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【WTR夢】
彼女は。
黒黒として曇ったガラス窓の色をスポイトで三滴ほど吸い取って、そのままぽたり、と目に垂らしたかのような色をおれに晒した。
この先の未来を暗示するかのような、深黒だった。
それを縁取るのは、彼女の真白い肌だ。安物っぽく乗りの悪いラメが、生々しい赤に彩られた目尻を無惨にも輝かす。
段々と夜が明けていく。
二人、原初の姿のままで。
彼女の肌にかかるブラウスが、とうとうするりと落ちて、シーツの白と溶けてなくなっていく。
いつまでも結ばれることのない唇は、いつの間にか言葉をつぐんだ。
「おしまいに、しましょう」
何も言えなかった。こうなることはわかっていても、異論なんて、言えやしないから。
そもそも言って良いのかも分からないし、それこそ、そんなことを言う権利なんて、今のおれにあるのだろうか。
「ああ、そうだな」
おれは、曲がったことや卑怯なことが大嫌いだ。
だが、今おれがいる場所、はたまた彼女にしてきたことは、その言葉の意を翻しているのではないか。
ぼんやり霞む頭の片隅で、おれは自嘲した。
“I loved you.”
“貴女を愛していました。”
彼女の首元には、油性マジックで描いたかのようにしぶとく残る、執念の牙の痕。
それらが、どうか彼女の傷になりませんように。
どうかどうか、永遠に残りませんように。
そう願いながら、既に冷めきった彼女の部屋を静かに出た。
彼は。
まるでひとつしか無かった灯火が消えたあとの色の、落ち着きを漂わせた部屋をそのまま目に写したかのような黒を私に晒した。
過去の私達を思い起こさせるような、静かな黒だった。
それを象るのは、彼の角張った輪郭だ。篆刻のようで、女にはない男らしい堅い線をして、そこに佇んでいた。
窓の向こうで、朝日が昇る準備をしている。
二人、生まれたままの姿でそれを待つ。
彼の色とも言える深紅の髪は、比率よく顔に垂れ下がっている。
未練ありげに下がる雄雄しい眉には、アンニュイな雰囲気を醸し出していた。
「おしまいに、してしまいましょう」
こんなこと、なかったことにしましょう。続けられる口は、私にはなかった。
そもそも、私達をこんな関係にしたのはきっと私だ。言い出しっぺの私が、そんなことを言っていいのかすらも、今の私には分からなかった。
「異論ないよ」
私は、愛のない言葉や行為が大嫌いだ。
でも、今まで私が望んでいたことや、彼にされることだけは、どうしてか大嫌いになれなかった。
滲む視界の真ん中で、私は寂しさを覚えた。
“I still love you.”
“今でも貴男を愛しています。
彼の背中には、水性ペンで描いた、引き止めの意が込められた爪痕が見えた。
それがどうか、雨に濡れて、何事も無かったかのように綺麗に流れ落ちますように。
どうかどうか、それが彼の一生の重荷になりませんように。
そう願いながら、彼がひたひたと足音を立てながら部屋を出ていくのを、大人しく聞いていた。