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……。
浅い眠りの狭間で、時折シェアメイトがここを訪ねてきてはコテージにもどっていくのがわかった。
シェアメイトたちは災難をもたらす存在ではない。
そうは思いつつも、やはり気がかりなのは、その人となりと能力が未知数である大葉ユズナの存在。
ツトムは大葉ユズナの声にだけは即座に反応ができるよう、眠りのなかでも警戒態勢を解かなかった。
深夜3時半を超えると、ようやくコテージは静かになった。
まだ幾人かの話し声が聞こえるが、それらも風前の灯火となっている。
ツトムは上体を起こし、となりでぐっすりと眠る百瀬の髪を撫でては、正面のテントで眠る時夫を確認した。
時夫のとなりには、なぜか秋月ふみがアンモナイトのように丸まって眠っていた。
ツトムは懐中電灯をもって近くを探索し、川で用を足してからまたテントにもどった。
現実は想像よりはるかに危険度が低く、また時間の経過も遅かった。
ツトムは薪を新たにくべて、万が一近づいてくるかもしれない野生動物への防御を強化させた。
「ヒマ……だな」
アウトドアチェアに座って携帯の写真をながめた。
シェアハウスに入居してからの思い出たちが、四角いフレームのなかで再現されていく。
これからもっと多くの写真が、携帯電話のメモリを奪ってくれることを切に願った。
「ツトムくん……起きてたのね」
百瀬が目を擦っている。
「そのまま寝てなよ」
「ううん。起きるよ」
百瀬がツトムのとなりに座り、時夫のテントを確認した。
「あっ、ふみちゃん」
「コテージからここにワープしてきたらしい」
秋月ふみは虫に噛まれたようで、眠ったまましきりにピンクの顔を掻きむしっている。
「時夫のこと好きになりそうだって言うから、やめろと伝えておいたよ」
「お兄ちゃんみたいな安心感を、好きと誤解したのかもね」
「いずれにしても、ふみがそこに寝てるのは喜ばしいかぎりだよ。シェアメイトたちの輪に入れず、ひとりきりになってしまうんじゃないかって心配してたから。だからってこっちは手一杯で、かまってやる余裕なかったし」
「いまのところはすごく意味のある旅行になってるね。あともう一息だよ」
「20時間以上も残ってるけどな」
「……ところでさ」
百瀬は食べ残しの焦げた玉ねぎを、燃えたぎるキャンプファイヤーのなかに放り投げた。
「明日みんなは帰るけど、わたしたちだけここに残るんでしょ? みんなにどう説明するの?」
「その手はずは整ってるさ。明日、俺と時夫の両親がここにくるって、タクさんとホベさんには言っておいたんだ。もちろん嘘だけど」
「じゃ、わたしと黄龍くんはどうすんのよ」
「ふたりには帰ってもらって、俺がとにかく集中を切らさずに時夫のそばにいるさ」
「ツトムくんのご両親に挨拶するからわたしも残ることになった。そう言っておくよ」
「好きにしてくれ」
「うん、そうするね」
空がわずかに青みがかり、周りの景色が徐々にかたちを作りはじめていた。
景色が生まれることで、ずっと抱いていた背後への警戒心がようやくうすらいでいく。
百瀬は一度コテージにもどり、濡れタオルや飲み物などをもってきてくれた。
ツトムは汗でべとついた顔や腕を拭いた。
「明るくなってきたら、なんかあんまり怖くなくなってきたね」
百瀬はそう言って、ツトムに冷えたお茶を渡した。
喉から胃にいき渡るお茶の冷たさに救われる気分だった。
さらに1時間もすると、陽はすっかりと昇り、空は青く光った。
ツトムと黄龍は交互にコテージを出入りしながら、シェアメイトたちと朝食の準備を進めた。
時夫が陣取るテントスペースの30メートルほど下流に、バーベキューセットが組まれていく。
朝まで飲みつづけてほとんど眠らなかった島田タクミが、元気に指示をだしている。
「タクさん、鉄人ですね」
「なんか寝るのもったいなくてな。帰りのバスで寝りゃいいさ」
