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「まさかあの二人が、ああまであっさり倒されるとはな……」
一部始終を見ていたルヅキが意外そうに呟くが、その表情に曇りは無い。
“――だが、充分に時間は稼げた……後は”
ルヅキはサーモの液晶画面と、傍らの窪みに有る光界玉を見回し、意味深な笑みを浮かべた。
ウキョウとサキョウの敗北は、確かに予想外の事ではあったが、当初の目的に何ら支障は無い事を。
「さて、いよいよ大詰めですね。筆頭で在る貴女を倒し、狂座の終わりの時です」
ユキは刀の柄に手を添えたまま、ルヅキに向かって歩み寄る。
それは即座に斬る、という意思表示の顕れであった。
「狂座の終わり? あの二人を倒した位で逆上せあがっているみたいだが、お前如きがどうにかなるとでも思っているとはな……」
ルヅキはその場から退く事無く、ユキへと受け流すそれは絶対的な自信の顕れか。
「負け惜しみ……ですか?」
ユキは彼女のその不敵な態度に、刀の鯉口を切らんとする。
“少しでも妙な動きを見せたら斬る”ーーと。
「そうでは無い」
ルヅキの口許が妖しく吊り上がるのを、ユキは怪訝そうに見据えた。
それと同時に、ルヅキの傍らの窪みに有る光界玉が、どす黒い邪悪な光で輝き始める。
「……中和完了だ」
ルヅキは勝ち誇った様なその表情で、そう呟いていた。
光界玉は邪悪に輝き、今にも何かとてつもない事が起こる前触れの様だった。
「しまった!」
そう。ウキョウとサキョウはユキを足止めする、云わば時間稼ぎに過ぎなかった事。
“まだ間に合う!”
ユキは刀を抜き放ち、ルヅキに向かって斬り掛かるが。
“ーーっ!?
彼女に振り翳した刀が届く刹那の事。
「何っ!?」
ユキの刀がルヅキに届く直前、何か壁に阻まれる様に弾かれていた。
「……これは?」
それはルヅキにとっても予想外の事だったらしく、彼女は辺りを見回す。その周辺には見えない力に依る結界らしき幕が、彼女の周りを覆い包んでいた。
この結界に阻まれて、ユキの刀はルヅキに届く事は無かったのだ。
「これは……ハルの結界!?」
ルヅキはその結界の力の主に、覚えが有るかの様に呟く。
そして、ある二人の人物が異空間から徐々に具現化するかの如く、ルヅキの前に姿を現した。
「ハル……ユーリまで!?」
ルヅキは突如現れた二人の人物に対し、驚嘆の声を上げていた。
「中和作業完了、御苦労様でした。危ない処でしたね」
結界を張ったと思われる、その長身のハルと呼ばれた人物がルヅキを労う。
白い化学者風コートに銀縁眼鏡。一見して戦闘向きとは思えない優男風だが。
“コイツ……ヤバい!”
燃える様なその灰色の髪と同じ、眼鏡の奥に光る同色の切れ目に宿る、得体の知れぬ殺気に近いもの。その特徴は特異点のそれ。
ユキは一瞬で、その男の危険性を察知する。
ユキの斬撃をあっさり止めたその結界能力からして、その力の程は明らかであった。
「どうして此処に?」
ルヅキは不思議そうにハルに問い返す。
「必ず迎えに行くって言ったじゃない☆」
ユキやミオと、そう年が変わらぬと思われる少女が、そう言いながらルヅキに抱き付いていた。
栗色のふわふわとした髪質と、大きな栗色の瞳が特徴の、まるでお姫様の様な女の子。例えるなら“不思議の国のアリス”ーーと云うべきか。
それはさながら意志を持ったフランス人形の如き、不思議なまでに異質な雰囲気を醸し出していた。
『……何だろう? 怖い!』
『コイツも……とんでもない化け物だ!』
だがその愛らしい姿に相反してユキのみならず全員が、背筋が凍る様な何か異質なものを、その少女から感じ取っていた。
「……そうだったな」
ルヅキは不意にその冷徹そうな表情を崩し、途端に美しいまでに穏やかな表情で少女を抱き締めた。
ユキ達が固まったかの様に動けないのは、その三人から醸し出される得体の知れない殺気も有ったが、それに相反するその二面性に魅入られていたのも有ったのかも知れない。
ただ一つ確かな事は、この三人はとてつもなくおぞましい何かという事。
ユキはその三人に対し、戦略思考を施す。
“――この二人も直属か? ルヅキに勝るとも劣らない……”
「ちっ……」
ユキは背後のアミとミオを、首を少し動かし横目で確認する。二人共、その存在感に呑まれたかの様に立ち竦んでいる。
ジュウベエは膝を着いたままだ。
「くっ……」
“――これは、マズいですね。守りきれないかもしれない……”
ユキの考え。それはアミとミオだけは、この場から逃がす事。
戦力的にはジュウベエ位。とはいえ、あの三人の前では無力にも等しいだろう。
「へぇ……あれが特異点かぁ。なんか予想より子供だね☆」
そんなユキの思考に割り込む様に、直属の一人ユーリがユキを見据えながら、無邪気そうに口を開いていた。
“お前も子供じゃないか!?”
