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小瑪の鎖骨の中心には、白熱した輝きを放つ一粒の玉がある。
「それが何か、ご存知ですか?」
冷ややかな声に、ルーシャンは答えられず、ただ目を見開いていた。
それは、“人魚の玉ぎょく”と呼ばれる、人魚の心臓である。宝石と同等、いや、以上に美しく、戦後は人間の間で売買されていた。
その“玉”を小瑪が所持しており、しかも“玉”の半分は身体に埋まっているではないか。
「…私の心臓」
渇望の呟きに、ルーシャンは顔を上げた。
『……貴方、の…?』
「ええ」
ということは、いま謎の人の身体に心臓はない…
何故、心臓のない器で立っていられるのだ?
「嘘ではありませんよ」
ルーシャンの心を察したのか、くすりと鼻を鳴らした謎の人。短剣の刃をなぞり、手に持て余す。
と、ようやく小瑪が正気を取り戻し、ようようの体ていで身体を起こした。
『! 小瑪…大丈夫?』
ルーシャンはぎこちなく小瑪を支える。
「…貴男は変わりませんね。私の“玉”の影響を受けているとはいえ…その髪の色と瞳は…」
謎の人は腕を組み、力なく面を上げた小瑪を嘲あざけった。
「…君も…」
小瑪は、ルーシャンの支え手から離れ、膝をついた状態で両腕を前へ伸ばす。億劫そうに、けれど確実に。
「変わらない…」
謎の人の顔を両手で包み込む。
「触らないで下さい!」
払いのけようとする力に逆らい、両手を上へ滑らせた。
「やめ───!!」
キャスケットを掴み、謎の人が拒むのも構わず、取り上げる。
ルーシャンは思わず後退あとじさり、口を張った。“声”があったなら、確実に悲鳴を上げていた。
謎の人はキャスケットを奪われた瞬間に両掌で顔を覆ったが、ルーシャンは見逃さなかった。キャスケットから零れたのは、艶を失くした長い白髪はくはつ。バサバサに乱れ、そこここで絡まっている。露わになった貌は、皮膚がガサガサに乾燥してしまい、罅割ひびわれ、爛ただれていた。
あまりの醜さは直視しかね、恐怖から引き攣ったように這い退さがるルーシャン。
謎の人は両手で貌を隠していたが、意味のない行為だと思ったのだろう、
「ハッ!」
短い嘲声を発し、ダラリと両手を下ろした。
「よく言いますね! 貴男に“玉”を奪われ、私はすべてを失いました! 変わらない? 貴男の目は節穴ですか!?
…気がついたら、何もなく…あったのは、この短剣だけでした!!」
謎の人はカッと目を開き、短剣を振り翳す。
「私は待ちました…すべてを取り戻すまで!」
「…エミール…」
吐息と共に流された音に、ビクンと反応をする謎の人。
ルーシャンは愕然とした。
(あの絵の、人魚…?)
謎の人が、あの美しい人魚エミール。
輝く美貌は醜く歪み、かつての面影はまったくない。
(…本当、に…?)
小瑪が言うのだから真実なのだろう、が…信じられない。
「───」
謎の人は慄え、凍り付けになったかのように、その場から動かない。
「エミール…」
小瑪は柔らかく両腕を広げ、エミールに近付いた。
「───ッ…」
エミールは奇妙に双眸を眇め、ゼイゼイ喘ぐ。
小瑪に抱いだかれたエミール。
ルーシャンは胸が潰れる思いだった。
(そんなモノを抱かないで…!
私を見て!
そんなモノより、私の方がずっと、ずっと綺麗!
私だけを、見て──!!)
どす黒い激情が、ルーシャンの心を支配する。
ルーシャンは、激情が爆発してしまわないように胸元を押さえた。
そして、
『!!』
息を呑み、小瑪の背に顔を覗かせている短剣の切っ先を認める。
エミールが握り締める短剣は、深々と小瑪の左胸を貫いていた。
『あ、ああ…あ…』
頭の中が真っ白になる。沸き起こった激情でさえ、姿を消した。
『さ、小瑪ぇ───!!』
ルーシャンは息だけの悲鳴を上げる。