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数年という月日が流れても、楓を取り巻く景色は変わらなかった。入退院を繰り返す生活。細くなった腕、白い天井、そして独特の消毒液の匂い。それが彼女の日常のすべてになっていた。
「楓、一口でもいいから頑張って」
「ほら、お父さんが買ってきたゼリーだよ」
両親の疲れ切った笑顔と、すがるような目線。心配されているのは痛いほどよく分かっていた。分かっているからこそ、それが今の楓には鋭い刃となって心に突き刺さる。
(ごめんなさい、ごめんなさい。私がこんな病気だから、パパもママも笑えなくなっちゃったんだ。私のせいで、みんなが不幸になっていく……)
親の愛情を感じれば感じるほど、自分という存在の重さに心が擦り切れ、疲弊していくのを自覚していた。
そんな中、またしても次の入院が決まった。慣れ親しんでしまった、あの閉鎖病棟への逆戻りだった。
重い足取りで病棟のホールへ向かった楓は、そこで一人の少女と出会う。
彼女の名前は紬。手首に痛々しい包帯を幾重にも巻き付けた、自傷行為がやめられない境界性パーソナリティ障害の女の子だった。
紬の口癖は、決まってこれだった。
「あーあ、死にたいな……」
虚空を見つめながら、ぽつりと溢される言葉。
その姿を見て、楓はふと、前回の入院のときにいたあの親友の姿を思い出していた。
(凛ちゃん……今頃どうしているのかな。懐かしいな……。あの時は、同じ病気で、お互いに『生きてここを出よう』って励まし合えたのに)
今のここには、凛はいない。ただ、終わりのない退屈な時間だけが広がっている。
楓は暇潰しのような感覚で、何となく紬の話し相手になるようになった。最初は、紬の愚痴を「ふーん」と聞き流しているだけだった。しかし、心が極限まで疲弊していた楓にとって、その負のエネルギーはあまりにも強力だった。
紬のダークな世界観に、少しずつ、確実に、楓の心は引きずり込まれていった。
気づけば、あんなに「みんなのために食べなきゃ」と泣いていたはずの楓の口から、信じられない言葉が零れるようになっていた。
「死にたいって気持ち、なんか分かるかも。ねえ、どうやったら確実に死ねるかな……?」
「でしょ? やっぱり一番楽なのはさ……」
二人がいつも陣取っているのは、ナースステーションのすぐ前にある、古びたビニールレザーのベンチだった。
「静かに。今、看護師さんこっち見た」
「大丈夫、薬の準備で忙しそうだし」
バタバタと行き交う看護師たちの動きを目線だけで器用に確認しながら、二人は声をひそめて、決して大人たちには聞かせられない「ヤバい話」に花を咲かせていた。かつてクラスの1軍として、流行りの服や推しのアイドルの話で弾ませていたあの声で、今や恐ろしい計画を囁き合っている。
スマートフォンを隠すようにして、ネットの画面をスクロールする。映し出されるのは、暗い検索結果の羅列。
「ねえ、ビルって何階から飛び降りれば一発でいけると思う?」
歪んだ連帯感の中で、楓の瞳からは完全に光が消え失せていた。出口の見えない暗闇のさらに奥へと、二人は手を繋いだまま堕ちていくようだった。
病院の規則を破っている。その罪悪感よりも、今の楓にとっては紬と繋がっていることの安心感の方が勝っていた。
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