rdside
夜の外は静かだった。
夜風の匂いと消毒液が混ざったような空気が胸の奥に沈んでいく。
ぺいんとは、まだ震えていた。
それでも、もう何も言わなかった。
俺はただ、その肩を支えるだけだった。
rd「寒くない?」
問いかけても、返事はない。
けれど、その沈黙が少しだけやさしく聞こえた。
俺達が手の届かないところで、星が遠く瞬いていた。
泣き腫らした目で同じように空を見上げるぺいんとの横顔を、俺は忘れられないと思った。
もう、これ以上失いたくない。
そう思って、俺は彼の手を包み込んだ。
血の跡がまだ乾ききらず、指先がかすかにざらついていた。
けど、それでも温もりはちゃんとあった。
rd「ぺいんと」
名を呼ぶ声が震える。
何か言わなきゃいけないのに、言葉が見つからなかった。
代わりに、彼がぽつりとつぶやいた。
pn「先生、俺……」
小さな声だった。
掠れて、風に溶けてしまいそうなほど弱かった。
俺はいつも彼の儚さに心を奪われる。
pn「……俺、生きたい 、 」
夜風が少しあたたかくなった気がした。
その言葉が、確かに夜に灯った。
痛みも、恐怖も、涙も、全部抱えたままで。
それでも一歩踏み出そうとしているように見えた。
俺はただ、胸の奥で何かが崩れて、あふれてくるのを感じていた。
rd「ありがとう」
それしか言えなかった。
けれどそれは、何よりも強い願いだった。
ぺいんとが、ほんの少し微笑んだ気がした。
その瞬間、遠くで風が鳴った。
もう、夜は長くない。
pnside
病室に戻るまでの間、何を話したか覚えていない。
先生に車椅子引かれた感触と、廊下の薄暗い蛍光灯の光だけが残っている。
看「らっだぁ先生 !! すみませんッ私 ッ _ 」
rd「大丈夫です、ちょっと2人で外の空気吸ってただけなので」
ただ、病室の入口で看護師が慌てて先生に声をかけていて、そのまま慌ただしく点滴を繋ぎ直すのをぼんやり見ていた。
先生はその横、俺の隣で小さく息を吐いてる。
その間も俺の頭を優しく撫でてくれていた。
先生の小さな呼吸音を聞いて、まだ俺はここにいるのだと感じた。
看「すみません、ちょっとちくっとします」
腕が少し痛んだ。
でも、それが生きてる証拠みたいで、妙に安心した。
rd「痛む?」
先生が聞く。
先生はやけに俺の心配をしていた。
俺は首を横に振る。
pn「平気です」
俺がそう言うと、先生は安心した笑みを浮かべ、くすりと笑った。
ほんとは少し痛かったけど、言いたくなかった。
けど別に先生を安心させるために言ったわけではない。
俺だって17…いや、18歳の高校生なんだから。
rd「強いね」
その言葉が、暖かいまま胸に落ちた。
強くなんかないのに、そう言われた瞬間、泣きそうになった。
血の着いたシーツが真っ白なシーツに新しく替えられて、消毒液の匂いがまた部屋を満たす。
やがて看護師が居なくなり2人きりになった病室はただただ静かだった。
カーテンの隙間から、まだ星が見えていた。
pn「…流星群、見れるかな」
ふと、口からこぼれた。
先生は俺が小さな隙間から窓の外を見ているのに気づき、カーテンを開けてくれた。
rd「もう終わる頃かもね」
先生は優しく微笑んだまま、俺の隣へ椅子を移動させて腰掛けた。
pn「…… 願い事、しました?」
rd「したよ」
pn「え ッ なんて?」
rd「ぺいんとが、生きたいって思える明日が来ますようにって」
その言葉が、胸の奥を温かく刺した。
俺は何も言えずに、ただ俯いた。
先生のふとした優しさに触れると俺はいつもこうなる。
涙が落ちそうだったけど、手の甲で隠す。
pn「… 俺も ッ」
pn「俺も、願いました」
rd「どんな願い?」
pn「……また、先生と話せますように .. って、」
声が震えてた。
けど、それでよかったと思った。
大丈夫、先生には伝わってる。
先生が静かに手を伸ばして、俺の指先に触れる。
その温度が、夜の静けさよりも強くて、柔らかかった。
rd「ぺいんと」
pn「はい」
rd「俺はここにいるよ」
pn「……知ってます」
心臓の音が、ふたり分、重なって響いた。
その音を聞きながら、ようやくわかった。
