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#戦乙女
234
ズズズズズンッ……!!
その時、通路の奥から見上げるほど大きな黒い鳥が三体、バサバサと重たい羽音を立てて現れた。
赤い目がギョロリとこちらを睨み、鋭いクチバシから黒いモヤモヤを出している。
「ひぃっ……!」
想像以上の大きさと、バサァッという風圧に、私は思わず首をすくめた。
足がガクガク震えて、辰美の後ろに隠れたくなる。
……こわい。食べられちゃう。
「敵です! エストちゃん、下がって!」
『──前方より敵性反応! 辰美、右から注意を引きなさい! エストは死角から魔力を集中させて腹部を狙うの』
「お腹……」
私は涙目になりながら呟いた。
『そう。腹部よ。装甲が薄い』
「や、やわらかい……?」
『戦術的には脆弱という意味で──』
「焼いたら、おいしい……?」
『……調理前提で弱点を聞くんじゃないわ!!
ビビってるのか食い意地張ってるのかどっちかにしなさい!』
「だ、ダリアさんすみません!
うちの魔王様、サクラさんの英才教育を受けてるので……
常識とか理論はあんまり通用しないかと……!」
『英才教育!?
……待ちなさい。
あの子は千年前、指をしゃぶってミルクを欲しがるだけの純真無垢な赤ん坊だったのよ!?
教育する側になったのは……少し感慨深いけれど!』
「ええと、今のサクラさんは、言わば天災でして。
そして、教育というより野生の生存術を叩き込んでます」
『……感慨を返しなさい!!
あの赤ん坊が天災サバイバーに!?』
キシャァァァァッ!!
一番大きな鳥さんが、鼓膜が破れそうな声で鳴き、私に向かって突進してきた。
『回避軌道算出! 0.2秒後に左後方へ35度ロール!』
「……ロールってなに!?」
『えっと、えっと……横にゴロンよ!!』
「……っ!!」
逃げなきゃ。ゴロンしなきゃ。
そう思ったのに、足がすくんで動かない。
でも、その時。
私の頭の中に、サクラお姉ちゃんの得意げな顔が浮かんだ。
『いい? エスト様。
目の前に大きな壁(お肉)が立ち塞がった時、絶対に逃げちゃダメよ。
逃げたら、他の誰かに食べられる。
その悔しさは、一生お腹に残るからね』
──そうだ。お姉ちゃんは、どんなに大きな敵からも絶対に逃げなかった。
私も、お姉ちゃんみたいな立派な妹になるんだ!
「お、お肉は……逃がさないのっ!」
私は震える両足にぐっと力を込めて踏ん張り、両手を前に突き出した。
『ちょっと!? なんで逃げないの!?』
鳥さんの巨体がぶつかる寸前。
私の両手から漆黒の魔法陣がパァンッと咲いた。
「闇結界《ダーク・シールド》!」
──バシュッ!
真っ黒な半球のバリアが瞬時に展開されて、鳥の突進をガァァァンッと弾き返した。
ガツン!!
『な……無詠唱でこの強度の防壁を!?』
髪飾りから、ダリアお姉ちゃんの驚愕した声が響いた。
「わ、びっくりした……良かった、ちゃんと出た……」
私は自分の手を見て、ぱちぱちと瞬きをする。
少しだけ、カッコよくできたかも。
『魔法陣の構築プロセスを完全に無視して展開したというの!?
……で、でも防いだだけよ!
相手の体勢が崩れた今、反撃するわ。
私が魔法の詠唱を教える!』
「魔法……?」
『そう、氷矢《アイス・アロー》よ。
「凍てつく白銀の息吹よ、細き氷の矢となりて射抜け」と唱えるの!周囲の魔力サポートは私がやるわ。
いい? 細くよ。肉の鮮度を保ちたいなら、絶対に細く──』
「お肉に刺す、串みたいに?」
『詠唱の意味わかってる!?
……ま、まあ近いわ! いまはそれでいい!』
「エストちゃん、下がって!」
辰美が私の前に出て、炎をまとった腕を振るい、鳥さんたちの進路を一瞬だけ逸らした。
でも、私の方が先に手を出してしまった。
小さく息を吸い込んで、勇気を出して右手をスッと前に出す。
「わかった。凍てつくえいっ」
『詠唱しようよ!?』
パキィィィィンッ……ドゴォォォォンッ!!!
