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10 ここにいる意味ある?
久しぶりの出社だ。髭も髪もバッサリ切って、首の周りが涼しい。
「課長!おはようございます」
「ああ、ナオ君、おはよう。今日から心機一転、がんばってな」
課長はそわそわとしながら立ち去ってしまった。
やっぱり派遣社員に中絶させたのが効いてるな…しかもその子達はまだここで働いてる。
カオス。
「ナオさん!久しぶりです!」
万城目が現れた。あの二重人格げ恐ろしくて、目を合わせられない。
昨夜、とんでもない約束をしたような気がする。
俺には到底、無理だ…でも断り方がわからない。
課長まで脅迫するような男。
でも、俺たちの仕事を守る為、仕方ない、、
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朝礼が行われた。課長からの発表だ。
「今までの半年間、新人の皆さん、教育係の皆さん、お疲れ様でした。無事に習得期間を終え、相田きほさんは当法人サービスの復旧部に移ります」
拍手が沸いた。
色々あって、新人は1人になってしまったが無事にここ東京支部で活躍できる。
「来季から新しくサイバーディフェンスを高めるため、「リスク予測と脅威の検知」専門のリサーチを行う調査部に新メンバーを加えます。そのメンバーは万城目くん、ナオくん、菊池さんです」
拍手がまばらになった。
「それでは、宜しくお願いします!」
菊池さんは、急な編成チームに嫌な予感を感じていた。
「なんでこのメンバー?」
「この3人のチームリーダーは僕になりました。お二人よりも1週間だけ早いだけですが…」
万城目が控えめに挨拶した。
「そんな態度に騙されないから」
万城目はフフッと笑った。
「なんにもしませんよ」
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菊池さんは、主にサイバー攻撃の犯人の情報を求めるという新しい仕事を割り振られた。
今までは通信サービスの営業や商品の開拓だったが、プロテクションに特化した仕事は初めて。
昨夜、期間限定の事例が出て仕方なく了解したが、まだわからないことが沢山ある。
「菊池と申します。慣れないことばかりですが、宜しくお願いします」
シーンとしていた。みな、振り向きもしない。
「忙しいのかな…」
菊池さんは居心地の悪さを感じ、隅っこに座った。
「あの…わたし、何をすれば」
「今日はこれを読んでください」
菊池さんの個人チャットに既存ファイルのアドレスが貼ってある。
1日中、その内容を読んで終わった。
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次の日も、またその次の日も。翌々日も。
菊池さんは目薬を差しながらずっと読んでいた。
翌日は会議だったが、菊池さんだけ呼ばれなかった。
菊池さんは資料作りと、自主勉強期間。
ナオさんと万城目は参加。
ランチや飲み会も、菊池さんはさりげなく除外されていた。
「…ふーん。そういう事」
この調査チームはもともと、ナオさんが所属していたチーム、ナオさんは分析や収拾の専門家。
ナオさんの口コミで、菊池さんはキレやすく、手柄を取って出世する、ミスは人のせいにする、しかも上司に気に入られていて何があっても一番に出世する女だという悪評が浸透していたのだ。
しばらくは要注意で様子を見る事に。
半年間は生産性のある仕事はさせないと皆で決めていた。
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「菊池さん、大丈夫かな」
ナオさんはチラッと彼女を見た。
だが、後ろには万城目の目が光っている。
一度、こんな事はやめたいと、万城目に直談判した。すると、万城目は言った。
「協力しないなら、お前を孤立させるぞ?佐藤のミスの損害を最低限に抑えたのは俺だってこと忘れるな」
課長も課長代理も万城目の言いなり。
諦めるしかない。
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1週間が経った。
菊池さんは優秀さを発揮し、サイバー犯罪や国家支援のハッカー集団の行動パターンと技術をまとめ上げていた。
