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#追放
ぬいぬい
4
真紅の瞳に優しく見つめられ、胸の鼓動が高鳴り、激しく響き渡る。
ハウゼン王が何か激しくまくし立てる雑音が響いてきたけれども、突如として現れた黒曜の君に夢中になってしまって何も頭の中に入っては来なかった。
黒曜の君は一言二言何か返した後、ハウゼン王のことなど眼中になしといった態度で下馬すると、真っ直ぐ私に向かって歩いてきた。
「一応確認させてくれ。君が聖女カルミアで間違いないのだな?」
黒曜の君は私の前で立ち止まると、顔を覗き込むように私に訊ねる。
真紅の双眸が眼前に迫り、私は呼吸をすることすら忘れ、彼の美貌に見入ってしまった。
もしかしたら、彼が私にとっての勇者様なのかもしれない。そんな淡い期待が私の心に希望の灯を燃え盛らせた。
「聖女の称号は剥奪されましたが、私はカルミアです」
動悸を必死に抑えつつ、真紅の瞳を見つめ返してはっきりと答える。
「そうか、いや、そうだろうな」
黒曜の君は、どこか懐かしげな色を真紅の瞳に宿しながらそう呟いた後、ふと何かを思い出したようにハッとした。
「そう言えばまだ名乗っていなかったな。オレの名はオブシディアン。ハイラ帝国の皇帝をやっている者だ。オレが来たからにはもう安心するといい。帝国皇帝の名に懸けて誓う。誰にも君を傷つけさせないと」
そう言ってオブシディアンは目を細めると、私を見つめながら口元に柔和な笑みを浮かべた。
その瞬間、彼の優し気な言葉が衝撃となって私の全身を駆け巡った。義母以外の人間から生まれて初めて優しい言葉をかけられた嬉しさのあまり、唇が震え、目頭が熱くなり止めどもない涙が溢れ零れ落ちる幻を垣間見た。
生まれて初めてだわ。アネモネ御義母様以外の人から、こんなにも優しい言葉をかけられたのは。
でも、それと同時に疑問が湧き出る。何故、初対面の、しかも私みたいな人々から忌み嫌われている呪物人間なんかを救おうだなんて思ったのか。
私がその疑問を口にしようとする前にオブシディアンは腰にある剣の柄に手を置いた。
「まずは君を自由にしてやる。話はそれからだ」
黒曜の君は腰に下げていた鞘から大剣を抜くと、それを片手で振り上げた。刀身が漆黒でそこから禍々しいマナを放っていることから魔剣であることが伺い知れた。
彼は軽々と魔剣を振り下ろす。同時に周囲から悲鳴のような驚きの声が上がった。
私は突然フッと身体が軽くなり、思わず倒れそうになる。足元に先程まで私を拘束し自由を奪っていた縄が落ちているのが見えた。
本当に私を助けてくれるの?
