「お姉様っ!お姉様!」
「トワイライト」
「どうして、どうしてこんな……お姉様が、出ていかないといけないなんて。そんなの、いやです。意味が分かりません。私が、皇帝陛下に直々に……」
「きっと、無駄だから」
「お姉様っ!」
聖女殿に帰れば、私を待ち構えるようにして、聖女殿で働いている従者が皆玄関の前で待っていた。皆、顔を暗くして、私を見つけた途端、駆け寄ってきて。その中には、リュシオルやアルバ、グランツもいて。
トワイライトは、皇帝陛下に直談判しにいくといったが、私は、そんな彼女を優しく抱きしめて止めた。少し、抵抗したものの、トワイライトは、ギュッと私を抱きしめ返して、声を殺し、泣いた。
聖女殿の従者達も、仕方ないと思いながらも、悲しみの表情をしてくれて、皆、私のことを嫌っていないんだなって事に気づいてしまう。ここに、私の味方がいるんだって、これほど、喜ばしくて、泣けてしまうことはないんじゃないかと思った。ああ、本当に……
こんなに私のことを思ってくれる人がいるんだから、幸せじゃないかと、私は彼女の頭を撫でた。美しい蜂蜜色の髪は、聖女特有のもので、少し羨ましくも思う。
ヒロインだもん、彼女が幸せになれるなら良いじゃないか。
元々は、悪役になりたくないから、頑張ってきたわけだけど、結局最後は悪役らしい退場の仕方になるのかなとか。
(でも、処刑よりはマシよね)
ある意味の、国外追放……みたいなものなのだろうか。まあ、したかがないことだけど。
「エトワール様っ」
「リュシオル」
「…………私は」
「聖女殿のことよろしく。だって、もう、疑いも何もかかっていないわけだし、ここのことよく知っているのは、リュシオルだし、私は大丈夫だから」
「大丈夫って顔してないじゃない」
と、少しやつれてしまったリュシオルに指摘される。自分では気づかないけど、そんな風に見えていると言うことは、そうなのかも知れないと、私は、思いながら自分の頬をなぞる。受け入れているつもりだけで、受け入れ切れていないのかな、とかも。
リュシオルは、自分はついて行くみたいに、皆と同じことを言うけれど、トワイライトは、ここにずっと縛られてしまうわけだし、彼女だけをここに置いておくこと何て出来ないと思った。
これから、私は、トワイライトにも接触できなくなるわけだし。これが、最後のお別れだと。聖女殿は自分の家みたいに思っていたし、私の居場所だったけど、こんな風にお別れになるのは辛い。
全部辛いけど、もう、戻れない。
「大丈夫って顔していなくても、ここから、出ていかないといけないのは仕方がないことだし」
「仕方がないって貴方ね」
「別に死ぬわけじゃないけど、リュシオルが親友でいてくれて嬉しかった。これからも、よろしく」
「……っ、巡、貴方ってこは」
言いたいけど、言葉が出てこないというように、リュシオルは、グッと唇を噛んでいた。私に何をいっても、私の意思が変わらないことを理解したからだろう。
アルバも、何か言いたげだったが、皇帝陛下のこと、そして、私につけば、自分のいえや、プハロス団長にも迷惑がかかると思ったのか何も言わない。それが正しいって私も分かっているから、文句も何も言わなかった。皆、正しい行動をしている。
私も、出来ることはした。でも、皇帝陛下と馬が合わなかっただけ、それだけなのだ。最後の最後まで好かれなかったとか、そういう人間的な理由で。
これ以上、どうしようもなかった。
「お姉様、私は…………お姉様……どうすれば」
「幸せになって。私から、言えるのはそれだけかな」
「ですが、殿下は……リース殿下は、お姉様の婚約者だったではありませんか。それなのに、どうして……私は」
確かに、そうなのだが、婚約者という事実はもうない訳で。仮に恋人、思い合っていたとしても、もう、勝手に進めた婚約のせいで、リースとトワイライトがくっつくことは確定しているわけで。
何というか、別に、好き同士じゃないのに、親の都合でくっつけられた感じ、ではあるなあ、とは思った。もう、私には関係無いけれど、妹の幸せを願うなら、こんなのおかしいって声を上げなきゃいけないんだけど。
これじゃあ、トワイライトも、リースも、大切な人皆が不幸になる。
けど、変えられない現状。