私の指先から出た、もはや氷山みたいな巨大な氷の串が、一番大きな鳥さんを一羽、おっきな岩ごと串刺しにして粉々に砕き散らした。
残った二羽が、バサバサと羽を逆立てて後ずさる。
──しーん。
『……は?』
ダリアお姉ちゃんが、ピタッと止まった。
『詠唱も無視した上に、串の概念が巨大すぎる!!
鮮度を保つ前に原形がないわ!!』
「あ……一羽、カチコチに砕けちゃった」
『一羽で済んだのが奇跡よ!?』
『……精神接続が成立していないから、出力制御に介入できない。
つまり私は、貴女が魔法を撃つたびに横で祈るしかないのね』
「お祈りしてくれたの?」
『してないわよ!!』
「うぅ……加減まちがえたぁ……」
私は自分の手を見つめて、しょんぼり。
お腹空いてたのに。
怖かったけど、頑張ったのに。
私は、真っ白に凍りついた岩の跡をじっと見た。
さっきまで、そこにはお肉があった。
たぶん、焼いたらおいしかった。
塩があったら、もっとおいしかった。
「……ごめんね、お肉」
『敵性生命体に謝罪している……!?』
「食べられなくて、ごめんね」
『謝罪の方向性が怖いわ!!』
『……じゃなくて! 私は詠唱と魔力補助を渡しただけよ!?
誰が氷山の製造許可を出したの!?』
ダリアお姉ちゃんが、ぶつぶつ何か難しいことを言っている。
『こんな不合理な生命体……計算外よ……!
理屈がまったく通らないじゃない!
例外処理が多すぎるわよ、この子……!』
「残りのお肉が逃げちゃう! ダリアお姉ちゃん、手伝って!」
『……仕方ないわね。
残存敵性反応、二体。奥の通路へ後退中よ。
普通ならここで深追いせず、体勢を整える局面よ』
「お肉の匂いが遠ざかっちゃう」
『普通なら追わないの!』
「サクラお姉ちゃんなら行くよ?」
『…………』
ダリアお姉ちゃんが、少しだけ沈黙した。
『……訂正するわ。なるほどね。』
「でしょ?」
「しかも「危険ってことは、誰も取っていない肉があるってことよ」とか言いますね」
辰美が目を細める。
『私の妹、どうした?』
「言いそう☆」
『……もういいわ。止めるの、やめた』
「え?」
『どうせ行くんでしょう?
なら、貴女が突っ込む前提で道を作る。
その方が早いわ。
それに、子供が腹を空かせたまま歩くのは非合理よ』
「ダリアお姉ちゃん、サクラお姉ちゃんみたい」
『あの子と一緒にしないで』
「似てるよ?」
『……どこが』
「危ない方に行く理由を、ちゃんと作ってくれるところ」
『…………』
髪飾りが、少しだけ淡く光った。
『……誤解しないで。
私は、危ない方へ行かせたいわけじゃない。
ただ、どうせ行くなら、生きて帰る道筋くらいは用意する』
「うん。やっぱりお姉ちゃんだ」
『……その呼び方は、判断精度を乱すから控えなさい』
「だめ?」
『……ひ、控えなくていいわ』
「わーい☆」
『残存二体、左奥へ逃走中。
追うなら、今よ』
「行く!」
『待ちなさい。走る前に深呼吸。
それから、左。転ばない。魔法は細く。肉は砕かない』
「うん!」
「完全に幼児用ナビになってる……ふふ」
辰美が呆れたように呟いた。
でも、その目は少しだけ優しかった。
*
『……この子なら、あの極大魔法もいつか……』
ダリアお姉ちゃんの声が、ほんの少しだけ低くなった。
「ん?」
『いえ、駄目ね。今はまだ早い。
肉を残せない子に、星を砕く魔法は教えられないわ』
(つづく)
◇◇◇
【おまけ:今週のサクラ語録】
『拾い食いは自己責任。落ちてる金は私のもの』
解説:
サクラお姉ちゃんが、道に落ちていた硬貨を靴の裏でスッて隠しながら教えてくれた大人のルール。
「いい? エスト様。少額の小銭をいちいち届けるのは、逆に役所の業務を圧迫するの。だから私が回収して肉まんを買うことで経済を回す。これが社会への『思いやり』よ」
って胸を張ってた。
ちなみに前半の「拾い食いは〜」は、落とした唐揚げを「3秒ルール!」って言いながら食べた時の言葉。
私は「お姉ちゃんは経済にも環境にも優しいんだなぁ☆」って感動したんだけど、辰美は「ただのネコババと衛生観念の欠如ですね」って遠い目をしてたよ。
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