じゅうぶんな睡眠をとった神谷ひさしや沖田圭一郎は、組み立てたバーベキューセットを囲み、自然の景観を堪能していた。
時夫もずっとテントに居座りつづけないよう、シェアメイトたちのそばにいって明るく振る舞っていた。
「さて、メシの準備もできたし、まだ眠る面々を叩き起こすか」
島田タクミは携帯でオクラホマミキサーを流しながらコテージへとむかった。
「時夫、シャワー浴びたいだろ」
「まぁな。そんなことより、こいつはなんで俺のとなりにばっかくるんだ」
ピンクのゴスロリ衣装に着替えた秋月ふみは、時夫のとなりに座ったまま携帯電話をずっといじっている。
「ふみ、なにやってんだ」
「確認作業です。昨日の夜にログインをしなかったので、掲示板で叩かれてないか確認してるのです。固定パーティーでの周回イベントに、はじめて参加しませんでしたので」
「リアルに帰ってこい」
時夫は躊躇なく、秋月ふみの携帯を取りあげた。
「……はい」
上目遣いで時夫を見る秋月ふみの瞳は、昨夜よりさらに潤いを増していた。
「他の団体さんの到着だ」
川辺のバーベキューセットにシェアメイトたちが勢揃いしたころになると、何組かの別団体が到着した。
「さっき発動させた黄龍のビッタが効果を発揮してるのか?」
他の団体客は、かなり離れた上流側でテントの設置をはじめた。
島田タクミがヴァン・ヘイレンの『ホット・フォー・ティーチャー』を再生させると、遠くの団体はきょろきょろと空や川を見つめて、音の出処を探った。
「しかし、めちゃくちゃわかりにくいビッタだな」
ツトムはあきれた。
「でしょ。あの人たちが偶然遠くにいるのか、ビッタの効果で遠くにいるのか、じつはぼくにもよくわからないんです」
炭火がパチパチと音を立てて、鉄網と食材を熱していく。
網のうえには横一列に串付きジャンボソーセージが並んだ。
そのかたちがまるでローラーコンベアのようで、案の定パンを乗せて端から端へと転がして遊ぶ人種が現れた。
それが大垣オーナーであったことにシェアメイトたちはあきれかえった。
朝が一気に明けきるようだった。
大量のホットドッグができあがると、時夫は前日に仕込んでおいたソースを並べた。
「こっちの白いのが定番のサワークリームソースで、赤いのはシラチャーソースというちょっと辛めのソースだ。唐辛子や酢、ニンニクなんかが入った刺激的な味で、アメリカなんかでは常用ソースとして定着してる。寿司にこれにつけて食べる人も多い」
「お寿司にこれをですか?」
沖田圭一郎が眉間に浅いシワを寄せた。
「アメリカ人は味覚が麻痺してらっしゃるのでしょうか」
「沖田さん、それはちがうと思います。料理ってのはその人がうまいと感じれば、それが正解だと思うんです。ハンバーグに大根おろしとポン酢、沖田さんお嫌いですか?」
「ああ、なるほど、恐れ入りました」
沖田圭一郎は閉口して深々と頭を下げた。
「時夫さんて、もともとあんな人でしたっけ?」
黄龍がツトムに聞いた。
「あいつは高校時代、野球部のキャプテンでチームのまとめ役だった」
「……納得です」
シェアメイト全員が、時夫のプレゼンに魅了されてシラチャーソースを選んだ。
神谷ひさしだけがダブルソールにし、大垣オーナーは早速ソースでシャツを汚した。
時間とともに、時夫に対するシェアメイトたちの態度には親密さが現れていった。
あと少しで時夫は能力の呪縛から開放され、今後はもう誰とも距離を置かずに済む。
これからはじまるであろう楽しい日常を想像しながら、ツトムはホットドッグにかぶりついた。
朝食を終えたシェアメイトの半数が、ゴーカートを楽しむためバスに乗ってコテージを出発した。
残ったメンバーたちは、各々が自由な時間を過ごしている。
冷房の効いたコテージでお茶をするものや、川辺のデッキチェアに座り読書するものなど、自然に囲まれた環境で、それぞれが穏やかな時間を満喫していた。
しかし……。
そうしたのどかな時間の隙をついて、能力の魔の手は時夫に襲いかかった。