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こんにちは。火竜の辰美です。
辰夫さんが夜逃げ(家出)してしまい、
サクラさんが面白おかしく狂ってしまったので、
今回は私がお話を進めますね。
えっと……そうですね……では!
辰夫さんが夜逃げした翌朝、
ラウワ王城の寝室での出来事から。
*
「た、たたたたたた! 大変! 辰美ーッ!」
「ふにゃ……? お姉ちゃん、どうしたの……朝から……」
薄明るい朝日が差し込む豪華な寝室に、
サクラさんの悲鳴が響き渡りました。
その声で、隣で寝ていたエスト様も目をこすりながら起き上がります。
彼女(サクラさん)は寝癖の残る髪を振り乱し、
右足にだけ靴下を履いたアンバランスな姿で、
目を見開いたまま部屋のど真ん中で震えていました。
「辰夫が居なくなっちゃった! どうしよう?
どこ探しても居ない! たつおーーーーー!?」
「ええっ!? 辰夫が!?
じゃあ今日のおやつ、誰が作ってくれるの!?」
サクラさんの言葉に、エスト様も純粋な驚きと不安(主におやつの心配)を混じらせて叫びました。
二人はまるで、親とはぐれた迷子のように慌てふためいています。
私は寝ぼけ眼をこすりながら、
あくびを噛み殺して呟きました。
「うーん……まぁ、あんなに理不尽に怒られたら、
普通は逃げますよね……
……ん? サクラさん、机の上に何か……」
私は、机の上にポツンと置かれていた封筒を見つけました。
表書きには、几帳面な字でこう書かれています。
【退職届 兼 サクラ殿・エスト殿の生活引き継ぎ書】
「あ! 辰夫からの手紙!? 早く読んで! 辰美!」
サクラさんが急かします。
私は封筒を開け、
中に入っていた数枚の便箋を読み上げ始めました。
「ええと……
『サクラ殿。突然の出奔をお許しください。
最近、ご飯を食べても味がしないことに気づき、
私の中で何かが完全に折れました。
……つきましては、私が不在となるにあたり、
いくつか生活の引き継ぎ事項を記します』」
「味がしない!?
ちょっと待って、それ完全に心の病気じゃないの!?」
サクラさんが頭を抱えました。
「お姉ちゃん……辰夫、限界だったんだね……」
エスト様が冷ややかな目を向けます。
「読みますね。
『その一。
サクラ殿の左の靴下は、タンスの三段目の奥です』」
「えっ!? 私の靴下、そんなところにあったの!?」
サクラさんが驚愕しています。
(※自分でしまったわけではないらしい)
「『その二。
サクラ殿はお風呂上がりに冷たい牛乳を飲みたがりますが、
そのまま飲ませるとすぐにお腹を下すので、
私がこっそり人肌に温めていました。
辰美、あとは頼みます』」
「嘘でしょ……!?
私、ずっと常温の牛乳飲まされてたの!?
全然気づかなかった!!」
「『その三。
エスト殿のおやつのクッキーは、
戸棚の一番上の段に隠しています。
一日三枚までです。
それ以上与えると晩ごはんを食べなくなります』」
「辰夫のケチー! 戸棚の上じゃ私、届かないよー!」
エスト様がベッドの上でジタバタと暴れます。
「『その四。
毎朝、サクラ殿が寝ぼけている間に、
酷い寝癖を濡れタオルで直すミッションは、
非常に危険ですが辰美に引き継ぎます。
機嫌が悪いと反射でドラゴンスクリューを喰らいます。
私は過去三回やられました』」
「えっ!? 私に!? 命がけのミッションすぎませんか!?」
私が悲鳴を上げると、サクラさんが頭を抱えました。
「私の寝癖……毎朝、辰夫が直してくれてたの……?
