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鶴の一声って、こういうことを言うんだなあ。
「エトワール様……っ、何をする。俺は、あの人の」
「彼女はもう、聖女でも何でもありません。貴方は、本物の聖女様の護衛として命を受けた。皇帝陛下直々にだ」
「皇帝陛下、直々に……エトワール様っ」
「ごめんね、グランツ」
笑えているかな。いや、笑わなくても良いんだけどさ。
完敗。もう、私、ダメだ。
激しく揺れる、翡翠の瞳を見て、私は心が痛んだ。私よりも、もっと辛いであろうグランツを見て、私が悲しむことなんて許されないと思った。大丈夫だって、いってきた。でも、嘘ついちゃって。怒られるよね。
責めていいよ。でも、もう、責められても、何とも思わないかもだけど。
グランツは何か言いたげに、周りの騎士達に止められつつも、「あ、ぁ……」と声にならない言葉を漏らし、くしゃりと前髪を掴んだ。亜麻色の髪が一瞬にしてぼさぼさになってしまう。
私は、グランツを何度も傷付けてきたけど、これが一番傷付けたんじゃないかなあって思ってしまった。信じたものに、裏切られるほど嫌なことってないよね。
「ごめん」
「エトワール様……許せません」
「許さなくて良いよ。許しは乞わない」
「俺は、貴方の騎士だ」
「うん」
もう一度言葉を繰り返して、グランツは、クッと声を漏らす。
翡翠の瞳が陰って、そこに執着が渦巻く。絶対に許さないって言う、信頼からくる、忠誠心からくる絶対に変わらないもの。消えないものがそこにあった。
汚いとか、気持ち悪いとか全然思わなくて、それがグランツだって、ずっと向けられてきた、彼なりの愛だって理解しているからこそ、だんだんと苦しくなっていった。もう、その目を見ることも無いんだろうなって。
「貴方以外……」
「グランツ」
「俺は、死んでもいい。貴方の騎士じゃなくなるくらいなら、死んでもいい。今ここで、死にたい。貴方の目の前で、この命を散らしたい。そしたら、貴方の一生の傷になるでしょう」
「グランツ」
「エトワール様、俺を捨てるんですか」
正確には、捨てるじゃなくて、手放さざるを得なくなったっていって欲しいし、認識して欲しい。
いや、きっとそういう風に認識はしてくれているんだろうけど、彼の中で、それが認められなくて、そんな言い訳をしているんだろうって、分かっていた。分かっていたからこそ、私は、あえて言わなかった。
殺意さえ、滲んできた翡翠の瞳を見て、私は、いつ以来だろうなんて、彼との思い出を回想していた。
木剣を飛ばしてきた、何も未来も何も考えていないような空虚な瞳をしていたのに。その瞳に、まるで、宝石箱に宝石をつめて一杯になったという顔をしているグランツに、私は、色んなものを彼に与えられたんだろうなって、この期に及んで思うことじゃなかったかもだけどちょっと思っちゃったりもして。
向けられている殺意は、情熱的なものだった。
裏切ったこともあったけど、それでも、私にとってグランツは、大切な弟みたいな存在だったから。
「捨てるんじゃないよ」
「じゃあ……」
アンタも分かってるでしょう。と、私は、彼にさとしながら、口を開く。
グランツは、みとめたくないだけだって、分かっていたから。不甲斐ない自分をどう整理して良いか分からずに私に八つ当たりしているだけなんだろうなってのも分かる。
「グランツ、私からの最後の命令。聞いてくれる?」
私がそう言うと、グランツは、ハッとしたように、そして、何処か、諦めて覚悟を決めたように、翡翠の瞳を向けた。少年から青年になったような、そんな顔に、安心感を覚える。
確かに愛は重いし、不安定なところはまだあるけれど、彼に託せるものは託しても良いかなって思えるくらいには成長してくれている。
それでも、納得いかないって言うのは、その瞳を見ていれば、すぐに分かるんだけど。
「なん……なりと」
「……トワイライトのこと、聖女殿の皆のこと、グランツに頼む。絶対に、彼女たちを悲しませないで。何があっても守って」
エトワール・ヴィアラッテアからも。
そういう意味も込めて私はいった。私だってはなれたくないし、ずっと一緒にいたいけど、居座り続けることは、現実的に不可能になってしまったため、彼に託すしかない。アルバも泣いちゃうだろうけど、護衛だって私はもうつけられなくなるわけで。
本当に意味分からないけれど、従わなかったら、周りに被害が出てしまうかも知れない。ならば、彼に、彼女たちのことを巻かせるしかないと。それが、今取れる最善の方法だと思ったから。
グランツは、もう一度、奥歯を慣らして、ギュッと結んだ口を開いた。
「御意」
