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白山小梅
12
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瑠維が出かけてから、しばらくソファに座ってぼんやりと考え事をしていた。
まさか瑠維くんが作家だっただなんてーーでも確かにそう言われると、キレイな日本語やフリーランスと言っていた時間の使い方など、納得がいくことが多かった。
ずっと気になっているのが、彼が大学生の時に書いたという『Love is blind』。読んでみたい衝動に駆られていた。
とうとう我慢の限界がやってきた春香は、もらったばかりの合鍵を持って部屋を飛び出したのだ。
瑠維のマンションは職場から近いため、本屋の場所もしっかり頭に入っている。ただ彼がどれほどの作家なのかもわからなかった春香は、なるべく大きい本屋を目指すことにした。
春香が勤めている南武デパートの入口から店内へ入ると、エレベーターに乗って八階まで昇っていく。
ここ八階はフロア全てが本屋のため探しやすいと思ったのだが、逆に本が多過ぎて見つけられなくなる。
これは聞いた方が早いかもしれないーーそう思った春香は店員に声をかけて、瑠維の本がある場所まで案内してもらった。
「こちらになります」
「はい、ありがとうございます」
本棚を見ると、蒼葉類の本が十冊ほど並んでいる。一冊ずつあらすじを読んでみるが、やはりどれもミステリー小説だった。その並びの一番端に、ようやく『Love is blind』を見つけることが出来た。
手に取ってみると、淡いピンク系の花に埋め尽くされた表紙にLove is blindと書かれていて、ほかの作品とは表紙のデザインが違うような気がした。
やはり恋愛小説だからだろうか。気になりつつも、あらすじを読むのはやめて、そのままレジへと持っていく。
作家としての瑠維が生まれた作品。そして後にも先にも、恋愛小説はこれだけ。それならば先入観を持たずに作品に入り込みたいと思った。
本を握りしめた春香は真っ直ぐ家に帰り、ソファに座ると、少し緊張した心を鎮めるために深呼吸をしてから本を開いた。
* * * *
作品は、一人の男子高校生・|伶《れい》の片思いの話で、彼が入学したところから物語は始まる。
中学の頃から剣道を続けていた伶は、ずっと憧れていた先輩がいる高校に入学をし、充実した学生生活を送っていた。
ただ部活動以外の時間に先輩を訪ねようとすると、必ず先輩のそばにいる女子がいた。明らかに女性を感じる柔らかな笑顔やふわっとした髪、会うたびに漂うフローラルの香りや雰囲気に、伶は言い表せないモヤモヤとした不快な感情を抱く。
しかし先輩に会いにいくならば、彼女・|初夏《ういか》と会わない選択肢はなかった。
あの人は先輩が好きなのだろう。でも好きの度合いなら、僕の方があなたよりも好きに決まっている。
どこかで彼女をライバル視しながら、心の中で彼女を否定し続けた。
ある日のこと。図書館に行った伶は、窓際の席で読書に耽る初夏を目撃する。
見た目だけなら、ほかの女子よりも圧倒的に美しい。少しハスキーな声も魅力的だ。
だけどこの日は様子が違った。
いつもとは違う真剣な表情、ややだらしなく片足を立てながら本に集中する姿。スカートの裾からのぞく太腿に唾をゴクリと飲む。艶のある唇に呼吸が乱れた。そして初夏は伶の存在に気付くと、じっと彼を見つめる。
その後だった。伶に対して、初夏は小さく微笑んだのだ。
途端に伶の中の何かが弾けた。
彼女のことを不快だと感じたのは、自分の中の説明出来ない感情に気付いたから。それが愛だと知ると、あんなに大好きだった先輩に対して激しい嫉妬心を抱くようになる。
先輩じゃなくて僕を見て。その優しい声で僕の名前を呼んで。
僕はあなた以外は恋愛対象にならないくらい、あなたしか見えていない。あなたにだけ愛を囁き、あなたがいなければ生きている意味がない。あなたがいればそれだけでいい、あなたに愛されたい、あなたの心が欲しいーー。
でもあなたに拒絶されるのが怖くて近寄れない小心者なんだ。それなのに彼女への欲望に対する妄想が心も頭も支配し始め、彼女に近付く男を全て排除したくなる独占欲ばかりが強くなっていく。
そして卒業式の日。初夏は好きだった人にフラれて、その場で泣き崩れる。なのに伶は近付くことすら出来なかった。
だって僕はこの恋愛劇の登場人物ではないからーー。
しかしいつまで経っても消えない彼女への想いのやり場がなく、彼女以外にはなんの感情も抱けない伶は、少しずつおかしくなっていく。
彼女のいない世界の、なんと虚しいこと。こんな空虚な世界に生きている意味を感じられない。
そして生きる希望を失くした伶は、失意のまま身を投げた。落ちた場所は花畑。初夏から香っていた匂いのようだと思った伶は、ようやく彼女に抱かれた喜びのもと、意識を失った。
* * * *
一体どれだけの時間が経ったのだろう。気付くと食事すら忘れて作品に没頭していた。慌てて時計を見ると、既に十時を回っている。
読み終えた春香は、本をテーブルに置いた。それから山積みになったティッシュペーパーの山を見ながら、鏡を見るのが怖くなった。
目が腫れてたらどうしよう。明日は仕事なのにーー。
ただそれよりも気になることがあった。読んでいる間もずっと気になっていたこと。この主人公の伶と初夏の関係性が、どう考えても瑠維と春香に重なるのだ。
これは実話だと言われているーー鮎川はそう話していた。それが事実かはわからないが、もしそれが本当ならば、瑠維が恋をしていたのは春香というふうに捉えられる。
確かに今朝の会話も少しだけ引っかかった。でも……瑠維くんが私を好きだったなんて、俄かには信じられない。
だって、高校時代の瑠維くんは私に全く興味なんてなさそうだったし、再会した時だってすごく面倒くさそうにしていた。
ただ不思議と彼と目が合うことはよくあった気がする。すぐに逸らされてしまうから、気まずいのだろうと勝手に解釈していたけど……あれはもしかして逆の意味だった?
図書館というワードも気になった。時々本を読むために出入りしてはいたが、あんな風に瑠維くんと会ったのは思い出せない。
その時だった。突然スマホの着信音が響き、春香は驚いて体を震わせた。
画面を覗くと椿の名前が表示されている。そしてようやく椿への連絡を忘れていたことを思い出したのだ。
「はい、もしもし!」
『あぁ、良かったー! 春香ちゃん、全然連絡くれないから心配したんだよ!』
「あぁ、ごめんね! 心配かけたのに連絡忘れちゃってた」
『ううん、何もなかったのならいいの』
「えっと……実はそうでもなくてね……」
あんなに心配してくれたのに、どうして連絡を忘れていたんだろう。いろいろなことがあり過ぎて、頭が追いつかなかったなんて、きっと言い訳にしか聞こえない。
とはいえ、昨日瑠維が助けに来てくれたのは椿のおかげだった。春香は怒られるのを承知で、昨日の出来事について、椿に話し始めた。