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#戦乙女
234
私はヨダレを拭きながら聞いた。
「ねえねえ、ダリアお姉ちゃん」
『ぇ……お姉……なに!?』
髪飾り(ダリアさん)の声が、一瞬ピクッてなった。
『……そ、その呼称による心理的揺さぶりは無意味よ。
私は第五位個体・ダリア。
知性と精神を司る補助人格。
感情的判断で行動方針を変更することは──』
「だめ?」
私が上目遣いで見つめると。
『……ほ、保留よ』
「ほりゅう?」
『その呼び方、禁止よ。
う、嬉しいわけじゃないんだからね!』
ダリアお姉ちゃんは、ぼそっと呟いた。
どうやら嬉しいみたいだ。
「あのね!あのね!!
サクラお姉ちゃんはね、私がこの世界に召喚したんだよ!」
『んぇ?』
髪飾りから変な声が出た。
「召喚の時に、私の魔力とココアでお姉ちゃんの身体を作ったの。
だから、サクラお姉ちゃんと私は血が繋がった姉妹なんだよ☆」
『……は?』
髪飾りの声が、完全にフリーズした。
そして、ぶつぶつ独り言をはじめた。
『……待ちなさい。魔力とココアで肉体を構築……?』
『……魂の定着にココアがどう作用するというの?』
『……それは血縁ではなく使い魔や眷属の類では……』
「ちがうよ? 血(ココア)が繋がった姉妹だよ」
私がえっへんと胸を張って言い切ると、髪飾りがピシッと鋭く光った。
『……よかろう。これよりココア血縁裁判を開廷するわ。
ココア側、血縁の根拠を述べなさい』
「甘いから」
『甘さは血縁判定基準ではない!!』
「でも、血よりおいしいよ?」
『血縁から味の優劣に論点をずらさないで!!』
『……証人、火竜。証言を求めます』
「証人、辰美です。私は召喚の場に居合わせていないので当時のことは知りません」
『居合わせてないの!? なぜ証言台に立ったの!?』
「ですが! 少なくとも私の中では、サクラさんは常に甘いココアの香りです。あと、推しがココアだと言うなら、それはココアです。全肯定します」
『証人が限界オタク!!』
ダリアさんが混乱し始めた。
『ええい、静粛に! 魔力(エーテル)を血脈(ブラッド)と定義した場合……サクラの魂と貴女の魔力が肉体構築時に接続しているなら、概念上の親族関係が……? 計算開始!』
『……計算完了』
「おお」
私が感心して拍手する。
『……エラー』
「ダメだった!!」
辰美が膝から奈落に沈みそうになった。
『……まあ良いわ。総合評価、妹』
「なんでだよ」
辰美がツッコんだ。
『……ただし、前提条件があるわ。
貴女の言うサクラと、私の知るサクラが同一人物である場合。
その場合に限り、貴女は私の妹分に該当する可能性がある』
「じゃあ妹?」
『……暫定の妹よ』
「ざんてい?」
『まだ確定ではない妹って意味よ!!』
「ダリアお姉ちゃーん☆」
私は髪飾りを両手で優しく包み込んだ。
『ちょ、ちょっと、そんなに強く握らないで。
べ、別に嬉しいわけではないからね!』
髪飾りが、照れたようにチカチカと不規則に光る。
さっきより、ちょっとだけ明るい。
「ツンデレのテンプレ!」
辰美がまたツッコむ。
「うれしいの?」
私が覗き込むように聞く。
『……不快ではないわ』
「じゃあ、いっぱいお姉ちゃんって呼んでいい?」
私が目をキラキラさせると。
『……頻度は制限しなさい』
「どのくらい?」
私が首をかしげて尋ねる。
『……常時は許容範囲よ』
「それ、いっぱいだよ?」
私がにへらっと笑うと、ダリアさんの声が急にしどろもどろになった。
『……黙りなさい。今、私も気づいたわ』
「わーい☆」
私は嬉しくてその場でピョンピョン跳ねた。
『判決。エストは暫定妹。
そして私も、条件付きで姉に該当するわ』
ダリアさんの声が、ちょっと得意げになった。
「……待ってください」
辰美の声が低くなった。
『何かしら、火竜』
「……今、姉の席に座りました?」
『座っていないわ。法的に立っているだけよ』
「席、温めてますよね?」
『温めていないわ!!』
「顔に出てますよ」
辰美が笑った。
でも、目が笑っていなかった。
竜の瞳孔がスッと縦に細くなる。
『髪飾りに顔はないわ!!』
髪飾りの光が、スッと冷たい色に変わる。
見えない火花が散った気がした。
「サクラさんの真の理解者は私ですが?」
『……何ですって?』
「姉? 千年ぶりに出てきた姉?
私は毎日現場でサクラさんを浴びていますが?」
『浴びるな!! サクラは日光でもマイナスイオンでもないわ!!』
「サクラさんは光合成してますが?」
辰美が真顔で即答した。
『……は?』
髪飾りの光が、ピタッと止まった。
「野イチゴ食べたら光合成できるようになったって言ってました!! あと、たまに鉱物化します。
そんなサクラさん成分は疲労回復に効きます」
辰美が、さも当然のように言い切る。
『えっと……究極生命体かな!?』
『……サクラが……光合成……鉱物化……?
