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リオは自室に戻った。 中に入るなり、アンがいないことに気づく。
リオが出る時は、ベッドの端で眠っていた。そのベッドにいない。部屋の隅で遊んでいるのかと思ったけど、リオの姿を見れば飛びついて来るはずだ。だけど物音一つしない。
ではギデオンの部屋かと扉で繋がっている隣の部屋へ入る。だがここにもいない。
「散歩に行ったかな」
リオはさして心配もせずに、アンを探しに戻ったばかりの部屋を出る。
城の中の人達は、アンに好意的だ。アンが自由に歩いていても、可愛がりはすれど意地悪をする人はいない。だからリオは、自分が部屋にいない時にアンが自由に出入りできるよう、扉を少し開けている。
リオがいなくて退屈だったのだろうとアンがよく行く庭へと足を進める。すれ違う人々にアンを見たかどうかを確認しながら庭に着いた。
「アン!どこ?おいでっ」
リオが大きな声で呼ぶと、アンが花壇の陰から飛び出てきた。嬉しそうにリオの周りを飛び跳ねる。
「やっぱりここにいた。また虫を追いかけてたの?食べちゃダメだからな」
「アン!」
アンは当然と言わんばかりに吠え、しゃがんだリオの顎を激しく舐める。
「ちょっ…」
リオはこそばゆくて顔を仰け反らせながら、アンの身体を両手で撫でた。
「もお、舐めすぎ!腹減ってんじゃないの?部屋に戻ってお菓子を食べようぜ」
「アン!」
リオの提案にアンが答えるかのように吠え、リオは笑ってアンを抱いて立ち上がる。そして花壇から離れようとしたその時、声をかけられて驚いた。
「珍しい犬だな。おまえは誰だ?」
「え?」
すぐ目の前に黒の騎士服が見える。ゆっくりと顔を上げたリオは、思わず声を出しそうになったけど耐えた。
王城から来た使者のビクターじゃん。なんでここにいんの?あ、でも初めて会った振りしなきゃ。覗き見してたことがバレる。
リオは一歩下がると、アンを抱いたまま深く頭を下げる。
「俺はここで馬の世話や庭仕事をしているリオと言います。この子は俺の家族のアンです。散策の邪魔をして申しわけありません。失礼します」
そう早口で|捲《まく》し立て、リオはビクターに背中を向け離れようと足を出した。だが前に進めない。違和感を感じて振り向くと、ビクターに服を掴まれている。
リオは、服を掴むビクターの手と顔を交互に見て、「あの…離して下さい」と可愛らしく首を小さく傾けた。
こうすることで、大抵の人はリオの頼みを聞いてくれる。成人になっていないリオが、世の中を渡るための処世術の一つだ。
だがやはり、身分の高い騎士には効かない。ビクターが無表情でこちらを見ている。この人、ひとくせもふたくせもありそうだもんなと、リオは小さくため息をついた。