ユキはその言葉に反応し、ユーリをきつく見据える。
「アハハ、怖い怖い☆」
ユーリはそんな彼を嘲笑うかの様に、ますます囃し立てた。
「見た目で判断してはいけませんよ。あれはアナタと同じ……」
そんなユーリを遮る様に、ハルが口を開く。その後の言葉が出なかったのは、彼女に対する配慮が有ったのだろう。
“天使の皮を被った悪魔”
まるで、そう比喩するかの様に。
「さて、どうしよっか? 折角だから、ここで全員殺っちゃおっか☆ アハハ☆」
ユーリが本当に無邪気そうに、そう笑う。その冗談混じりと、無邪気な表情のギャップに戦慄を感じられた。
「それも一興だが、まずは宮殿に冥王様を御迎えするのが先決だ」
そうユーリをたしなめるルヅキだが、続く一言に誰もが震撼する。
“殺すのは何時でも出来る”ーーと。
「それもそうだね☆」
まるで簡単な事だと言わんばかりみたいに、ユーリは再び無邪気に笑う。その無邪気で残酷なまでの笑顔。
「…………」
アミとミオはその笑顔に、底知れぬ畏怖の様なものを感じ、金縛りに有ったかの様に動けないでいる。
「では戻りましょうか。此処にはもう用は無い事ですし」
ハルの撤退とも云えるその言葉の意味に、ようやく事態が呑み込めたかの様にユキが動き出した。
「逃がすか!」
ユキは刀を抜き放ち、三人に向かって斬り掛かっていた。
確かに直属三人が揃ったこの戦況は最悪の状況だが、光界玉の封印が解けてしまった以上、此処で見逃す事は更に最悪の事態を意味していた。
“――例え刺し違えてでも、ここでケリを着ける!”
振り翳したユキの刀が、三人に届く刹那の瞬間の事。
「何っ!?」
ユキはまたしても何か壁の様なものに阻まれて、その刃は届く事無く後方に弾き返される。
“――また……あの結界か?”
ユキの見据えるその瞳の先には、右手を突き出したままのハルの姿。
今度は、はっきりと目視確認出来る程の強力な結界幕が、三人を包む様に覆われていた。
「アハハ☆ 残念でした~☆」
ハルの結界により弾かれたユキを、ユーリは小馬鹿にした様に嘲笑う。
「それじゃボク達はこれで帰るけど、楽しみにしといてね☆」
ユーリは口角を釣り上げて笑う。だが、その可愛らしい表情は微塵も変わらない。
“これから始まる地獄をね☆”
その一言が静寂の夜空に、やけに響いていた。
「あ! そうそう」
ふと思い出したかの様に、ユーリは立ち竦むユキのみを見据えて呟く。
「他のクズ共はどうだっていいけどさ……」
突如ユーリの口調が変わる。
「キミだけはボク達が必ず殺すから」
冗談混じりの可愛い口調から冷徹な声へと。
表情こそ変わらないが、その栗色の瞳は明らかに怒気を含んでいた。
「それじゃあバイバイ☆」
手を振りながら笑顔に戻ったユーリの身体が、徐々に薄れていく。
『えっ!?』
それと同じく、ハルとルヅキの身体も薄れていくのを目の当たりにする。
“――異空間移動? 転移か!?”
「まっ、待て!」
ユキが再度三人に斬り掛かる頃には既に、空間の狭間に消えるかの様に、三人の姿は完全にその場から消え去ったのだった。
「きっ……消えた?」
その目を疑う様な光景に、全員が同じ様に驚愕する。
もはや完全に気配は無い。まるで最初から居なかったかの様に。
「そ、そんな……」
冥王の復活という、最も危惧していた最悪の事態。
辺りが漆黒の闇に包まれた恐山の山頂。全員がただ呆けた様に、何時までも其処で立ち竦んでいた。