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第6話:二重の声
朝の教室。ユイは窓際の席で、静かに文庫本をめくっていた。
今日は髪を後ろでまとめ、淡いベージュのヘアピンを左耳にとめている。
制服のリボンはきっちりと結ばれていたが、その整いすぎた身なりが、どこか“感情の奥に鍵をかけているように”見えた。
「……おはよう」
小さな声であいさつすると、教室にいた何人かが軽くうなずいた。
でもその中に、ユイが見ていたはずの顔はなかった。
(あれ……いま誰か、私の声にかぶせて“同じ声”で返事してなかった?)
気のせいかと思った。でも、次の瞬間。
「ねえユイ、それコピー機壊れてたよー」 「ねえユイ、それコピー機壊れてたよー」
同じ言葉が、ふたつの音程で、同時に聞こえた。
「……え?」
隣の席の澄音がこちらを見る。
「え、なに? どうしたの?」
「いま、同じ声が……二重で聞こえた」
「ユイの声、ふつうだったよ?」
そう言われてユイはそっと自分のポケットに手を伸ばした。
財布の中にある“まるいもの”を、手のひらで包む。
今日の模様は――ふたつ重なったスピーカーのような形だった。
ひとつの音が、二方向にひろがっていくイメージ。
(わたしの声が、誰かと重なってる……?)
授業中も、ふとした瞬間に「もうひとつの声」がかぶってくる。
それはまるで、少し前の自分。あるいは、“言いたかったけど言えなかった言葉”が、今になって追いかけてきてるような――
午後、保健室のベッドで目を閉じたとき、またその声が聞こえた。
「ほんとはさ、泣きたかったんでしょ」 「泣かないようにするの、うまくなっただけでしょ」
それは確かに、自分の声。でも、今の自分じゃ言えない声。
涙がこぼれそうになった瞬間、ふわりとポケットが軽くなった。
“まるいもの”を見てみると、模様は消えていた。
けれど、重なっていた声はもう聞こえない。
代わりに、心の奥でひとつの言葉だけが残っていた。
「……聞いてくれて、ありがとう」