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──ラウワ王国・政庁の一室。
ようやく片づいた。
この三週間、ろくに寝てない。
税制・貴族の整理・孤児院・学校カリキュラム──
あと常闇ダンジョン産の野菜物流まで。
締めにワイトが壁に向かって『サクラ様バンザイ……』と笑い始めた。
潮時だと悟った。
ついでに『申請書は夜空に願えば届く』と言い出したので、
心療内科の予約も取った。
「……まあ、ひと通り片づいたわね」
「うんっ!
ラウワ王も頑張ってるし、ワイトもちゃんと働いてるし──」
横でエスト様が元気よく頷く。
この国の統治は済んだ。
もう“支配”は成立してる。
あとは……次の目的に進むだけ。
「ワイトはあとで心療内科に送るとして……」
……イライラするわ……。
私は玉座に深く腰掛け、
長い爪で肘掛けをカリカリと引っかいていた。
ラウワ王国を「請求書」という名の物理鈍器で落としてから数日。
『サクラ帝国(仮)』の共同統治は順調に滑り出した。
──滑り出したのはいいが、今の私には何の慰めにもならない。
なぜだろう?
最近、私の出番(暴れる機会)が無いような気がする。
来る日も来る日も書類の決裁、予算の承認、ゴミ分別ルールの策定……。
玉座に座っているだけで、まったく体が温まらないのだ。
ふと、私の心のバイブルである伝説の悪役レスラー、ムダ様のお言葉が脳裏をよぎる。
『会場の空気を変えたいなら、マイクを奪って何も喋るな。
ただ相手を10分間見つめろ。
気まずさが限界を超えた時、人はそれを「カリスマ」と錯覚する。
俺は昨日、美容室で「今日はどうしますか?」と聞かれて10分間無言で美容師を見つめた。店長が出てきた』
……なるほど。これは深い組織論だ。
(そうだ。こんな時は辰夫を呼んで、
愛のある抜き打ちチェックをしよう。
辰夫のためにもなるしね?)
私は組織を引き締めるための、
素晴らしいマネジメント(気晴らし)を思いついた。
「辰夫ーーーッ!」
私の声が、広大な玉座の間に響き渡る。
……ダダダダダッ!……ガチャッ!
「はッ! お呼びでございましょうか! サクラ殿!」
王城の廊下をエプロン姿で全力疾走してきた辰夫が、
息を切らして玉座の間に飛び込んできた。
「遅い! 私が呼ぶ前に来い!
察しろ! そんな事も出来ないのか!?」
ちなみに私にはそんなこと出来ない。
「……は! 申し訳ありません!」
辰夫は深々と頭を下げた。
……ドサッ。
辰夫の懐から『胃薬』と『睡眠薬』が落ちたのが見えたが、
私は見なかった事にした。
「あ! 失礼しました!」
辰夫が慌てて薬を拾う姿を見て、私は優雅に目を逸らした。
「……」
「え……」
そして──私は辰夫を見つめた。
「……」
「あ、いや、その……」
辰夫が胃薬を飲む。
10分後──。
「……」
「はぁはぁはぁ!!」
辰夫が過呼吸を起こし、紙袋を口にあてて呼吸をしている。
「……で、例の件はどうなっている?」
私は玉座の上で足を組み、辰夫を睨みつけながら言った。
「はッ! ……ど、どの件でしょうか?
現在、リンド村の開拓、ダンジョン村のインフラ整備、王都のゴミ分別ルールの徹底、そして10億リフルの借金返済計画など……私が抱えている案件が100を超えておりまして……ッ」
辰夫は懐から分厚い手帳を取り出し、
冷や汗を流しながら慌てて確認している。
「お前はまだそんな事を言っているのか!
いいか? 今からビジネスで一番大事な事を言う!
肝に銘じろ! いいな!」
「はッ! ありがとうございます!」
「ビジネスで一番大事な事、それは──【察しろ】だ!
いいな? 理解したな? もう大丈夫だよな?
やれば出来る子だよな? 伝説の竜王なんだよな?
……うん。……で、だ。……例の件はどうなっている?」
「えと……あの……その……えと……
はぁッ! はぁッ! はぁッ!」
辰夫の呼吸が急に荒くなった。
過呼吸である。
彼は懐からまた紙袋を取り出し、
それを口に当てて必死に呼吸を繰り返した。
ドサッ。
そして──
紙袋を取り出した反動で、彼の懐から封筒がこぼれ落ちた。
そこにはデカデカと【退職届】と書かれていた。
「……あ……」
退職届を見つめ、バツの悪そうな顔をする辰夫。
私はゆっくりと玉座から立ち上がり、歩み寄る。
そして床に落ちた封筒を拾い上げると──
無言で、ビリビリに破り捨てた。
「……ぁ……」
辰夫の口から、小さな声が漏れた。
「辰夫? ……これが最後よ? ……例の件は?」
私は満面の笑み(※辰夫の目には地獄の悪鬼に見えている)で問い詰める。
「はぁッ! はぁッ! ひゅーッ! はぁッ!……」
「どうなっているー?」
さらに顔を近づけて、笑顔の圧を上げる。
「うわぁぁぁぁ……ッ……はぁッ! はぁッ! はぁッ!……」
辰夫の悲鳴と過呼吸の音が、
豪華な玉座の間に虚しく響き渡った。
「はぁ。スッキリした。
あれ?なんで呼んだんだっけ?例の件てなに?」
──その晩、辰夫は王城から家出した(夜逃げした)。
*
【天の声視点】
夜。
王城の廊下。
辰夫は唐草模様の風呂敷包みを背負い、
音を殺して歩いていた。
そっと裏口の扉に手をかけた、その時だった。
「……誰だ」
暗がりから声がした。
辰夫は身を固くし、ゆっくりと振り返った。
月明かりが、そこに立つ人物の姿を照らし出す。
「……王様……?」
そこに立っていたのは──
この城の主であるラウワ王だった。
「……竜王殿か」
辰夫は静かに語りかけた。
「ラウワ王殿も……まさか」
「……あぁ……君もか」
王様の手に退職届。
「穴開けパンチの穴が……少しズレてな……?
小一時間怒られたよ。はは。」
「……。」
「辰夫殿」
「はい」
「察しろってなんなのだ……無理すぎる……」
「……!!」
王の頬を伝う一筋の涙は、月明かりを吸い込んで静かに光った。
「はぁはぁはぁ!!」(※辰夫、過呼吸)
そして、サクラは玉座でひとり、ポツンと呟いた。
「……誰も、察してくれないのよね」
(つづく)
◇◇◇
──今週のムダ様語録──
『会場の空気を変えたいなら、マイクを奪って何も喋るな。ただ相手を10分間見つめろ。気まずさが限界を超えた時、人はそれを「カリスマ」と錯覚する。俺は昨日、美容室で「今日はどうしますか?」と聞かれて10分間無言で美容師を見つめた。店長が出てきた』
解説:
美容師の「どうしますか?」は挨拶ではない。挑戦状だ。
ここで言葉を返せば、主導権を握られて敗北する。
俺は10分間、一切の隙を見せずに防衛しきった。
その結果、奥から「店長」という名のラスボスを引きずり出すことに成功したのだ。
試合には勝った。だが髪は1ミリも切られていない。
俺はまた一つ、高みへ登ってしまった。