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#怪異
41
#ハッピーエンド
当麻月菜
912
ヂ二ヂ二
15
常盤の結界が再び修復したのと同時に、封じられていた神気がゆるやかに蘇ってきた。それと同時に、己を縛っていた瑠華との絆が、薄れていくのも充芭は感じていた。
名は、縛りである。瑠華に名を教えるということは、充芭自ら瑠華の眷属になることを選んだ証でもあった。
しかし所詮は人と神。本来の神力を取り戻せば、その縛りは充芭から解くことができる。
「本当の別れが、やって来たようだな」
結界が破れたあと、充芭はずっと瑠華を護り続けてきた。ただし名を呼ばれ、充芭が危険と判断した時だけに限る。
人間ごときに封印されてしまった間抜けな神とはいえ、充芭は神話の時代から存在している高位の神だ。
間違っても、どこの馬の骨ともわからない男の笑顔の為に、手を貸したりはしない。
けれど、それが瑠華の最後の願いだったとは、皮肉なものである。
雄斗の懐剣を取り戻すと決めた時から、瑠華は籠から逃げた小鳥のように、充芭の守護から離れてしまった。
そしてこれから先、何があっても、どんな危険な目にあっても、瑠華は充芭の名を呼ばず、絆錠の法師の名を呼ぶのだろう。
「……ああ、お前か」
沈思黙考していた充芭だが、ふと足元にぬくもりを感じ、視線を下に向けた。
そこには雄斗に救われた妖こと寅吉が姿を現し、何かを訴えかけるように、充芭を見つめていた。
「ん?どうした、寅吉」
膝を折った充芭は、寅吉の瞳を覗き込んだ。それだけで寅吉との意思疎通は、可能である。
「へぇー、そうか。寅吉、あいつのことが、そんなに気に入ったのか?」
是と言う代わりに、寅吉はくぅーんと甘えるように鳴く。
「なら、そばに居てやれ。瑠華も喜ぶだろう。ただ、このままではちょいと目立つから、少し変えてやろう」
充芭は寅吉の喉下を優しく撫でると、掌に神気を集める。そして寅吉を、下界でよく見る愛らしい生き物に変えた。
小さくなった寅吉を見送り、再び一人になった充芭は、何かを思い出したのか、意地の悪い笑みを浮かべた。
充芭は、あえて雄斗に伝えていないことがあった。
それは、瑠華が充芭を想う気持ちが”すりこみ”と同じようなものだということ。ただ、一番最初に優しくしてくれたのが、充芭だっただけのことで、二人は恋人同士ではない。
「教えてやったら、つまらないからな」
迷い、悩むのは、若者の特権であり、生きている何よりの証。せいぜい、ぐるぐる遠回りすればいい。神である自分ですら、かつては人の心はままならないと悩んだのだから。
「あの二人が最後の巫女と、法師になるのか。さて……これからどうなることやら。まぁ、ここらから先は、俺達と同じ轍を踏まないよう見守ることしかできないけどな」
かつて愛した女と自分は、結界に呑み込まれるしかなかった。
けれどもし、自分達と違う未来があるとするなら、是非とも見届けたいものである。それに何より、愛する女に、その光景を見せてやりたい。
充芭は天を仰ぎ、今までに見たこともないほど優しい笑みを浮かべた。
「やっと逢えるな。我が愛しき君──雛菊」
そのために充芭は瑠華を騙し、この日ノ本一の大罪──常盤の結界を破壊させたのだ。
実は、雄斗に伝えていないことが、もう一つある。それは、要の巫女が持つ特別な力のこと。
もともと要の巫女の由来は、”語り女の巫女”からきている。
強い願いを込めて、口にした言葉には霊力が宿る。要の巫女はその力が強く、常盤の結界を破ることができたのは、瑠華の霊力があったからこそだ。
破壊した目的は、常盤の結界のために生贄にされた、充芭の本当の想い人である雛菊を探すため。
