」
「おっと、悪ぃな!今日何も食ってねぇだろ?
影街案内がてら甘味処に行こうぜ!!!」
「甘味処って…まだ朝なんですが…」
「バーカ!甘味処はいつ行ってもいいだろ!
インスタントなんて健康に悪いもん
食ってねぇでほら、行くぞ!!!」
紅釈は折西の腕を半ば強引に掴んで外に出た。
2人は街中に入った。
街中と言えど光街の華やかな賑やかさは無く、
罵声や物が破損する音、悲鳴のような
声が聞こえる。
「ヒエ…」
「そんな怖がるなよ〜!
別に俺らには何も起こってないじゃんか!」
「怖がる怖がらないの基準そこなんですね…」
確かに影街に長居している紅釈にとって
これが日常なのだろう。
「…それにしてもお店多いですね。」
「街中だけでもホスト、キャバクラ、
風俗、肉屋、八百屋、魚屋、酒屋、服屋、
陶器屋カジノ、薬屋、病院、旅館…
なんかがあるな!」
紅釈は指折りしながら教えた。
「そんなにあるんですね…!
影街は小さい街だと聞いてたので意外です…」
「確かに小さい街だけど光街との交流は
原則禁止されてっからなぁ〜
ある程度のものはこっちで揃うぞ!」
「…?それなら業者さんは
どうやって仕入れて…」
「あ〜、考えたこと無かったな!
裏ルートで手に入れてんだろ!」
無邪気な赤子スマイルでとんでもないことを
言い始める紅釈に折西は開いた
口が塞がらなかった。
「あ、けど折西!…ここだけの話だけど
八百屋には行かない方がいいぞ。」
「!?それは危ない何かを売ってる
ってことです…!?」
「…いや、物じゃなくて者っつーか…
そこの店長…老若男女関わらず襲うからよ…」
「…えっ!?命の危険ってことです…!?」
「命っつーか…身の危険っつーか…
とりあえず近づかないことだな!」
言葉を曇らせる紅釈に疑問符を
思い浮かべながら折西は紅釈と街中を出た。
街中を出て一本道を通り、森の中に入り
しばらくすると古い建物が見つかる。
「ここだぜ!俺の好きな甘味処!」
「おお…!素敵なお店ですね…!」
古い建物ではあったが落ち着いた雰囲気で
影街の治安の悪さを一切感じさせない
佇まいであった。
カランカラン…
音を立てて店内に入るとおばあさんが
「あら、紅釈ちゃん!」
とニコニコしながらこちらにどうぞ、と
2人席に案内してくれた。
紅釈はテーブルに着くとメニュー表を
折西の前に広げる。
「今日は俺の奢りだから好きなもん頼みな!」
メニュー表には昔ながらのスイーツが沢山
載っていた。
折西は懐かしさからみたらし団子を注文し、
紅釈はあんみつを頼んだ。
「みたらし団子安くね?もっと高いやつ
選んで良かったのに…」
後輩に高いのを振る舞いたがっていたのか
少しムスッとしていた。
「すみません…昔おばあちゃんが
みたらし団子を作ってくれていたのを
思い出してつい…」
「へぇ〜!じいちゃんばあちゃんが
世話してくれてたってことか?」
「そうなんです…!父と母は僕が幼い頃に
亡くなったらしくて…おじいちゃんと
おばあちゃんが僕を育ててくれたんです。」
「…てことはじいちゃんばあちゃんは
今実家にいるってことか?」
「あっ、えっと。おばあちゃんはいますけど
おじいちゃんは数年前に亡くなって
今はいないです。」
「…悪ぃ、失礼な事聞いたな。」
紅釈はバツが悪そうに下を向く。
「いえいえ!大丈夫ですよ!」
折西は落ち込んだ紅釈をなだめる。
「ぐ、紅釈さんの御家族は…?」
暗い話も何だしと話題を紅釈に振った。
「…俺の親は…今どうなんだろうな?
連絡取れねぇからわからねぇ…」
「そ、そうなんですね…」
聞いちゃいけない質問だったかな?
と折西が考えていると紅釈はいきなり、
自身の左足に手をかけ、外す。
「!?」
折西は何が起こったのか理解出来ず
数秒固まった。
口をあんぐりと開けた折西に気が付き、
紅釈は慌てた様子で
「悪ぃ。俺、左だけ義足なんだよ!」
と伝えた。
もぎ取られた左足から黒い何かが蠢いている。
「『ペイ』!ちょっとこっちに
出てきてくれねぇか?」
そう言うともぎ取られた左足から
黒いクジラのような生きものが出てきた。
「アッ…エット…コ、コンニチハ?」
「く、鯨さん…?こ、こんにちは…」
お互いはてなマークを頭上に浮かべ、
双方何も理解しないまま挨拶だけが行われた。
「紹介するぜ!この子はペインファージ。
俺は『ペイ』って呼んでる。
家族みたいなもんだな!」
ペイは「ヨロシクネ!」と言いお辞儀をした。
「ファージってこんなに可愛い子
いるんですね…!」
「だろ!?お目目くりくりで可愛いよな!」
紅釈は膝上に座ってきたペイを撫でた。
「なんだか、契約関係に見えないですね…!」
「まあ契約はしてるしそれなりの
代償も渡しちゃいるけど
家族とか相棒に近いかもな!」
紅釈は戻っていいぞ!とペイに伝え、
ペイは義足の中へともぞもぞと移動した。
紅釈は何を代償にペイと契約しているのだろう?
気になりはしたがそれを聞く勇気は
折西に無かった。
他にも色々談笑しているとテーブルの上に
あんみつとみたらし団子がそっと置かれた。
「おっ、きたきた!俺ここのあんみつ
すげぇ好きなんだよ〜!!」
紅釈の顔がプレゼントを渡した子供のように
キラキラと輝いていた。
「あんみつも美味しそうですね…!」
「おっ、これ半分こするか?
折西の団子も半分こしようぜ!!!」
紅釈は鼻歌を歌いながらあんみつを
小皿に分ける。
3等分出来るわけないと思っていた
みたらし団子の1個を紅釈は無理やり半分にして
気合いで1個半にしていた。
「いただきます!」
2人の声が揃うとお互いあんみつを口にした。
「…!!美味しい!」
「だろ!?!?!?蜜江(みつえ)さんの
作るあんみつすげー自慢なんだよ!」
蜜江さん、ここの店主さんだろうか?
と思っていると先程のおばあさんがやってきた。
「あら、そんなこと言って〜!
嬉しいわぁ〜!」
「毎回ここのあんみつを目当てに
来るくらいには最高ですよ!」
失礼かもしれないが、折西は紅釈が
敬語をしっかり使えると思っていなかった。
「紅釈さんって…敬語使えるんですね…!
アッ!い、嫌味とかじゃなくて偉いなって!」
「バカ!!!俺がレディにタメ口
言うわけないだろ!!!!!!!!」
まったくもう、
と少し眉間に皺を寄せた紅釈の傍では
蜜江さんがほんのり頬を赤らめ
乙女の顔をしていた。
「す、すみません…み、みたらし団子も
食べましょう!!!凄く美味しそうです!」
紅釈さん、意外としっかりされてる方
なのかもしれないな…と思いながら
折西はみたらし団子を口にした。
口溶けの滑らかなみたらし団子は
ここ数日で疲れきった心を癒すには
十分すぎるくらい美味で、そして後から
ほんのり苦味が来たのだった…
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