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私は倉庫の奥をじっと見つめた。この深淵に何が隠されているか、知りたくなっていた。自分を思い出すことに繋がると思った。深く息を吸って、ゆっくりと1歩ずつ前へと乗り出した。顔が不快感に襲われた。蜘蛛糸らしい。そのへばりついた網を手で払い、進み続けた。前に出していた手がごつんと当たる。奥についたのだ。幸い、そこまで広いわけではないようだ。ここになにかないのか探っていると、そこには畳まれた着物があったが、それ以外には何も無い。じゃあ、成果なんてほとんどないようなものだ。ヘボヘボと逆を歩き外へ出て、倉庫のドアを閉めた。
すぐ近くの扉の向こうは、書籍のような場所だった。いろんな本が置いてある。曲鎖 澄がいた。椅子に腰掛け、本を読んでいた。
咲「ねぇ、何読んでるの?」
澄「…集中してるの。話しかけないで。」
書籍の匂いが鼻をついた。少し鋭く、紙がビリビリに破けるような雰囲気。これ以上邪魔するわけにもいかず、口を固く閉じ本を漁った。しかし、その口もすぐに緩んでしまった。
「…あっ」
手に取った本は、ただの絵本。「ももたろう」
婆さんが川で洗濯をしている絵だ。
何故か思い出したのは、私の家だ。灰色のマンション。その3階。私は何か洗っていた…?
ズキンッと頭が捻られた。激しい頭痛に、しゃがみこんでしまった…
「だ、大丈夫?」
聞こえていた声に返事ができない。フラフラしたまま部屋を出て、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて…
気がつけば私は部屋で目が覚めた。頭痛もおさまっていた。ずっと寝てしまっていたのか。私は頭を振って、部屋出た。みんなは何をしているだろう…。ひとつ、なにやら騒がしい部屋があった。壁越しでもわかる賑やかさ。私は部屋へと駆け込んだ。すると、5人くらいだろうか。不破 喧士を囲んでいる。その輪の中点に何があるのか。覗いてみれば、彼の手にはライターがあった。
私俺「やば!!それめっちゃ役立つんじゃね!?」
喧士「そ、そうかなぁ…」
天天「明かりにしたりとか、色々やれるよ!!」
黒鵺「なぁあ、それ貸せよぉお」
久遠「こら!!喧士さん困ってるでしょ!!」
ライター。可能性の塊だ。私は騒がしい輪に足を踏み入れ、彼に聞いた。
咲「そのライターはどこで手に入れたの?」
喧士「いや、ポケットに入っていたんだ。もしかしたら忘れちゃってるだけで、普段僕は持ち歩いてたのかな。」
咲「そのライターでこの屋敷を燃やせば、脱出できるんじゃない?」
喧士「それはもう試したんだ。でも、屋敷の壁は湿っていて、上手く火がつかないんだ。」
黒鵺「じゃあお前が持ってても意味無いな!!俺に貸せ!!いい使い方知ってんだ!!」
割って入ってきた黒鵺をしばらく見つめたあと、意外にもあっさり彼はライターを渡した。黒鵺はライターを持ちニヤニヤしながら外へ駆け出した。不安になった私と久遠、私俺は後を追った。黒鵺が向かった先は、書籍だった。
黒鵺「ここには燃えるもんが沢山あるぜぇ!!」
久遠「な、まさか本を燃やすつもりですの!?」
私俺「それはさすがにやめといた方がいいよ。本には僕達のことが書いてあるかも。」
黒鵺「大丈夫だって!!ほら、あの、誰だっけ。地味な感じの姉ちゃんがここの本は全部読んだって言ってたしな!!」
久遠「そういう問題じゃないわよ!!」
黒鵺はニヤニヤしたまま制止を振り切ってライターからでたゆらゆら揺れる指の腹くらいの火を、本棚へと放った。最初はジリジリと黒い煙が出ただけだった。ただ、その火はどんどん大きくなっていった。やがては本棚をひとつ丸々覆い尽くした。やがてはふたつ、やがては全て。いつの間にか、火は書籍全体を覆っている。書籍の中は一気に熱気に包まれ、呼吸がしづらい。目がチリチリと焼け、喉が痛む。
咲「まずい!!このままじゃ出られなくなる!!」
久遠「さっさと出ますわよ!!」
急いで書籍を抜け出したと同時に、入口にまで火がついてしまった。黒鵺はまだ幼く、やりたいことはなんでもやってしまう。しかし、さすがの黒鵺も焦り、顔が笑っていない。
…しまった!!
私俺がいない。まだ彼はあの中にいる。私達はそう気づき、声を荒らげた。精一杯呼びかけたが、返答がない。彼は、火の海の中、立ち尽くしていた。その燃え上がる光景で、私俺は全てを思い出したのだ。失った記憶。大きな罪。思い出してしまったのだ。過去にした、自らの過ちを。
彼は一筋の涙をほうに垂らし、呟いた。
「まだ、見ていてよ…捨てないでよ…」
私達は彼が心配だった。特に黒鵺は、泣きながら大声で呼びかけ続けた。中にだって飛び込もうとした。それはさすがに止めたが、黒鵺は叫び続けた。「おい!!いい加減こっち来いよォお!!」
黒鵺は鼻水をすすって、嗚咽して、叫び続けた。
そうしていたら、火の中からひとつ、影がこっちに歩いてきた。
黒鵺「早くしろって!!!」
私俺が何とか戻ってきた。そう思っていた。
火から出てきたのは、人の姿かも怪しい化け物だった。火を纏い、火花を散らし、不気味な大きな口が歯を見せて笑う。まさに”異形”だった。私の知っている彼は、もう、どこにもいなかった。 少しだけ私俺の面影がある。彼なのか?これが??どうして…
この屋敷には、ひとつのルールがある。
全ての過去を思い出せば、異形となってしまう
そんなふざけたルールは、もう知るには遅すぎたのだ。