ていうか私、寝ぼけながら辰夫に技キメてたの……?」
「『最後に。お二人の健康と、
魔王軍の益々のご発展(?)を遠くから祈っております。
探さないでください。辰……誇り高き我が名はリンドヴルム』……以上です」
私が手紙を読み終えると、部屋に重い静寂が落ちました。
「どうしよう……」
サクラさんが、ぽつりと呟きました。
「辰夫が居ないと……私たち……生きていけない……」
「クッキーも食べられない……」
エスト様も涙目で訴えます。
「そんな事まで辰夫さんにやらせて……
辰夫さん……今度こそ、幸せになれると良いな……」
私は立派にオカン業務を全うした竜王を偲び、
そっと涙を拭いました。
すると、情緒が迷子になったサクラさんが突然叫びました。
「……探せ……探せ! 辰夫を探せーッ!
辰美ィーッ! 大至急! 魔王軍集合ーーーーーッ!」
「うーん。とりあえず面白そうだから承知しました」
こうして──
思いもよらぬ展開で魔王軍を王都の広場に集結させることになったのです。
*
── その夜。王都・中央広場。
ざわざわ…ざわざわ……
月夜の下、魔の者たちの喧騒が響く。
集まった魔物たちは、不安そうに周りを見回したり、
小声で話し合ったりしています。
そんな中、王城のバルコニーから、
突如としてサクラさんの声が響き渡りました。
「聞きなさい! この世でもっとも邪悪な存在達よ!!」
「聞きなさーい!」
サクラさんの横で、
エスト様も魔王っぽく威張っています。
一堂に会したモンスター達のざわめきを断つように、
サクラさんは演説を始めました。
一瞬にして場の空気が引き締まり、
全ての視線が彼女たちに集中します。
「いいか! これよりお前たちに重要な任務を与える!
これは何よりも優先すべき事となると心得よ!」
サクラさんの言葉に、魔物たちの間で期待と興奮が広がります。
ざわッ! ざわッ!
「お! なんだ!? 久しぶりの戦か?」
「へへ……腕が鳴るぜ! 人間どもを血祭り(福祉)に……」
血の気の多い魔王軍は、
久しぶりの大役に心を躍らせていました。
彼らの目は期待に満ちて輝いています。
サクラさんはそんな魔王軍を見渡し、
大きく息を吸ってから言いました。
「裏切り者の竜王である辰夫を!!!!!
捜索して連れて来るのだッ!!!!!」
【来るのだ!】の部分で、
サクラさんの持っているマイクを持つ小指がピンと立ちました。
うん。ホントこの人は面白い。
「……!? つ、連れてくるのだーっ!」
キョロキョロしてからエスト様も叫んだ。
しかし、サクラさんの言葉に魔物たちは困惑の表情を浮かべます。
………………ざわ……?
「う、裏切り……?」
「あれ? そうなの……? いや……待てよ……?」
魔物たちの間で、疑問の声が広がり始めます。
「辰夫さん、いつも大量のサプリと胃薬を飲んでたよな……死んだ目で……」
「『最近、ご飯を食べても味がしないんだ』って遠い目で言ってたぜ?」
「あ! そうそう……ドラゴンだけどヴィーガンになるかなって言ってて、俺リアクションに困ったわ……」
だんだんと魔王軍のざわめきが大きくなってきました。
……ざわッ! ………ざわッ!
「ふざけるな! 辰夫さんが家出したのはあんたのせいだろ!」
「そうだ! そうだ! 辰夫さんは何も悪くないだろ!」
「あんた! 辰夫さんにずっとパワハラしてたじゃないか!」
魔王軍から、まさかの大ブーイングが起こりました。
「……お姉ちゃん、あれやっぱりパワハラだったんだね」
エスト様が、横から冷ややかな同情の目を向けています。
サクラさんは、思いもよらぬ魔王軍からの反発(と妹からの追い打ち)に目を丸くしていました。
「ち、ちょっと待ちなさい! お前たち! よーく考えて欲しい!!