ヒロインと攻略キャラが結ばれればハッピーエンドかと言われれば、今回の場合は違う……訳で。エトワール・ヴィアラッテアは、ある意味、皆を不幸にしたという感じだろう。乙女ゲームなんだから、好きな人と結ばれるのが、セオリーというか、ハッピーエンドなのに。これは、違うって、皆言うだろう。
「私、何も出来なかった」
「そんな、お姉様。これは、お姉様の、せいじゃありません…………これは、これは……」
と、トワイライトは言葉を句切る。
震えた身体をもう一度抱きしめて、私は後ろに控えている従者達を見る。全員名前が分からないのは申し訳ないけど、顔を一度でもあわせた人ばかり。彼らは、私のことを、聖女として認めてくれて、嫌わなかった人達なのだ。
(まとめるもの、何もないよなあ……)
持って行けるものなんて限られているだろう。元々、取り付けられているものが多いから、私の所有物っていうものがない。あったとしても、これから必要になってくるのなら、トワイライトの為に残しておいてあげたいし。
「ごめんね、トワイライト」
「そんな、お姉様……お姉様っ」
謝って許して貰おうとは思わない。
これが、死刑宣告されたわけじゃないから、救いはあるけれど、どちらかが接近したら罰せられるわけだし(主に私がだけど)、本当に他人として生きていかないといけない。ここにいる全員。
それから、一人一人とはいかないものの、温かい言葉をかけて貰って、私は、少ないお金と、鞄に入れられるものだけを貰って、聖女殿から退居することになった。こんなにあっさりいくとは思わなかったし、皆、皇帝陛下が怖いからっていうのもあるけど、私が覚悟を決めているからか、引き止めようとはしなかった。
トワイライトは、終始泣いていて、そのたび、アルバとリュシオルに支えられていた。
一番辛いのは、彼女かも知れない。
生き別れの妹というか、本当に大切な妹で。私のことを誰よりも思ってくれる妹だからこそ、最後の最後まで私の為に泣いてくれたと。
本当に恵まれていたなって、思えたからこそ、私は、聖女殿から出ることが出来た。
猶予を与えて貰えなかったから、本当に今日中に退居する事になったけど、全然困ることもなかった。近くの神殿の大神官にも、理由があって……と伝えたら、おじいちゃん神官さんも泣いてくれた。私を少なくとも聖女だって、混沌を倒した聖女だって認めてくれる人は身近にいて、それだけで良かった。だからこそ、あの皇帝陛下の性格の悪さが浮き彫りに出る。
皆が泣く中、私は、泣かなかった。強がりだったか、あまりの衝撃に、感情すら置き去りにしてしまったかは、定かじゃなかったけど、泣けなかった。
泣いたら、きっとその場から動けなくなるから。
グランツとアルバには最後の命令を下し、私の護衛から外れて貰うことになった。強制的だけど、彼らはちゃんと受け入れて、トワイライトを守ってくれるといった。命に代えて。
エトワール・ヴィアラッテアが、まだ何かしてくるかもだし、そう思った時、魔法を打ち返せるグランツがいるのは心強い。
グランツとの最後の仕事は、何の役にも立たなかった真実の聖杯を取りに行くことだったけど、私は、ずっとこの先覚えていることだろう。
「えっと、じゃあ……改めていうのも何だけど、ありがとう。ありがとうございました。皆さん、お元気で」
どの立場で言えば良いか分からなかったから、そんな言い方しか出来なかった。
皆、複雑なかおをしつつ、私を送り出してくれる。
もう、聖女でも何でもないから、私はただのエトワールだから。地位も何もないから。
私は、少ない荷物を持って、聖女殿を出ることとなった。坂を下る際、ずっと、私の名前を声がかれそうなぐらい叫んでくれる妹、親友、辛い顔をしながらも、必死にそれを引き止める、グランツとアルバの姿が、だんだんと見えなくなっていく。
そうして、完全に坂を下れば、声も何も聞えなくなった。丘の上に、聖女殿がポツンと立っているのが見える。
「これからどうしよう……」
出ていくしかなかったわけだけど、行く宛てもなくて、今日泊る場所もあるかどうか分からないし、そんな風に、仕方ないことながらも、肩を落としていれば、ポンと誰かが私の肩を叩く。
見上げればそこには、鮮やかな紅蓮が立っていた。にこりと笑って、満月の瞳を開眼する。
「俺がいるじゃん、エトワール」
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