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第14話「名前を呼ぶ声」
海辺の町に着いて一週間。
ふたりは、小さな空き家を見つけて身を潜めていた。
陽の差す昼間は海辺の遊歩道を歩き、夜は冷たい床に毛布を重ねて眠った。
一度も、大きな声を出さなかった。
スマホの電源は切ったまま。窓は全部、布で覆った。
それでも――世界はふたりを見つけようとしていた。
「……バイクの音、したよね」
夜。ひなたが、こわばった声で言う。
つかさは耳を澄まし、深く頷いた。
「町の外れ、道一本しかないはず。たぶん、あっちから来る」
「つかさ……」
「大丈夫。まだ、間に合う」
すぐに荷物をまとめ、背中にしょった。
でも、玄関のドアに手をかけたとき――
「ひなたーー!」
その声が、夜の静けさを突き破った。
「つかさーーー!!」
ふたりの名前を、はっきりと呼ぶ声。
男の声。知っている声ではない。でも、ぞっとするほど強く、真っ直ぐだった。
「くそ……!」
つかさがドアから手を引き、窓の隙間から外を覗く。
見える。黒い服の男が二人。ひとりは懐中電灯を持ち、もうひとりはスマホで何かを映していた。
「録画してる……ネットに流すつもりかも。見世物みたいに」
「やだ……やだやだやだ……!」
ひなたの体が小刻みに震える。
つかさが手を握り、目を合わせた。
「ねえ、信じて。あたしたちは、“逃げてる”んじゃない。
生きるって決めたんだろ? 一緒に、歩くって。
ここで終わるなんて、あたしは絶対に認めないから」
「……うん……うん……!」
ふたりは窓から抜け出し、塀を越え、海辺の防波堤へと駆け出す。
風が強い。足元が危うい。それでも止まらなかった。
後ろから、また声が響いた。
「お願いだ、戻ってこい! 君たちはまだ子どもだ、やり直せる!」
その声に、つかさは振り返り、叫んだ。
「“子ども”ってだけで、逃げ場がなかったんだよ!!
“やり直せる”って、勝手に決めるな!!!」
その言葉は、夜の海へ消えていった。
ふたりは、波の音の中を走り続けた。
“誰かのもの”じゃない、自分たちの命を、自分たちで選ぶために――。