悪魔は嘘をつかない。
この言葉、信じてみよう、なんて思い始めた。
別に、ベルの瞳が真剣だったからとかそういうのじゃなくて、何というか雰囲気的に、ここで嘘をつくなら、これまでのことが嘘に感じるから、とか色々思って。ベルは、からかっては来るけど、アルベドみたいに、芯はしっかりしているのかも知れないと思って、少しだけ耳を自分から傾けてみることにした。
その私の態度を見てか、ベルは嬉しそうに笑う。
「何、笑ってるの」
「いや、ようやく信じてくれるようになったのかなーとか」
「……何それ。というか、本当に、心読めるんじゃないの?」
「トワちゃんも詠めるっすよね。読むのをやめた見たいっすけど」
「あ……」
いわれて思い出したが、そういえば、そんな能力を星流祭の時に手に入れたような気がする。あの時は、あんな能力願わなければって後悔していたのに、いつの間にか、聞えなくなったというか。
(違う、意識的に聞えないようにしていたんだ)
あの時は、まだ扱いに慣れていなくて、心の声が全員聞えてしまったけれど、今はある程度制御出来るようになったと。だが、意識的に使ってみても、ベルの心の声は聞えなかった。
「悪魔は、心や頭で考えないッスから」
「待って、今、私の心読んだの?」
「え~読んでないっすよ」
「かわいこぶってもダメだから!最悪、近付かないようにしよう」
私がそうやって、身を引けば、いかないでというように、ベルは手を伸ばしてきた。
「待って、待って。酷いっすよ。話し聞きたいんじゃなかったんすか」
「聞きたいけど、アンタ危ないから」
「心を読めるのは、悪魔の基本魔法なんすよ。だから、あまり、怖がらないで欲しいっす」
「余計いや」
心を読む魔法というのは、一般的にないと、ブライトに教えて貰った。だからこそ、星流祭で手に入れたこの力は、人にバレないようにしてきた。特殊な魔法だって知っていたから。でも、悪魔はそれが基本魔法だといった。悪魔なら誰しも使える魔法だという。本当か、と聞きたかったが、スルーしよう。だって、人間と違うから。
(でも、悪魔っていっても中身が悪魔なだけで、身体は、人間のものなんだよね)
だから、そこで何かしら、魔力の作用が起きて、使える魔法と、使えない魔法でわかれているんじゃないかと思った。
何故、悪魔が、人間の身体を通じてしか、魔法が使えないか、此の世界に体現できないのか気になっていたから。
「聞きたいこと一杯ある」
「そうっすよね、そうっすよね。そう来なくっちゃ」
「どの目線で話してるのよ……」
全く現金な悪魔だなあ、とベルのことを思いながら、ベルの魔法で作って貰った椅子に座って、ベルを見る。彼は、何処から話せば良いのかなあ、なんて身体を揺らしながら、作った椅子の上であぐらをかく。
「トワちゃんは何から聞きたいっすか」
「知ってること全部教えて」
「悪魔より強欲っすね。こわ」
「怖くないわよ。だって、知らないことを知りたいって、人間の感情じゃない?好奇心には勝てないのよ」
「ふーん」
「興味なさげね」
こっちが、真剣に答えれば、ベルは、つまらなそうに口を尖らせた。そんな態度を取るぐらいなら、はじめから聞かなければ良いのに。何だか、損した気分になりながらも、私は、ベルに、教えて欲しいともう一度いう。
ベルは、肩をすくめた後、フッと息を吐いて、その場に小さな星のような粒子を散らした。綺麗なその粒子に、目がいってしまう。
「悪魔は、聖女と同じっていったじゃん。召喚の仕方とかね、俺達悪魔は聖女と同じだと思ってくれていいっすよね」
「聖女と同じって」
「まあ、性質が違うんで、あれっすけど。聖女が、災厄を止める存在であるのなら、悪魔は、災厄を促進する存在っすかね。まあ、もう、混沌は眠りについた見たいっすから、俺達の仕事はなくなったわけっすけど」
聖女と対になるのは、悪魔だといいたいのだろうか。
でも、混沌のファウダーの言い方からするに、聖女は、混沌と対話できる唯一の存在という風にも見えたけど。
「トワちゃんが、特別なだけッスよ」
「だから、心読まないで」
「流れてくるんすよね。勝手に。だから、トワちゃんが、心の中で喋らなければ良いだけの話しッスよ」
と、無理を言ってくるベル。
そんなことが出来るなら、はじめからしてるだろうし、苦労していない。というか、人に言えないことだから、心の中で喋っているのに、それすら、見抜かれてしまったら、もうどうしようもないだろう。
距離を取れば、心の声は漏れないだろうか、何て思って見たけど、声が聞えないのも不便だし、もう、全て見透かされているっていう前提で話そうと思った。
「まあ、聖女と悪魔が対になるっていうわけじゃないっすけど、悪魔は、聖女の邪魔をするっていうのはあながち間違ってないっすね。聖女は聖女で固有魔法を持っている。悪魔もあくまで固有魔法を持っているっていえば良いっすか。まあ、基本的には、扱うものは魔法なんで、トワちゃんの護衛のユニーク魔法で弾けないわけではないっすけど」