ちょっと待って、私の知性が処理を拒否しているのだけれど!?』
ダリアさんの声が、バグったように震え始め──
髪飾りの光が、困ったように揺れた。
『……私の知るサクラは、少なくとも光合成しなかったはずよ。
千年の間に、あの子に何が起きたの……?』
「色々ありました」
『色々が気になりすぎる!!』
ダリアさんは一度深く息を吐くように沈黙した。
──ゴリッ……。
奈落の奥で、何かが岩を削るような音がした。
辰美が一瞬だけ振り返る。
「……今、何か聞こえませんでした?」
『聞こえたわ。でも今は、血縁と葉緑体のほうが重大よ』
「深刻度の基準が壊れてる!!」
辰美がこめかみを押さえた。
「ダリアさんは千年前のサクラさんしか知らないんですよね?」
辰美がニヤリと口角を上げた。
『ぐっ……』
髪飾りが、図星を突かれたように明滅した。
「情報、古くないですか?」
『火竜……貴女、今、私の逆鱗ではなく姉鱗に触れたわよ』
ダリアさんの声から、知性が消え去った。
「姉鱗って何ですか」
辰美が真顔で聞き返す。
『姉としての誇りよ!!』
髪飾りがプンスカと赤く点滅する。
「サクラさんの現在の好物、言えます?」
辰美が腕を組み、勝ち誇ったように言った。
『……肉?』
ダリアさんが自信なげに答える。
「浅いですね」
辰美が深くため息をつき、やれやれと首を振った。
『浅い!?』
髪飾りがショックを受けたように激しく震えた。
「サクラさんに“焼きそばパン”を渡すと機嫌が三ミリ良くなります」
辰美が人差し指を立てて、ドヤ顔で解説する。
『三ミリだけ!?』
ダリアさんが素でツッコんだ。
「はい。三ミリは大進歩です」
「辰美も、ダリアお姉ちゃんも、サクラお姉ちゃん好きなんだね」
私は、バチバチやり合っている二人を見比べた。
「好きとかのレベルじゃないです。太陽、信仰です」
『好きではないわ。家族としての責務よ』
二人の声が同時に重なった。
「同じだね?」
「違います!!」
『違うわ!!』
仲良しだなあ、と思った。
『……こ、コホン。とにかく。
暫定妹でも、妹は妹よ。食べさせるわ。
鳥でも猪でも探す。焼く。食べさせる。生かす。以上』
「急にお姉ちゃんになった!!」
辰美が叫んだ。
『なってないわ。私は知性担当よ。
姉は……副次機能よ。
保護対象が空腹だと、生存率が下がる。
だから栄養補給を優先するだけ。
……肉は、血抜きをして、柔らかめに。塩も欲しいわね。コショウはあるのかしら?』
「どうやら美味しいお肉を食べさせたい!!」
辰美がビシッと髪飾りを指差して大声でツッコむ。
「ダリアお姉ちゃん、やさしい☆」
私がえへへと笑う。
『非合理を排除しているだけよ!!』
ダリアさんの声が完全に裏返った。
「……そもそも!!」
辰美が、今まで溜め込んでいたものを吐き出すように叫んだ。
「最初から全部おかしいんですよ!!」
「え?」
『は?』
「家系図にココアを混ぜないでください!!
血縁判定にカカオを使うな!!」
辰美が両手で胃を押さえて叫んだ。
『異議を却下するわ』
「却下された!?」
『家系図に余白があったのよ』
「余白をカカオで埋めないでください!!」
辰美の悲鳴のようなツッコミが奈落にこだました。
彼女はもう、ゼェゼェと肩で息をしている。
「カカオって、家族になれるの?」
『なれないわ』
「なれません!!」
──その時。
ズズズズズンッ……。
奈落の奥から、重たい音が響いた。
『……前方より大型反応。
鳥型、三体。
羽音が重い。さっきの音の正体ね』
ダリアさんの声が、スッと真面目なナビゲーターに戻る。
「鳥さん?」
『敵性反応よ。準備しなさい。サポートするわ』
「焼ける?」
私がよだれを拭う。
『……焼けるわ』
「お肉?」
『……高たんぱく質ではあるわ』
「やったー!」
『……ほら、妹候補。
食料候補が来たわ。ちゃんと食べなさい』
ごはんをよそってくれる時みたいな、やさしい声だった。
私は嬉しくなって、髪飾りをぎゅっと握った。
「ありがとう、ダリアお姉ちゃん」
『……礼は不要よ。
これは合理的な食料確保支援であって──』
「大好き☆」
『…………』
髪飾りが、真っ赤に光った。
おいしそうなくらい赤かった。
『……作戦名を変更するわ』
「作戦?」
『エスト☆栄養確保大作戦〜愛しい妹のために〜よ』
ダリアさんの声が、完全に甘やかしてくれるお姉ちゃんのものになっていた。
「愛が重い!!」
辰美が頭を抱えて叫んだ。
(つづく)
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