もちろん、彼女は既に死んでいる。けれど約束したのだ。生まれ変わって、どんな姿になっても、再会を果たすと。
「それにしても……ぷぷっ、あいつ……すごい顔してたな」
目の前にいるのが封印された神だと知った時の雄斗の顔を思い出し、充芭は独り笑う。体中の血を抜かれたような、真っ白な顔をしていた。
すっかり忘れていたが、自分は人にとって畏怖な存在だったのだ。しかし、自分は荒神でもなければ、祟り神でもない。
それに、争いで神を利用するのは今に始まったことではない。人の歴史とは、争いの歴史。今も昔も神々は、人の歴史に否応なくかかわってきた。
だから、この国を恨むことはしない。けれど、|個《・》に対しては別である。雛菊を探す前に、少々の折檻が必要だ。
「さて、あいつが気付く前に、色々やらなきゃいけないな。こいつは、忙しくなる」
なし崩しに鍵を受け取った雄斗だが、絆錠の法師として生きていく以上、この先数々の難題と難問にぶつかることになる。
例えば、なぜ封印された神が、常盤の結界の鍵を持っていたのか。
或いは、なぜ結界の外へ出ることができない要の巫女が、絆錠の法師を選べるのか。
その全ての謎は、たった一つの答えに繋がる。常盤の結界を消し去るために、最初の要の巫女が仕組んだことだ。
最初の要の巫女は、雛菊の姉であり、最も徳川を恨む者でもあった。
彼女にとって徳川という存在は、父と妹の仇であり、己の人生を滅茶苦茶にした憎きもの。
どれだけの犠牲を払おうとも、彼女は決めたのだ。完全に一欠けらも残さず、徳川の全てを葬り去ると。
時代が変わり、常盤の結界自体が弱まった今、やっと期が熟したのだ。もはや後戻りはできない。
一つ僥倖だったのは、今回の絆錠の法師は一人の少女を救うために、あっさりと結界を破壊するとのたまった。その後に起こる混沌とした世など、気にもしないといった感じで。
瑠華と雄斗は、最後の巫女と、法師になるのに、ふさわしい人材だ。
しかし願いを成就させるために、一人の少女の心を翻弄したことについて、充芭は深く悔いている。
少女にとって、充芭という存在は絶対であり、<全て>だったことを知っていた。そして、知っている上で欺き、利用していた。
「すまねえな、瑠華」
充芭はせめてもの贖罪のため、瑠華に言霊を送る。
「お前は知らなくていいことだが……共に過ごした日々の中で、俺がお前に安らぎを覚えたことは事実だ。ありがとう。だから……今度はお前の番だ。雄斗よ、どうか瑠華に、溺れるほどの安らぎを与えてくれ」
都合の良い願いかもしれないが、そう祈るしかない。
二人の出会いは、瑠華が三歳になった夏。足を滑らせ泉に落ちた瑠華を、充芭が気まぐれで助けたのが始まりだった。
食事を運んでくる下級巫女は、会話を禁じられているから、瑠華は言葉を知らなかった。
憐れに思った充芭は、根気よく瑠華に読み書きを教え、ついでに外の世界のことを話してやった。
歴代の巫女より強力な力を持ち、地頭が良かった瑠華は、乾いた土に水をかけるように、ぐんぐん知識を吸い取っていく。
褒めれば歯を見せて無邪気に笑い、みるみるうちに成長する瑠華に対し、充芭が都合のいい駒としてではなく、親のような感情を抱くのは当然だった。
「雄斗……瑠華を泣かせたら承知しねえからな」
まるで娘を溺愛する馬鹿親のような台詞を吐いた充芭は、自分でも恥ずかしかったのだろう。
後頭部をガシガシ掻いて、この空間を閉じた。
コメント
1件
充芭の話、めっちゃ沁みました……「すまねえな、瑠華」って謝るところ、胸がぎゅってなった。ずっと娘みたいに想ってたんだね。実は雛菊を探すために動いてたっていう真実も、充芭の一途な執着が感じられて、こういう重い愛、好きです。最後の「泣かせたら承知しねえ」ってとこ、もう親バカすぎて笑っちゃったけど、それがまた切なかった🥀