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すっかり暖かくなった風に吹かれながら、俺は庭を歩いていた。
どこの庭かというと、まぁ、紛れもなく城の。グラナートゥム王城の花に囲まれた白亜の庭である。
視界の端に黒い毛先がちらちら映って邪魔くさい。掻き上げた髪の軽さに何度目かになる驚きを感じては、あまりにも慣れない自分に自嘲する。
何を隠そう、俺は魔力循環の助けとする為に伸ばしていた後ろ髪をばっさりと切り落としたのだ。何故かというと答えは単純。
「魔力がなくなってる…」
目が覚めて暫くしてから気付いた。そりゃそうだ、俺が今まで使っていた魔力器官は刻印に刻まれていた呪術のおかげだったのだから。なんだかんだ本当に必要な時だけは力を貸してくれた奴ら。居なくなってしまったと分かると少し寂しい気もするが、本当の意味で俺が俺に戻った様な気がする。…薄情なんだろうか。
ガゼボに座り込んでそんな風に考えつつぼんやりしていると、軽やかな靴音が近付いてくる。ふと顔を向けると、そこには見慣れた顔がいた。
「アンブローズ様、こちらにいらっしゃったのですね」
「フランチェスカ」
しかし見慣れないのはその格好だ。
「あー、そのドレス…似合ってる…な?」
「ありがとうございます。けれど…そうでしょうか。私はまだまだ慣れません」
俺も慣れねぇよという言葉は飲み込み、横にズレてフランチェスカの座る場所を作る。
フランチェスカは男装を止めた。止めて、本格的に俺に求婚した。で、現国王に認められちまって今じゃ晴れて婚約者である。意味が分からん。
「俺がお前のこと愛してるかどうかなんて、俺ですらよく分かんねぇのに…お前はそんな俺と婚約なんざして良いのか?報われない恋って、結構厄介だぜ」
レオンスの一件から痛い程学んだ教訓だ。報われない恋を健気に想い続けたって、決して報われる訳じゃない。それが拗れれば、フランチェスカだっていつの日にかレオンスの様に…そんな姿、出来れば見たくはない。
対して彼女は意外と落ち着いた雰囲気のまま、良い笑顔でするりと話し出した。
「解呪の鍵が何だったか、でしたっけ」
「違う違う。婚約の是非だよ」
「レオンスは貴方が真に自分の物になった時、その呪いが解けるようにしていたようです」
俺の言葉は意に介さず話し続けるフランチェスカ。なんとなく今回は敢えて無視されているような気がする。いや、それはいつもか。
「…ん?それはつまり、恋敵が一人残らず居なくなったらってことか?過激な方法しか頭に浮かばねぇんだけど」
「いいえ、身も心も自分の物になる。つまり…いや、やはり面と向かって言うのは少々憚られますね…」
おいおい、一番肝心な所だぞ。どう考えても憚ってる場合じゃないだろ。それに、悲しいかなキモいものになら慣れている。
「俺への遠慮ならいらねぇ。で、つまり?」
促され、おずおずとその口が開かれた。
「…鍵とは『真実の愛』だったのです」
一拍、二拍、三拍。
白亜の庭に妙に冷たい風が通り抜けた。
絶句故に生まれた沈黙の中、漠然とまず思ったのは、 思ってたよりもキモくない。
少し落ち着いてきて次に浮かんだのは、 いや、100歳近いジジイが毛も生えてねぇ様なガキ相手に大真面目にやった事がこれだと思うとやっぱり滅茶苦茶キモい、だった。
「なんでそんなキモ…意味分かんねぇもんを鍵にしてんだか。真実も何も、愛なんて何が基準かも分かんねぇじゃねぇか。いや、あいつの腕なら判別する呪術くらい出来るんだろうが…」
半分愚痴の様な言葉が思わず溢れた。
「…心は魔呪術でも変えられませんから、揺るがないものが欲しかったのでしょうね」
フランチェスカが返した。
手に入らなかった愛に焦がれて焦がれて、それでも手を伸ばす事を止められなかったのか。そう思うと哀れなものだ。だからと言って許すつもりも毛頭ないが。
「…そうか」
呑み込むように、ゆっくりと声に出した。呑み込んで、溶け出して、いつかはこの笑えない話も思い出になるのだろう。
そよ風に揺られる花々を眺めながら、穏やかな時間が流れていく…という訳でもなかった。
「…いやいや待て待て、さっき何か意外そうな顔をしてなかったか?」
いや、していた。間違いなく俺の発言に何やら意外そうな…というか、拍子抜けした様な顔をしていた。心外だ!そんな顔をされる筋合いはない。
理由を言えと圧をかけてみると、彼女はその眉尻をへにょりと下げて困ったように言った。
「いえ、あの…真実の愛ですよ?」
「おう」
レオンスは俺を代替品としてしか見ていなかったのだから、そりゃ彼処に居たって解けない筈だ。それにしても厄介なものを作りやがる…
「一方通行じゃなくて、双方向ですよ?」
「お…え?」
我ながら、かなり間抜けな声が出たと思う。
いやだって、双方向?つまり俺の気持ちも必須?なんだそりゃそんな事できるのかよ。呪術の実力が規格外すぎる。というか、問題はそこじゃない。
それってつまり、解呪できたってことは…。
頬を撫でる春風がやけに冷たい。隣に座るフランチェスカは、そんな俺を見つめて真ん丸な瞳を細めてはにかみながら微笑んだ。降り注ぐ陽の光できらきらと輝くガーネットを見つめながら、俺の中で疑念が確信に変わっていくのを感じていた。
なんてことない穏やかな昼下がり。いつかの誰かが振り返っても気が付けない程ささやかな幸せを、俺はきっと、ずっと願っていた。
ここは魔法も呪いもある世界。 そんな世界のどこかにある平和で暖かな王国、グラナートゥム王国。その中心にある花に囲まれた小さな城に、かつて一人の呪術師と王女様が住んでいた。
めでたしめでたし。