私は、ほんの少しだけ訝しむ様に、黒曜の君の真紅の双眸を見る。相変わらず彼は燃え盛るような真紅の双眸に優し気な色を浮かべていた。そこから私に対する悪意は微塵も感じられなかった。
アネモネ御義母様以外の人間は私を見て恐れるか蔑むかのどちらかしかいない。いえ、むしろアネモネ御義母様よりも優し気な色を真紅の双眸に宿しているかのようだった。
黒曜の君が次の言葉を紡ぎ出そうとすると、背後からハウゼン王の怒声が響いてきた。
「オブシディアン殿、聞いておられるのか⁉ その罪人に触れることは例え帝国皇帝であろうとまかりならん!」
ハウゼン王の苛立った声が響くのと同時に王国の兵士達は槍を身構える。
帝国の騎士達も一斉に槍を身構えると、一触即発の殺伐とした空気が流れた。
「オブシディアン殿、何のつもりか知らぬが、その魔女を救おうとしているならば後悔することになるぞ? 貴国と締結している休戦条約など、こちらとしてはどうなろうとも構わないのだからな」
そんな殺伐とした重苦しい空気の中、オブシディアンの笑い声が響き渡った。
ハウゼン王は苛立ちを露わにオブシディアンを睨みつける。
「オブシディアン皇帝よ、何が可笑しいのか⁉」
「おっと、失敬した。ハウゼン殿、それは完全な誤解だ。私は貴国と争う気などこれっぽっちもない。むしろ逆で、力を貸しに来たのだ」
「どういうことだ?」
「ここにいる聖女カルミアは身体の大半が呪物で出来ている呪物人間と聞いている。ご存じの通り、呪物とは万物に魔王の呪いが宿りし存在だ」
「それがどうしたというのだ? そのようなこと、乳飲み子でも知っていることだ」
「その呪物を滅ぼすのに普通の処刑方法では無理だろう。大聖女アネモネ様の浄化魔法ならばいざ知らず、それ以外の未熟な聖女の力では浄化の魔法もただの焼け石に水。それこそただ燃やしたところでここにいる聖女カルミアは殺せないと申し上げているのだ」
「ならばどうせよと言う?」
「こういうことだ」
真紅の双眸を持つ彼は微笑を浮かべたまま再び剣を振り落とした。
次の瞬間、私は全身に衝撃を受けた。ドロリと、生暖かいものが胸から垂れ落ちるのが分かった。自分の胸が斬り裂かれたと気付くのに数秒を要した。
私はがっくりと膝から崩れ落ちる。
どうしてこんなことを……? 彼は私の勇者様じゃなかったの?
そんなことを心の裡で呟いた後、私はようやく現実を思い出す。
本当に私ったら馬鹿ね。都合よく助けに来てくれる勇者様なんか現実の何処にもいないなんてこと、私が一番分かっていたのに。
それもこんな呪物人間みたいなおぞましく醜い存在を誰が好んで救おうと思うのか。
少しでも期待した自分が惨めで滑稽に思えてしまった。
「これは魔剣魂食い。古の昔、勇者に倒された魔王が所有していたとされる魔剣だ。呪物を滅ぼせるのは聖剣ではなく魔王の呪いのみ。だから、先程オレは力を貸しに来たと申し上げたのだ」
オブシディアンの持つ魔剣から瘴気のようなドス黒いマナが立ち昇るのが見えた。死霊の様な複数の魂が魔剣を取り巻いていて呻き声の様なものが耳ではなく魂に直接響いて来るような錯覚を感じた。
「大聖女アネモネ様はオレにとって大恩人にあたる御方だ。その仇を討たせてもらおう、聖女カルミアよ」
アネモネ御義母様を殺したのは私じゃない。義妹のダリアなのよ。
私は心の裡でそう呟きながら彼を見上げる。
すると、オブシディアンは身を屈めると、私の耳元でそっと何かを囁いて来る。
「久しぶりだな、化け物女。この言葉に聞き覚えはないか?」
次の瞬間、私の目の前に黒髪の男の子の幻影が現れ、その姿がオブシディアンと重なる。
そして、私は全てを思い出した。
「まさか、そんな……⁉ 貴方があの時の……?」
私は驚愕のあまり彼の顔を凝視する。
「ようやく気付いたか。ならば覚悟しろ、聖女カルミア。いや、今は大罪人魔女カルミアだったか?」
私はそれには何も答えずただ彼に首を差し出した。
衝撃はその直後に襲って来た。
頭が地面にぶつかり、私の視界は転がり落ちた。
ああ、私の首は斬り落とされたのね?
そんなことを考えながら、私はそっと目を閉じるのだった。
脳裏に過るのは幼い頃、アネモネ御義母様と過ごした幸せな記憶。
そして、そこには黒髪の男の子の姿もあって、彼は私に抱きつきながら笑顔でこう言うのだ。
「化け物女」
と。
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