この5年間、先進国からアフリカ、果ては北極圏まで。
「良ければこれ、会議で使ってもらえませんか」
菊池さんは、会議に出れなくても何とか役に立とうと分析レポートの動画を作っていた。
「あ、ありがとうございます!さすがですね菊池さん!」
ナオさんは愛想よく礼を言った。
だが、その渾身の菊池さんファイルは開かれなかった。全く無視されていた。
「菊池さん、ありがとうねー」
「わかりやすかったよ」
調査チームは口々に褒めていたが、既読は一つもついていない。みな、笑顔で嘘をつく…
殴られるより、悪口を言われるよりも傷ついた。ここでは何をしても認められないのだ。
「そんなことない、セキュリティは今後、最も大事な分野だもの。ここで修業詰んだら財産だわ」
「菊池さん、これお願いしてもいいですか?」ナオさんが明るく声をかけた。
「はい!やります!」
「菊池さん、このデータを見て、攻撃パターンの報告をお願いしてもいいですか?」
「あの、やり方がわからないのですが…」
「ここに見本ありますので、それを見てやってください」
「ええ?!あの、範囲と期限は?」
「いつでもいいですよー!菊池さんにお任せします」
それって、仕事を与えているフリじゃん。
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菊池さんは、画面を見ていなかった。
画面に通り過ぎる数字の羅列が顔に反射している。
「やりかたもわからないし。やっても、やらなくても誰も気にしない仕事なんか」
デリートキーを押し続けた。
「意味ある?」
後ろを見ると、チーム内で、お互いのリサーチ結果をもとにスキャンの優先順位を決めるためのディスカッションが行われていた。
万城目やナオさんが喧嘩腰で話し合っている。
私は独り。
無意味な時間を消費している。
でもあと半年だ。我慢して自習しよう…居眠りしても怒られない。
と思っていたら、課長に呼ばれた。
「え?主任ですか?」
「そう、菊池さんは主任試験に受かったからね」
「あ、ありがとうございます。で、どこに移動ですか?」
「主任は移動できないから、今のリサーチチームで主任になるね。移動は課長になった時。なるまであと最短で5年かな…?」
菊池さんはフラッとした。
5年?最短?
「あの…私、今の部署全くちんぷんかんぷんですし、皆に馴染めていませんし、主任なんて務まるのか」
「誰だって、最初は馴染めないしわからないもんだ。ハラスメントで厳重注意されてる君を受け入れてくれたんだ。リサーチチームに骨をうずめる覚悟じゃないと」
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ゆっくりと歩いた。
トイレに1日10回以上、行く。しょっちゅう屋上でコーヒーを飲む。
でも誰も探しに来ないし、怒らない。私は無用な人間なのか?
毎日、無言。
誰とも話さないまま定時で帰宅する。無気力状態になり、ノーメイク、マスク姿で出社した。
私が、ここに居る意味ってあるのかな…。
あんな奴に負けるのは悔しいけれど。
戦い続けて何が残るんだろ。
いつのまにか、転職サイトをむさぼるように見ていた。
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ある日、ナオさんが珍しく話しかけてきた。
「ここだと、菊池さんの能力が生かしきれないかもしれませんね…」
「専門分野の人じゃないと結構辛いんですよ。菊池さんぐらい優秀な人なら、どこに行っても引っ張りだこなのに」
菊池さんは、心の中で罵倒した。
そう仕向けてるのは、あんただろ!
黒幕は後ろのあの男!
「ナオさん、なんでそんなになっちゃったの」
「何がですか?」
「髪型や服装も。垢ぬけて、万城目の分身じゃない?」
ナオさんは謙遜して首を振った。
「すっかり毒されて、自分が何やってるか自覚ないんでしょ?」
菊池さんの瞳は、悲しみが宿っている。
「そうやって加担していること自体が毒なんだよ!」
ナオさんは 固まった。
「毒、、?」
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菊池さんのPCも私物も無い。
誰も見送りもしなかった。
知らない間に、ひっそりと退職届が受理された。