……本当に……本当に悪いのは私なのでしょうか?」
サクラさんは悲劇のヒロインのように訴えました。
………………ざわ……?
「……?」
「え……?」
「……あ、あれ……?」
魔物たちは一瞬、考え込むような表情を見せます。
しかし、数秒の処理落ちのあと、
すぐに怒りの表情に戻りました。
「……ど! どう考えてもあんたのせいだろ!」
「あ、危ない! 一瞬騙されそうになった!」
「うん。お姉ちゃんだね」
「小娘は黙ってて!!」
「卵投げてやれ!」
鳴り止まぬブーイングの中、
サクラさんは必死に続けました。
その表情には、焦りと恐怖が浮かんでいます。
私は隣で爆笑しています。
「やめてください! 卵を投げないでください! 今、卵は高いの!
……クッ……ぐぬぬ………そ! そうよ! 私が全部悪い!
だから……だから……謝りたい……の……」
サクラさんは夜空を見上げて言いました。
その目には、涙が光っているようにも見えました。
………………ざわ……?
「謝る……?」
「あの鬼のサクラ様が謝るだって……?」
「なんか裏があるぞ……」
動揺する魔王軍。
彼らの表情には、驚きと疑念が入り混じっています。
そんな中、サクラさんはついに白状しました。
「辰夫が居ないと……私は! 私は……
……く、靴下の……場所も……わからないの……」
夜空を見上げるサクラさんの耳たぶが、
恥ずかしさで真っ赤になっていました。
「えっ……お姉ちゃん、さっき手紙で『三段目にある』って言ってたじゃん!?」
「三段目を開けたら、さらに『冬用』と『夏用』の仕切りがあってパニックになったの!!」
「本当にどうしようもないね!!」
エスト様が無邪気に急所を抉りました。
(ちなみに今も、サクラさんは右足しか靴下を履いていません。)
………………ざわ……?
ざわ……? ざわ……?
「お! おい……サクラ様……靴下を片方しか履いてないぞ……」
「え? ちょっと待って! 伝説の竜王が靴下を洗濯してタンスにしまってたの!?」
「サクラ様……もしかして生活能力がスライム以下なんじゃないか……?」
「実質、強くてデカい幼児だろあれ……」
「魔王様(子供)のほうがしっかりしてるじゃないか……!」
魔王軍に更なる動揺(ドン引き)が走りました。
そして、同情すらされ始めた空気に耐えきれず、
とうとうサクラさんが逆ギレしました。
「……はい! では今回もー?
皆さんが乗り気ではない事がよくわかりましたーッ!
それでは! 今日も皆さんに、ちょっと殺し合い(デスマッチ)をしてもらいますーッ!
では、そこの端からいきますよー?」
サクラさんは何かが吹っ切れたのか、
掠れ声で謎の『コマネチ』のポーズをとっていました。
「お、お姉ちゃん……なんか壊れちゃった……」
エスト様がちょっと引いて、私の後ろに隠れます。
……ざ……わ……!?
……ざわッ! ざわッ!
「「「行ってきまーすッ!!!!!」」」
そして最終的には、
いつも通りサクラさんが理不尽に脅迫することで魔王軍が動いたのです。
彼らは恐怖に駆られながらも、
急いで王都の四方八方へと散っていきました。
──こうして、辰夫さんの大捜索網が敷かれました。
大群が去った後の静かなバルコニー。
サクラさんは、ポツンと落ちていた片方だけの軍手を見つめながら、
コマネチポーズのまま呟きました。
「明日から……何を着れば良いのかな……。
爪切り……耳かき……替えのシャンプー……どこにあるのかな……」
「手紙に『爪切りはリビング』って書いてあったじゃん……」
エスト様が、本気で心配そうにサクラさんの背中を見つめていました。
「辰夫さん……逃げ切って……!」
私は心からのエールを、夜空に向けてつぶやきました。
(つづく)