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「ふむ……どうやら、グランツ……お前はとても、聖女様に気に入られているようだな」
おじさまは、顎に手を当てながらグランツをじっくり観察するように眺めた。
グランツは、何も言わずにおじさまを見返していた。
おじさまは、グランツが所属している聖女の近衛騎士団の団長を務めるプハロス・シハーブと言うらしい。
おじさまは、私とグランツを交互に見て、もう一度グランツと向き合った。グランツは相変わらずの無表情である。
「グランツ、お前には聖女様の護衛騎士になる覚悟があるか」
「……あります」
おじさま……プハロス団長の問いにグランツは即答した。
プハロス団長は、一瞬驚いた顔をしたがすぐに真顔に戻り言葉を続けた。
プハロス団長は、グランツの目を真っ直ぐに見据え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「お前は平民上がりの騎士だと差別され、特訓にもろくに参加できていなかった。また、剣術を習い始めたのもここにいる誰よりも遅い」
プハロス団長の言葉に、グランツは何も答えない。
グランツは、プハロス団長から視線を外すことなくただ黙ってプハロス団長の話を聞いていた。
そして、プハロス団長は続ける。
グランツの生い立ち、今まで彼が受けてきた扱いや特訓、今現在の実力。
全てを把握しており、正式な練習に参加できていないグランツが本当に聖女の護衛が務まるのか、プハロス団長は吟味しているのだろう。
騎士達が言っていた、平民上がりの騎士が護衛になれないというのは馬鹿にしているからではなく、習ってきた期間についての事もあったのだろう。
才能は別だが、努力の時間は長ければ長いほど力になる。
グランツが努力をしていないわけでは決してない。だが、剣術の達人に稽古を付けて貰ったり、幼い頃から学んできたのとでは明らかに差があるだろう。
「エトワール様は、努力は報われるべきだと言いました」
と、グランツは口を開く。
プハロス団長は、眉一つ動かさずに耳を傾けていた。
きっと、グランツの言う通りだと思っているのかもしれない。
私だって、そうだ。だけど頑張ったら必ず結果が出るとは思っていない。
「努力は必ず報われるものではないぞ」
「……俺もそう思います。努力がけして報われ評価されるものでないことも、努力を怠れば簡単に足元を掬われて追い抜かれることも知っています。そして、努力しても届くことのない才能というものがあることも」
グランツは、そう言い切った。
グランツは自分の過去を振り返っているのだろうか。その表情からは、感情を読み取ることはできない。
「俺が努力し続けてきたのは、評価され報われたいからでも、見返したいからでもない。俺は……俺を必要としてくれる主のために剣を振るう」
グランツはそう言って腰に差している剣の柄に手を添えた。
それは、まるで誓いを立てるような仕草だった。
「……お前が聖女様を守りたいという気持ちは本物なのか」
「はい」
プハロス団長の言葉に、グランツは再び即答する。
迷いなど微塵もないといった様子で、グランツはプハロス団長の目を見つめ返す。
そんな二人のやり取りを見て、私は胸の奥がきゅっと締め付けられるように痛んだ。
なんだろうこの感じ……嬉しいけど……だけど……
グランツは、私のことをどう思っているのだろうか。私が聖女じゃなかったら、グランツは私を選んでくれたかな…… なんて、思ってしまう。ネガティブに捉えてはいけないと思っていても、それでも何処か疑ってしまう。
でも、今は素直に喜ぶべきだろう。
私は顔を上げ、グランツを見た。
すると、目の前にウィンドウが表示されクエスト達成の文字がデカデカと浮かび上がる。
ピコンと音を立てて上昇するグランツの好感度は早40%にまで上がっていた。
「俺は、守るべき人を見つけたんです」
と、グランツはプハロス団長に言った。
一言一句鮮明に聞き逃すことなく耳に入ってきて、グランツの言葉を聞いた私は、嬉しさのあまり悶絶しそうになり身体が疼いたが、必死に耐えた。
なので私は俯き、手で口を覆う。
あぁもう……グランツ、好き! と叫びたい衝動を抑える。
「それが、お前の覚悟か」
プハロス団長の言葉にグランツは頷く。その目は、決意に満ちたものだった。
私は、今すぐに駆け寄って抱きつきたかったがぐっと堪える。
ここで飛び出して行ったら、プハロス団長との会話の意味がない。
私は、ただ黙って事の成り行きを見守っていた。
「では、今日からお前に稽古を付けよう。私が直々にお前を鍛え上げてやる」
「はい!」
と、グランツは力強く返事をした。
周りの騎士達は不満ありげな顔をしていたが、プハロス団長がひと睨みするとすぐに引き下がった。
プハロス団長は、そんな彼らを見て呆れたようにため息をつきもう一度私に頭を下げた。
私は、気にしていないと何度も伝えたが、私の彼らに対する気持ちは冷めに冷め切っていた。彼らに守って何て貰いたくないと……
それから少し、プハロス団長と話をし彼は先にいっているとグランツに伝えこの場を去った。
騎士達もプハロス団長にきつく言われているのか、誰も話しかけてくることはなかった。
まぁ、話し掛けられても困るんだけどね。
それにしても…… 一緒に居てくれたのが、グランツで本当に良かったと思う。
私はグランツに駆け寄り、ようやく二人きりで話すことが出来た。
「グランツ、やったね! 凄かったよ!」
「……はい、ありがとうございます」
「グランツなら勝てるって信じてた! 本当に、凄いよ! おめでとう」
グランツの表情筋はさほど動いていなかったが、その顔からは何となく嬉しいという気が伝わってきた。
これで、彼も一歩前進しただろう。
私としては、貴族の騎士達にグランツの有能さと努力のことを知らしめることが出来たし、好感度も上げられたしで一石二鳥だった。
「あっ! そうだ、これを渡したいって思ってて……ちょっとしおれちゃったかも知れないけど……」
と、私はグランツが勝利を勝ち取った際に渡そうと思っていた白いツツジのような花を彼に見せた。
それは、先ほど林の中で見つけた花だった。初めはツツジかと思ったが少し花びらの形状が違うようで、ツツジ科であることには間違いないのだが実際この花がなんなのかは分からなかった。ただ、彼の勝利を称えて何か贈り物を渡したかったのだ。
グランツはその花を目を丸くして見ていた。
何か、私可笑しいことしただろうか?
そう思い、恐る恐る聞いてみようとすると先にグランツが口を開いた。
「本当に、この花を俺にくれるんですか?」
「え、うん……って、さっきからいってるじゃん。まあ、しおれちゃったけど……でもでも、本当に護衛騎士になったときにはもっと良いものを!」
私がそう言いかけると、彼は私の手を包むように握り光を帯びた翡翠の瞳で私をじぃっと見つめた。
(はわわわわ……! 近い! 格好いい!)
そんなことを考えながら、私は彼の次の言葉を待ったが一向に口を開かない。
ただじっと見つめられ、私は段々と恥ずかしくなってきた。
そして、耐えきれずに私が喋ろうとするとグランツがようやく言葉を発した。
「いいえ、これがいいです」
「この花が?」
「はい」
「何で?」
「エトワール様から貰えるものですから」
と、グランツは言うが肝心なところをはぐらかしているようにしか思えなかった。