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その日シリウルは寝ていました。その眠りはそれなりに深いものでしたが、何かが囀るような、キーキー叫ぶような声が聞こえて、彼女はゆっくり意識を浮上させました。
寝起きではっきり見えない目を音がした方向に向けるとシリウルが寝ていた館の窓に、彼女が遣わした鷹スールロスが止まっていました。
スールロスはどこか落ち着かない様子で、シリウルが速やかにに起きて窓辺によると、報告を始めました。
そしてシリウルはその報告を聞き終えると、あまりの壮絶さに目が眩み座り込んでしまいました。
シリウルは再度重要な選択を迫られることとなりました。そしてどちらにせよ待っているのは悲しみだけでした。
ゴンドールの執政、デネソール侯が自ら焼け死んでしまったというのです。
そして彼の子、恐らくボロミアの兄弟が重症だという噂までありました。
スールロスは相当急いできたのか、彼は風切羽を少し痛めていました。
直ぐに治療してやると、シリウルを気遣うような表情を浮かべて、彼女の肌に頬を擦り付けました。
デネソール侯がそのような決断に至った次第は伝えられていないのですが、彼が言うには民でさえも悲しきの前に信じ難いというように戸惑っていたそうです。
ボロミアは続きの報を待っています。彼を信じて告げるべきだと、彼女の頭は言っていたのですが、彼女の心は、悲観にくれる彼を見たくないと告げる事を拒否していました。
シリウルは初めて身が裂けるような思いを経験しました。ましてや自分の事ではないのに、どうしてこんなにも苦しいのでしょうか。
シリウルは小さな賭けを持って、ボロミアの様子を見に行くことにしました。ボロミアが起きていたら、告げてしまって、寝ていたら明日にしようと。
いざ着くと、遠くに見える寝台でボロミアは背を向けていて判別がつきませんでした。シリウルは仕方なく足音を最小限にして彼に近寄っていき、顔の方に移ろうしました。
「……あなたが何の為に来られたのか分かる」
ボロミアの声が聞こえて、彼女は驚いて音を立てて後ずさってしまいました。彼は身体をゆっくり起こして、シリウルを見つめました。
「我が父が私の夢枕に立ったのだ。”生きていて何よりだ、息子を頼む”と簡潔に言うと去っていった。そして私はその前に燃える父の衣を見た」
「……では、私の要件は必要ない様ですね」
「いや、告げてくれていい」
「……デネソール侯が死にました。焼身自殺の模様、彼の子が重症だという噂も」
「だから、父上はファラミアを頼むと言っていたのか……」
「はっきりとした情報はありませんでした。ですがまだ生きておられるのでしょう」
「そう思いたいところだ」
ボロミアはそう言うと、寝台を軽く手のひらで叩き、立ったままの彼女に座るように施しました。
大人しく横に腰掛けると、寝台に載せた手が彼の手に包まれました。ボロミアを見つめると、彼の瞳には色んな感情が込み上げて混ざって、不思議な色をしていました。
「……私は傷の回復を待たず、国へ行きたい」
声を潜めて彼はそう言いました。シリウルは乗せられた彼の手に指を絡めて、目を細めて微笑むとこう返しました。
「……そうおっしゃられると、思っておりました」
「申し訳ない、あなたは何も見返りを求めず、懸命に私の面倒を見てくださったのに」
「いいえ、いいのです。それに私はあなたの幸せも願っているのです、ここに居てはあなたはそうはなれません」
ボロミアは彼女の手を握り直して、さらに深く繋ぐと穏やかに微笑んで言いました。
「……ありがとう、シリウル」
ボロミア感謝の言葉を聞き届けると、シリウルは彼の頬にそっと口付けて言った。
「明日準備が出来次第出発しましょう。ですので今日は、何もかも忘れて寝て下さい」
「何もかも申し訳ない限りだ」
「謝る必要はないです、あなたが言った恩返し、それで十分なんですから」
「あなたは本当に欲がない、そんなことすぐ出来てしまうというのに」
「では早くお寝になって下さい」
「いつもそうやって言い訳に使う」
「ボロミア」
「わかっている、おやすみシリウル」
「ええ……おやすみなさい」
シリウルが立ち上がろうとすると、その前に同じようにして頬に口付けられました。彼女は少し驚いた顔をした後、微笑んで彼に改めて挨拶しました。