ただ一言、引き受けた、という意味を込めて言葉を発し、彼は、颯爽と、聖女殿の方に向かうため走っていった。彼の少しだけたくましくなった背中を見ていると、本当に安心して、涙が出てきそうになる。
泣いちゃダメだから泣かないけど。
周りの騎士達は、私のことを未だに冷たい目で見ている。もう、怖くないし、この人達に何をいっても、聞き入れられないって言うのも分かっている。だから何も言わない。
「良かったの?」
「良かったのって……これしか、方法がなかったから、こうしただけ。アンタも、同じ立場だったらそうするんじゃない?」
質問に対して、私はそう答えた。
一番良い方法なんて分からないし、何を取れば良かったとか、傷付けなかったとかは、分からない。でも、方法が見つからないし、きっと、私に残された時間も無かったから、決断早めにしないといけなかった。
ラヴァインは、目線を落した後、「そう」と、短く返した。彼も、心配してくれているんだなってことは分かったし、味方であり続けてくれたことには本当に感謝している。
ラヴァインが、これからどうなるかとかは、分からないし、私だけが、退去命令出されたであって、ラヴァインは出されていないのだから、聖女殿に住み続けることも実質可能なのかも知れないと。彼がどんな結論を出すかは、ラヴァイン自身に委ねるけど。
まあ、一つ、良かったのは、私だけが全てを背負うことになったと言うことだろうか。
リュシオルは、あの後、私の真実の聖杯の証言と彼女自身にも真実の聖杯の水を飲んだ後の証言によって、疑いは晴れた。リュシオルは解放され、先に、聖女殿に戻ったそうだ。
彼女ともお別れしなきゃいけないのは、心苦しい。
そして、リースはまだ目覚めていないという。
もう、今日にでも聖女殿を出ていかないといけないから、リースにお別れの言葉も言えないけれど。起きたら、勝手に婚約が進んでいて、発表されていてって、リースが怒り狂うのは、目に見えているんだけど、もうどうしようもない。
親子げんかになったとしても、私は、止める権利も無いし、もしかしたら、ラスター帝国自体から出ていかないといけないかもだし。
どうしてこうなったんだろうか。
でも、周りに被害が出ないのなら、それでいいと思った。ある意味、私の思ったとおりの結果になったと言うか。遅かれ早かれ、こうしていた方が、周りに被害が出なかったんじゃないかって。
何だか、エトワール・ヴィアラッテアに、全てお前のせいだ、お前が招いたことだ、って突きつけられているような気がして、私は酷く苦しかった。勝てないって。
聖女殿のものは、持って行けないし、お金を少し貰えたとして、職に就かなければ何も出来ない。でも、この髪色じゃきっと雇って貰えないし。
色んな問題があるけれど、考えるのも辛くて、なるように成れって、私は、明日の自分に任せることにした。
そんな風に歩いていれば、皇宮を出る際、とある人物に引き止められた。
「エトワール様っ」
「ルーメンさん?」
それは、先ほど私に敵意を向けていたリースの親友だった。彼は、焦ったように、顔を青くして私の方に近付いてきた。こけそうになりながらも、何とか体勢を立て直し、息を切らして、私の前にやってくる。
「あの……」
「話は多分、ルーメンさんの耳にも入っていると思うので、私からは何も言わないけど」
「……こんなことになるなんて」
と、ルーメンさんは、悔しげに声を漏らす。
一体、どっちの味方なんだと思いながら、私は彼を見ていたが、彼なりに、色々手を尽くしたつもりだったんだろう。それが、あまり良い結果にならなかったという、それだけの話。
きっと、ルーメンさんとて、皇帝陛下派の人間ではないだろうから。あくまで、主君はリースで。
「エトワール様」
「もう、様、何て呼ばれる立場じゃないので」
「……っ」
ハッと顔を上げて、ルーメンさんは首を横に振る。
今回のこと、彼にとっては、望まぬ結果だったんだろう。きっと、予想も出来なかったはずだ。まあ、私も、予想が出来なかったから、こんな思いしているんだけど。
「ルーメンさんのせいではないので」
「……」
「リースのこと、よろしくお願いします。きっと、暴れちゃうと思うので。でも、私は大丈夫だからって、伝えてください……リースに、遥輝に」
私はそう付け加えた。
ルーメンさんは、私がルーメンさんの正体に気付いていないものだと思っている。だから、それを最後に、もうルーメンさんの正体が、灯華さんだって気づいているんだよと言う意味を込めていった。彼は、さらに顔を青くして、スッと火が消えるように白くなって私の名前を呼んでいた。
彼にしか、リースのこと、託せられないし。
私は、後ろで何かをいっているルーメンさんに背を向けて聖女殿に向かって歩き出した。
もう、何度、人に背を向けて歩かなければならないのかって……そう、孤独の道を歩くように、私は下向きに前を向いて一歩を踏み出した。