コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「そうじゃないですよ、先輩はすごく美人になってますから。でも独特の雰囲気とか頬を撫でるときに小指だけ曲げる癖とか、あの頃のままでしたし」
「そんなこと、よく覚えてるのね……」
奥野君の記憶の良さに少し驚いていると、彼は年相応の笑みを浮かべて楽しそうに話を始める。こちらの都合などお構いなしに。
「そうですね、他にも覚えてますよ。雫先輩の好みのタイプも得意な教科も、そして苦手な食べ物も」
「ちょっと気持ち悪いわね、そこまで細かく憶えられてるなんて。もしかして私のことストーカーでもしてた?」
もちろん冗談、こんなことを気にするような性格ではないことは分かって言っている。奥野君は一瞬唖然とした後、テーブルに突っ伏して声を殺すように笑い出してしまった。
震える肩や背中が私の知ってた頃よりも広くなった気がする、こう言ってはなんだが妙に彼が男性だと意識させられる。少なくとも、こんなこと学生時代の奥野くんには感じたことはなかったのに。
「……そろそろ笑うのを止めたら? そういう大袈裟な反応は昔と変わらないのね」
奥野君は学生時代からよく笑い時には怒り、人の悲しみも自分のことのように涙を流すような男の子だった。そんなところが何となく放っておけなくて世話を焼いてしまっていた。
私にとって彼は、手のかかる弟のような存在だったのかもしれない。
「だって、普通そこはストーカーだった? と聞く前になにか思ったりするんじゃないですかね。例えば……学生の頃は俺が雫先輩に好意をもっていた、とかね」
「馬鹿馬鹿しい、奥野くんはあの頃ちゃんと彼女がいたでしょ。私だって本当にあなたがストーカーになるなんて思ってないわよ」
ふざけたことばかり言うところも変わらないらしい、昔からこうやって先輩である私のこともよくからかってきた。すぐに分かる嘘ばかりだしすぐに謝るから、結局みんな許してしまうのだけど。
奥野くんに彼女がいたのも本当だ、同い年の可愛い女子でいつも彼の傍から離れようとしなかったのを今でも覚えている。
「結局……アイツは幼馴染みだって、何度言っても誰も信じてくれなかったですよね」
「彼女が自分達は付き合ってると何度も話してくれたのよ。それにいつも一緒にいればそう思われても仕方ないんじゃない?」
確かに奥野くんから彼女が恋人だと紹介されたことはなかったが、みんなそうだと信じて疑わなかった。それなのに、奥野くんは私の言葉を聞いて方を落として見せる。
「周りがそう思い込んでるから、結局俺は学生時代まともに彼女も作れなかったんですけどね。そうしたアイツは大学でさっさと彼氏つくって、俺から離れていきましたけど」
「それは、また……」
意外な事実を聞かされ、少しだけ申し訳ない気持ちにもなる。
あの幼なじみの女子が何をしたかったのかは分からないが、奥野くんは振り回されて大変だっただろう。いつものほほんとして笑っていたから、全然気づかなかった。
「……それで、ちょっとくらいは気になるようになりました?」
「気になるって、何が?」
奥野くんの言葉の意味が分からず聞き返せば、彼はあからさまにガックリと肩を落としてみせる。何が気にくわないのか知らないが、言いたいことがあるのならばハッキリと言えばいいのに。
何かを察して欲しそうなのは何となく分かるが、昔から私はそういうのがあまり得意ではない。よく鈍感だとか鈍いと周りから怒られることも多かった。
「俺が雫先輩のいろんな事を詳しく覚えている理由、ほんの少し位は気になるようになりましたか?」
……ああ、そういうこと? その話題はもうすっかり頭の中から追い出してしまっていた。でも、改めてそう言われると少し気になるようになってしまうから不思議だ。
だけどそれを素直に認めたくないのは、今も彼が私にとって弟分のようなものだからなのかもしれない。
「どうかしらね? その薬指に光る指輪についての話の方が、私は聞きたい気がするわ」
「……あー、気付いちゃいました?」
「当然よ、奥野くんだって隠す気なかったでしょう?」
彼の左の薬指にはめられたプラチナのリングは、シンプルだったがすぐに結婚指輪と分かるデザインだった。思わせ振りな台詞を口にしながらも、奥野くんはずっとその指輪を私に見せつけていたのだから。
「先輩も結婚したんですね、相手は……やっぱり、あの時のアイツ?」