生きるってことは、こんなにも静かで、やさしいことなのだと。
でも、そのやさしさがどうしようもなく愛しくて 息が詰まりそうになった。
pn「先生」
名前を呼ぶだけで、胸が熱くなった。
少しだけ癖のある天パ、お気に入りなのかいつもつけているニット帽、なめらかな曲線の二重と見てるだけで泣きそうになるくらい優しい瞳。
pn「俺……」
何を言えばいいかわからなくて、それでも目を逸らせなかった。
先生の瞳が、真っ直ぐ俺を見ている。
その中には優しさと少しばかりの痛みと、俺を大切に思ってくれる何かが混ざってた。
pn「俺、先生のこと……ッ 」
喉の奥が詰まる。
息が震える。
けど、もう嘘はつけなかった、後戻りなんか出来なかった。
pn「好きです」
言葉にした瞬間、胸の奥で何かがほどけた。
今まで絡まっていたもの、ほどき方なんて分からなかったもの。
今まで押し込めてきた想いが、静かに溢れていく。
先生は驚いたように目を見開いたあと、少しだけ笑った。
先生の目に浮かぶ涙が光を反射して、やさしい線を描いていた。
rd「……知ってた」
pn「.. ッ」
pn「…らっだぁ先生?」
rd「ん?なぁに?」
pn「先生は … どう?」
rd「俺?」
rd「ふふ、気になる?」
pn「うん 、」
「そっかぁ 、」先生はそう言って椅子から離れれば俺を優しく抱きしめた。
先生の白衣からはどこか安心する匂いがしていた。
rd「俺も ッ .. 俺も好きだよ」
その一言に、世界が静かに満ちていくのを感じた。
そのままそっと俺の体から離れて、俺の髪に唇を落とした。
一瞬だけ触れる、息のように優しくやわらかなもの。
静かに先生は目を合わせた。
初めて先生の目から溢れる涙を見た。
吸い込まれそうな瞳、優しい笑顔、甘く落ち着いた声。
仕草、呼吸、体温。
先生の全てが俺の心臓を高鳴らせた。
たった1人の先生だけで、心が生き返るようだった。
rd「もう二度と、1人にしないからね」
その声が、夜のすべてを包んでいった。
俺は泣きながら笑った。
もうなにも怖くなかった。
きっと、俺は今までで一番素直な顔をしていた。
エピローグ
夜はまだ終わらない。
窓の外では、細い月が雲の合間に揺れている。
点滴のリズムと心電の音が、静かに重なっていた。
その音が、まるでふたりの呼吸みたいだった。
彼はベッドの端に座り、何も言わずあの人の肩を抱き、空を見上げている。
あの人もまた、穏やかな表情で同じ方向を見ていた。
流星群はもう過ぎ去っていた。
それでも、ふたりの間には確かに光があった。
言葉にならない想いが、静かに流れていく。
それはきっと、願いでも祈りでもなく、
ただ、これからを信じたいという約束のようなもの。
夜風がカーテンを揺らす。
その音が、まるでふたりの眠りを知らせているようで。
ふたりは、幸せに満ちたままそっと目を閉じた。
もう、夜明けは怖くない
だって目覚めた時にそばにいるのは君だから。
「 夜風に触れて 」
本作をご覧いただきありがとうございました。
生きることや、誰かを想うことの中にある痛みとぬくもりを、少しでも感じてもらえていたら嬉しいです。
これにて「夜風に触れて」は完結となります。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語が、あなたの心に静かに残る光になりますように。
コメント
5件
今回全て見させていただきました!普段小説とかで泣くことほぼないんですけど、思わず泣いてしまいました…( ; ; ) 言葉の引き出しがものすごくあって情景がすぐに思い浮かべられて、直接的な言葉を使わずに感じさせられるような書き方がものすごく良かったし、途中はどうなってしまうんだとドキドキしました、😢 正直、書き方的には過去の中で1番好きですね、フォロー失礼致します、!
らだぺん!?っておもってうきうきで全部読んだら号泣してて恥ずかしい🫣
素敵な作品ありがとうございました…!!!情景描写で心情を表しているところや、どストレートに言うんじゃなくて少し遠回りした言い方で物語の雰囲気に合わせているのが流石としか言いようがなくて最初から最後まで感情移入しっぱなしでした…😭🫶🏻