『青鬼に気をつけて』
それはこの国の親が子供によく言う言葉。「ご飯残したら青鬼が来るよ」だとか、「遅くまで起きてると青鬼に連れていかれるよ」だとか。
何かと『青鬼』を目にするのがこの国だ。普通おばけなどではないのか?とも思うが、この国出身ではない自分が言うことではないかもしれない。この国には黄色の瞳の人間は生まれづらく、自分以外にこの色を持っている人を見たことがなかった。
「てことなんだけど、この国青鬼がなんかあるんすか?ともさん」
「あぁ〜、ぺんちゃんはこの国の生まれじゃないもんねぇ、そりゃ知らないか」
赤く艶やかな髪をなびかせながら穏やかな笑みを浮かべるのは『あかがみん』のギルド長、ともさんだ。今でこそ優しいお兄さんだが、一昔前はこの国のナンバーワンハンターだったらしい。
「お母さん遊び行ってくるね〜!」
「日が落ちる前に帰って来ないと青鬼が出るからね。あと森に近づいちゃダメだよ!」
横を通った子供が母親に声をかける。母親が返した返事はやはり「青鬼」。そういえば、森のことも俺は知らないな。
「首都を抜けたちょっと先に森があるでしょ?そこに入った人達は行方不明になるらしいよ。それが青鬼のせいだ〜って言われてる」
「へぇー…ん?『らしい』?」
「ここ数年は森に近付く人ほんとにいないからねぇ…もう教訓としてしか聞かないよ」
しみじみと遠くを見つめるともさんはなんだか寂しそうだった。なぜだかわからないが、俺は俄然森に興味が出てきて、少しだけ行ってみようかななどと考える。だが俺だって命は惜しい。死に急ぎたくはないが、好奇心を俺が制御できるかと言われたら微妙なところだ。
「…行ってみたいの?」
「へっ!?いや…別に…そんなんじゃないすけど…ちょっとだけ興味はあるかな〜…?」
「んふふ、素直だねぇぺんちゃんは。相手がまともな大人だったら怒られるところだぞ〜?」
「…ともさんだったら?」
「……んー、」
行きたいなら行ってみれば?と言いたげに、ともさんの瞳孔は森を向く。それがまた俺の好奇心をくすぐり、足が走り出したそうにしていた。
「…1週間帰ってこなかったら死んだことにしといて!」
「あっはは!りょーかいっ、気をつけてね〜森は青鬼以外にも熊とか蛇とかいるから!」
「ありがとうございます!」
「……よろしくね。ぺいんと」
ともさんに手を振り、首都とその他を隔てる城門を抜ける。何か言われた気もしたが、なんだか聞く時は今ではない気がしたので振り返るのはやめた。
城門付近はまだ雑草や野花が所々生えている程度で、田舎の小道のような感じだ。ここを通ったのはこの国に来た時以来だな。俺が子供の頃、ともさんに手をひかれながら森から首都に……ん?森から?あれ、俺森の方から来たんだっけ?…幼い頃の記憶は朧気にしかない。両親に捨てられたこと、ともさんに拾われ育てられたこと。…うん、それだけだ。森の記憶なんてない。
それにしても、あれから数年間ここにいたのにこの道を通るのが2回目とは…首都には基本的になんでも揃っているからわざわざ外に出る必要がないのだ。
そんなことを考えながら数分歩いていけば森の入口が見えた。奥は暗く何も見えない。一応ランプは持ってきているけれど、夜もしかしてとても危険なのでは……??
「……ええい!何を怖気付いている!男ぺいんと、二言は無ぇ!!!」
首都はあんなにもキラキラと陽の光が差していたのに、この森は本当に真っ暗で、風が吹いているため少し寒い。歩く度に落ち葉がカサカサと音を立て、ムカデのような虫が足元を這いずる。さすがに蛾が顔面に飛んできたときは叫び声を上げたが、入って少し経てばこの暗闇にも慣れたものだ。周りには果物らしき食べ物も生えているし、空腹で死ぬことはなさそうなことに安心する。
──しかし、安心したのも束の間。
バキンと大きく耳をつんざくような音が足元から鳴る。大きな枝を踏んだだけようで胸を撫で下ろしたが、背後からガサガサと音がした。音は徐々に近付いて、足音と共に動物の唸り声のような音もするようになった。
『青鬼以外にも熊とか蛇とかいるから』
……熊だ。そう頭で認識したときにはもう熊は目の前に来ていて、その大きな爪をこちらに向かって振り上げていた。避ける間もなく爪は俺の体を裂く。少しズレていたようで、喰らったのは二の腕。幸運と言うべきか不幸と言うべきか。
震える足には見ないふりをし、とにかく走り続ける。枝葉が頬や腕を掠め、疲労で悲鳴をあげている足は痛み始めたが止まることはできない。全力で走っているというのにヤツとの距離は離れる気がしない、むしろ近付いている気もする。
「っくそぉ…!森に入るんじゃなかったぁ!!」
突如ガクンと足元が不安定になった。見れば目の前は崖。逃げることに手一杯になっていて周りを見渡せていなかったのだ。既に片足が落ちている状態でどうにかできるわけもなく、そのまま上体から真っ逆さまに落ちていく。
うわ、死ぬ。今以上に死を身近に感じたことはない。だが幸運にも下は川だったため、死ぬことは避けられた。ついでに流されて熊からも逃亡成功。運がいいのか悪いのか……。
「…はぁ〜…うっ、いったぁ…足首終わった…」
着地を上手くできなかったのか足首をくじいてこのまま動けなさそうだ。近くの木の幹に体を預け、一時の安息に目を閉じる。
あ〜……家に帰りたい……
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頑張ってください!