さてやらなければならないことが沢山あります。今の病人服ではなく、旅に出る為の彼の服を用意しないと行けませんし、彼女も用意をしなければなりませんでした。
それに上等な武器を森の最奥の蔵から持っていかないとなりませんし、馬の用意も。
これほどに沢山彼女が用意しなければならないことがあるのにシリウルはどこか嬉しそうでした。
翌朝、ボロミアが起きると傍らに旅の装束が置かれていました。
森や野原の前で目立ちにくい緑の色合いで統一されており、触ってみるととても軽くて丈夫な材質でした。
早めに着替え終わると、剣がたてかけられているのを見つけました。
つくづくシリウルは用意が良いと、感動しつつ剣を抜くとそれは立派な名剣でした。エルフの使うものに近いフォルムではありますが、決して薄くなく、重さも軽くもなく重くもない、丁度いい代物でした。ベルトに一緒に締めて、用意が終わると森の奥に人影が見えました。
人影は直ぐに森から出て、当たり前ですがシリウルであるとわかりました。
彼女は世話がよくなされている事がすぐ分かる美しいを毛並みの馬を二頭連れて、何かが入った持ちやすそうな包みを二つ、そしていつもの籠も持ってきていました。
「朝食を食べてから行くつもりなのか?」
そうボロミアが聞くと、頷きながら馬の手網を柱に巻き付けました。
「今行く予定の通路を見回りに言ってもらっているのです。すぐ帰ってくると思いますから、早めに召し上がりましょう」
そう言うと籠を置いて、中の物を出し始めたのでボロミアは一緒に用意を手伝いました。珍しく籠の中には二人分の食事が用意されていてボロミアは驚きました。
彼女の前で食事をすれど、彼女と共に食事をした事は今まで無かったのです。
そして彼は驚くと同時に少し安心しました、彼女の分と思われるものは十分あって、ボロミアが今まで見ていなかっただけで、彼女もしっかり食事を取っていた事がわかったのですから。
用意を終わらると、いつもの様にボロミアは寝台に、シリウルは椅子に座って共に食前の挨拶をして食べ始めました。
ボロミアは食事をしながら、一緒に食べてくれている彼女を穴が空くほど見つめていたので居心地悪そうにしながらも、早めに食べ終わりました。
また一緒に皿を片付けると、シリウルは一旦建物を離れて野原に出ると、鷹を腕に乗せて迎え鳴き声を聞いて何かを判別していました。
ボロミアは彼女が鳥を使う事を知ってはいましたが、見るのは初めてだったので少し驚きました。シリウルは彼の視線に気づくと、大丈夫だったと一言伝えてくれました。
そして鷹を今度は肩に載せると素早く彼の元に来て襟元に手をやりマントを直すと、荷物を開いて確認させました。
ボロミアはこの様子がなんだか新婚の夫婦のようだと余計な事を考えながらも、しっかり確認しました。
中身は拡大率や場所が少し地図が複数枚、水筒、切り分けるための刃物、応急処置用の物品、そして食物が入っているであろう冷たい包みも。
よく見てみると彼女の包みの方が大きかったので、恐らくあちらにボロミアの傷の手当にいつも使っていた品があるのでしょう。
「途中で狩りはしませんよ、素早くひっそり行きます。ここが具体的に言うとどこに位置するかは言えない制約がありますので、森を出るまでは聞かないで下さい」
「ああ、わかった。ここまで色々準備して下さって、本当に有り難い。ここでの生活も、夢のように美しくて平穏だった。もはや私の第二の故郷と言っても過言ではない程に」
「こちらこそ、嬉しいお言葉をありがとうございます。私も、あなたとの生活はとても楽しかった」
「まだ別れではないからここまでにしておくが、次は改めて感謝を」
「はい……そして、たとえ道別れることあろうとも、あなたが守られますように」
そうシリウルが微笑んで言いました、悲しげに言ったわけではなかったのですが、語句は明らかにいずれ来る離別を表していてボロミアは悲しく感じました。
彼はシリウルの腰を抱いてそっと引き寄せると、見つめ合うような形にしました。
彼女は大人しくされるがままになってくれて、まじかに見る彼女はより一層美しくボロミアに写りました。
彼が熱が篭った瞳で見つめると、彼女の中にも同じものがある事に気づきました。そしてそれを喜ぶ様に微笑むと、ゆっくり彼女に口付けました。