「……ベルは敵?」
「俺は、敵じゃないっすよ。悪魔は自由に生きたいだけッス。勝手に、災厄を促進する存在なんていわれてるっすけど、聖女と同じで、順番待ちしてるんすよ」
「順番待ち?」
「ほら、禁忌の魔法なんて皆使いたくないじゃないっすか。それで、禁忌の魔法、まあ、この場合、悪魔を召喚する魔法を使ってくれたバカな魔道士の身体に誰が入り込むかっていう戦争何ッスよ。その戦争を勝ち抜いて、今回は、俺がここに召喚された、ラアル・ギフトっていう人間の身体を乗っ取った、という感じっすかね」
「聖女も、同じってこと?」
「まあ、似たようなものだと思いますっすよ。聖女としてのある程度の教養を終えたものから、召喚の儀に参加できるというか。まあ、俺は、聖女じゃないんでそこの所、詳しくわからないっすけど、まあ、基本的に悪魔召喚と聖女召喚って似てるんすよ」
と、ベルの言葉を聞いて、何となくだけど、トワイライトが召喚された云々、女神に教えられた云々の話が全て繋がった気がした。
聖女も順番待ちをしていて、私はもしかしたら、本来のエトワール・ヴィアラッテアが並んでいた列に割り込んで入り込んでしまったのではないかと。もし、それを彼女が知っているのなら、怒っても当然かも知れないと。
順番を抜かすのはよくないし。
悪魔は、順番抜かしとかあまり考えないだろう。何処で順番待ちしているか分からないけど、戦争っていっているくらいだから、熾烈な戦いが繰り広げられているに違いない。そして、今回はベルだったと。
「そもそも、悪魔召喚って簡単っすけど、ある程度の魔力はないといけない訳っす。だから、当たり外れは勿論あるわけで、魔力や、身体が弱い奴に召喚されて、憑依しちゃったら、外れ口ひいちゃったかなあ程度で。まあ、今回は、あたりっすね。毒の魔法を使う魔道士なんてまずいないっすから、かなり苦労して手に入れた魔法なんでしょう―ね。でも、悪魔召喚なんてして、その魔法もぜーんぶ俺のものになってしまった訳っすけど」
「嬉しそうじゃない」
「そりゃ、当たりくじひいた訳っすから。それに、順番待ちして、ようやく勝ち取った席っすからね」
と、何処か誇らしげに、ベルはいうと胸をはった。
まあ、どんな争いがあったかは知らないし、どれだけの時間待ったかは分からないけれど、少し安心できるのは、悪魔って大量に召喚されないってことだろう。まだ、ベルの力は未知数だけど、もとの身体がラアル・ギフトっていうだけで、かなり厄介な存在だって言うことは分かる。だから、ベルが敵じゃないっていってくれたことはありがたかった。
ベル曰く、悪魔には制約があって、嘘をつけるのは、順番を待っている何もない空間にいるときだけ。此の世界にきた瞬間、嘘というものがつけなくなると。元々強い存在だから、デバフがかかった感じなんだろう。
(災厄がないから、敵じゃないってこと?)
「じゃなくても、俺は平和主義なんで」
「…………」
「まあ、そんな怖い顔しないでくださいっすよ。まだまだ、知りたいこと一杯教えてあげるッスから」
「仕方ない、ことだもんね」
心を読めるのが固有魔法だとしたら、仕方ないと、私は言い聞かせ、もう一度ベルを見た。ベルは、まだ私の知らないこと知っているようで、その血色の瞳を見ていると、好奇心がかき立てられる。色々と知りたい。そして、今の状況を打破することだって。
「ベル、ちょっと提案なんだけど――」
「――エトワールッ!」
私がそういって立ち上がった瞬間、上から、流れ星が落ちてくるように、ズドンと大きな音を立てて、一直線に何かが落下した。暗闇の中に舞う、砂埃。
私は、目を閉じて、風が吹き止むのを待ってから目を開ける。するとそこには、満月の瞳を輝かせ、紅蓮の髪を乱したラヴァインがいた。
「ラヴィ?」
「エトワール、大丈夫」
「大丈夫、だけど」
「げほ……ごほ、エトワール様、無事ですか」
「グランツ」
苦しい、というように、グランツは咳き込みながら、私の方へ歩いてくる。多分、ラヴァインが魔法でここまで連れてきたんだろうけど、自分に魔法をかけられないグランツからしたら、かなりの負荷がかかることだろう。そういえば、二人の存在忘れていた、と助けに来てくれたのに、もの凄く失礼なことを思いながら、彼らを見る。そして、ふと振返ると、そこにベルの姿はなかった。
「ベル?」
『トワちゃん、一つだけ覚えておいて。悪魔は、平行世界に移されようが、時がまき戻ろうが、記憶を保持できるってこと。トワちゃんの力になれる日も近いよ』
と、脳内に直接、彼の声が聞えてきたような気がして、私は少し寂しさを覚えた。まだ、聞きたいことが一杯あったのに。
「エトワール?」
「ああ、ごめん。えっと、助けに来てくれたんだよね。ありがとう、ラヴィ」
「うん……」
無事で良かったと、消えそうな声で言ったラヴァインの声は、ちゃんと私の耳に届いていた。
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